そもそも、最初に「ミニバン」というジャンルの言葉を聞いたとき、そのミニバンと呼ばれるクルマを見て「どこがミニなんだよ?」と思ったのは僕だけじゃないはずだ。それは相対的な話で、アメリカのV8を積んだバカでかいフルサイズバンに対しての「ミニ」であるからして、シボレー・アストロなんか日本人から見ても充分でかいのだけれど、アメリカ人からすればやっぱり「ミニ」なのだ。そしてここでも「アメリカ、すげーな」と、無意味な畏怖の念を抱くのである。日本人の感覚でミニバンと言えば、ワゴンRとかサンバーみたいな軽自動車のイメージ。うむ、やっぱり大陸のやつらには敵わない。
その「ミニバン」。ヨーロッパにおけるパイオニアは何かと問われたら、このエスパスである。初代エスパスは1984年に誕生したが、その誕生にいたるまでの話をするとそこからさらに1967年までさかのぼる。
当時、アメリカのクライスラーが米国外に進出する先として選んだのはイギリス。手始めにかつてヒルマン、サンビームなどを傘下に収めていた「ルーツ」と「シムカ」を買収してヨーロッパ・クライスラーを立ち上げる。その当時から、エスパスの元となる設計がヨーロッパ・クライスラー内に存在していたという。
その後、シムカと提携していたマトラを加え、この設計を元にした新モデル開発に着手(プロジェクト名はP-18)。マトラが主軸となりプロジェクトは動きだすこととなる。
当初はタルボ・ソラーラをベースとしてタルボブランドで売り出そうとしていたが、1978年、アメリカ・クライスラーの経営悪化により、ヨーロッパ・クライスラーはPSAに売却されることになってしまう(その売却額は負債込みでなんと1ドルだったとか)。マトラはタルボ・ソラーラからプジョー405ベースに切り替え、計画続行を打診したものの、プジョー側は開発リスクが大きいと判断し「NO」サインを出す。ただ、そこで終わらないのがおもしろいところ。次にこの計画を持ち込んだのは、なんとライバル会社のルノーだった。そして、ルノーは「YES」と返答。ルノー18をベースにし、プロジェクトは再始動し、1984年にヨーロッパ初のミニバンとしてデビューしたのだった。
初代エスパスの構造はかなり特徴的だ。ルノー18のコンポーネントを使用しているので、エンジンは縦置きFF。ボディはモノコックではなく、亜鉛メッキ鋼板で組んだインナーシェルを持つスケルトン構造だ。マルチチューブラーフレーム、スペースフレームなどとも呼ばれるが、乱暴に言ってしまえば「骨だけ鉄」になってるもんだと思ってもらえればいい。モノコックは車体にかかる力をボディパネル全体で支える構造だが、スケルトンは鋼材フレームで支える構造。外板で応力に耐える必要がないため、エスパスのボディパネルはFRPである(この構造はマトラのお家芸でアヴァンタイムにも使われている)。価格は約350万円。当時の350万なのでかなりの高級車だ。ちなみに初代エスパスは、カーデザイナーである由良拓也氏も所有していたという。
このまったく新しい「ミニバン(モノスペース)」というコンセプトのエスパスは大ヒットした。当然、この人気を受けて他メーカーも黙ってはいない。PSAはシトロエン・エヴァシオン/プジョー806、フィアットはランチア・ゼータ/フィアット・ウリッセを投入。特にPSAはマトラからの打診を断ったことを後悔していたかもしれない。
そんなわけで初代が大ヒットを収めた後、1991年には2代目に移行する。ボディサイズは大型化したものの、キープコンセプトのためシャシーやドライブトレインに大きな変更はない。デザインは初代のようやスペーシーな印象はなく、むしろ地味な意匠になったが、それを吹き飛ばすようなトピックスもある。「エスパスF1」の誕生である。
ルノーとマトラの提携10周年を記念して、エスパスにウィリアムズ・ルノーF1のV10(RS4)をミッドシップしてしまうという荒業を披露する。
マトラ「ちょうど10周年だから、10気筒エンジン載せたらおもしろいんじゃね?」
ルノー「10気筒エンジンなんて持ってないよ」
マトラ「あるじゃん、F1のが」
ルノー「F1!!!!! …………いいねぇ」
というやりとりがあったかどうか知らないが、とにかくこの700psのエンジンを本当に載せてつくってしまうところが愛おしい。
1997年には3代目へ。この3代目からエンジンは横置きとなり、ホイールベースを延長させた「グラン・エスパス」も登場する。売上は相変わらず好調で、生産が追い付かないほどだったという(そもそもマトラの生産能力が低かったこともあるが)。そして、2003年にフルモデルチェンジした4代目が誕生。マトラ製のFPRボディは3代目までで、4代目からは完全にルノー生産となる。ルノーとの提携を解消したマトラは、これを期に自動車部門からも撤退することになった。
4代目は3代目と同様に通常のボディサイズを持つエスパスと、ロングボディのグラン・エスパスの2種類をラインナップ。ルノー生産に切り替わったことによって、スケルトン構造から一般的なモノコックへ変更される。ただ、フロントフェンダーやリアゲートには樹脂パネルが残され、ドアはアルミパネルになっているのが特徴的だ。ボディサイズも大型化しているので、車重もそれなりに重くなってはいるが……。
エンジンのラインナップは、ガソリンは日産製のV6 3.5リッター、直列4気筒2.0リッターのNAとターボ、ディーゼルはいすゞ製のV6 3.0リッターと直列4気筒2.2リッター、2.0リッター、1.9リッター(ディーゼルはすべてdCi)。トランスミッションは6MTと5ATでATにはマニュアルモードが付いている。
当該車は2.2リッターのディーゼルターボ(7人乗り)で、右ハンドル5MTというちょっと変わった仕様。乗り込んで最初に驚いたのは、その視界である。とにかく広い! そしてアヴァンタイムを思わせるクリーンなインテリアデザイン! 乗った瞬間に「ああ、これはミニバンだけど、高級車なんだな」と思った。まず、この視界の広さはなんなんだろう。もちろんガラススペースが大きいというのもあるのだが、それとあいまってこのピラーの細さ。ちょっと古いが、パノラマカーの先頭車両に乗っている気分だ。雨天時でこの明るさなのだから、晴天時にはまぶしいばかりに太陽の光が降り注ぐことになるだろう。そしてこのインテリアデザインのすばらしさ。エアコン調整スイッチは左右のドアに追い出し、インストルパネル中央部は不気味なほどすっきりしている。
走り出しても、高級車という印象は変わらない。ルノーらしいシートのデキに加え(話によると,一脚30万円するらしい)、まろやかな足回りは上質な乗り心地を与えてくれるし、思った以上にハンドリングがいいことにも気付く(しかも小回りも効く!)。高級車でありながら、乗せてもらうよりも積極的に運転したくなるクルマだ。
エンジンもディーゼルらしく、1750rpmという低い回転数で最大トルクを発生させるので、ストップ&ゴーも得意だし、ひとたびハイスピードクルーズに持ち込めば、気持ちのいい直進性とスタビリティの高さを実感できる(堤防道路で試しただけだが……)。ディーゼル特有のガラガラ音も車外に出ればそれなりの音を発するが、車内にいる分には音も振動もほとんど気にならない。こういうところが「やっぱり高級車だなぁ」と感じ入ってしまう。
同じモノスペースであるアヴァンタイムは日本に正規導入されたが、エスパスは初代から現行まで一度も日本のディーラーで販売されることはなかった。その大きな理由は価格だろう。
国産のミニバンが200万円そこそこで買えてしまうのに対し、4代目エスパスは500万円を超える。もちろん、クラスが違う。ただ、いまでこそ国産ミニバンでも600~700万円の価格帯で高級を謳う車種も出てきているが、それらのモデルと比べると見た目で勝負にならない。日本人に売るためには、わかりやすいビジュアルインパクトがいる。エスパスは非常に草食系の顔つきであり、このクルマが500万円を超える高級車だと言っても、おそらく信じてくれない。
きっと「高級」や「上質」の概念、捉え方が違うのだろう。このエスパス(それなりに理解のある人が)乗れば、高級車だと感じるはずである。同クラスの国産ミニバンよりも、機械としての構造や性能、乗り味などはエスパスのほうが格上であり、比較にならない。そりゃそうだ。こちとらその分、カネかかってんだ。もちろん、見た目も大事。でも、君たちの価値観はそれを通過しないかぎり、その先へは目も向けないのか、と。ああ、じつにもったいない。
まぁ、エスパスに限らずルノー車全般にこのような印象というか、傾向はあるのだが、でも、だからといって、ルノーのデザインが誰にでも分かりやすい高級やスポーティーさを表現した(それこそ威張ってる顔、押し出しが強い顔、それを含めた広報戦略)方向に向かっていくのもどうかと思ったりもするわけで……。ファン心理というのは、いつの時代もどの分野でも複雑なものである。
PHOTO & TEXT/Morita Eiichi
2003y RENAULT Espace 2.2 dCi EXPRESSION
全長×全幅×全高/4661mm×1860mm×1728mm
ホイールベース/2803mm
車両重量/1750kg
エンジン/水冷直列4気筒DOHC DISEL TURBO
排気量/2188cc
最大出力/110kW(150PS)/4000rpm
最大トルク/320Nm(33.0kgm)/1750rpm
あっ!
えっ!ルーフレールってああなってるの?動くの?
そうなんです! パカッと割れてギュギュギュッと移動させればルーフレールとして機能します。
そ、そうなってるんですよ。(瀧汗)