RENAULT Scenic RXE

モノ(人)を好きになる方法は、主に2つある。ひとつは“見てくれ”から好きになる方法。説明はいらない。そのモノの容姿を見て、自分の好みに合うから好きになる。至極まっとうだ。しかし、見てくれがいいからといって、そのモノの機能(素質)もいいとは限らない。おまけに見てくれは、他人(世間)からの評価も多大に影響してくる。運よく良かった場合はいいが、機能が自分の求めるものと違った場合は、きっと2、3日の付き合いで終わるだろう。ふたつめは、機能を好きになり、見た目もだんだん好きになっていく方法。あるモノを使っていて、その機能の良さに惚れこんだとする。するとなんとも思っていなかった容姿も、かっこよく、かわいく思えてくる。クルマで言えば、エンジン、足回り、ミッションなど見てくれ以外すべてのものと言ってもいい。そしてこれらは乗った人の主観で判断されるものである。世間の評価とかトレンドとかに左右されず、本当に「自分」が好きになったモノは早々裏切りらない。その機能に満足している限り、見た目もかっこよく映りつづける。その人にとっては。

売れに売れたセニック。

ヴィブルミノリテの純粋なクルマ紹介で数えると30回目の今回(そんなにやってたんだ……)にして、初めて俎上に載せるのは、ミニバン! いかにこのコーナーが時代のトレンドと無関係に進行しているかが分かって苦笑してしまうのだが、あきらめの境地で買わなければならい妥協の産物ではなく、ここで紹介するからには積極的に選びたいクルマであることは約束しよう。
セニックは1996年にデビューしたメガーヌベースのミニバン。2列シート・5人乗りでファミリーユースに向く。当時、欧州にはなかったCセグメントのミニバンだったからか、デビューしたと同時に空前の大ヒットを記録した。1996年9月当初は月産300台程度だったのが、2000年になると一気に1800台まで増産しなければならなかったほどだ。1990年代前半からは、あのパトリック・ルケマンがデザインの手腕を振るいだした頃で、トゥインゴからはじまり、メガーヌ、セニック、クリオ、カングー、アヴァンタイムなど、クルマに対して挑戦的かつ新しい価値を模索していたように思う。氏の強いリーダーシップによって、セニックは「新しい価値=新しい市場」の開拓に成功した好例だと言える。その証拠にセニック発売後は、VWトゥーラン、オペル・ザフィーラ、シトロエン・クサラ・ピカソなどのフォロワーが続々と誕生。欧州は一気にミニバンブームが開花した。
2003年、メガーヌのフルモデルチェンジに少し遅れ、セニックも2代目に移行。5人乗りモデルに加え、7人乗りのグラン・セニックが追加されることになった。2009年には3代目が登場。グラン・セニックが先に販売されたことから、メインボリュームは5人乗りから7人乗りへ移ってきたのだろう。もうこのあたりになると、どんなデザインのクルマなのか、なかなかイメージが湧かない。本国ではカタログモデルとして現役バリバリなので、気になる方は本国のルノーサイトを参照してほしい(http://www.renault.com)。

見た目は不恰好なクルマ。

セニックがフランスモーターズによって日本に導入された1998年。僕は輸入車の専門誌で編集をやっていて、記事を書くためにセニックを借りてきたのがファーストコンタクトだ。メガーヌ1そのままとも思える顔に、それとは不釣り合いなほど大きなボディがくっついている。第一印象は不恰好なクルマだな、と思った。いくらメガーヌファミリーだとしても、もうちょっとミニバンに見合うフロントデザインをすればいいのに、と。しかし、乗ってみてそのギャップに驚いた。分厚く、しっとりとしたシート、車格を感じさせないスタビリティ、そして何よりその上質な乗り心地……。これが見た目、高級感を微塵も感じないセニックなのか。乗っているだけなら、高級車と間違えるほどだった(当時は何も知らないペーペーだったのもあるが)。
 見た目は置いといて、いい意味で驚かされたクルマがセニックだった(同時に頭のよろしくないATは悪い意味で驚かされたが)。そして今回、2度目の対面は、セニック1のマイナーチェンジ版である。マイナーチェンジとはいえ、フロントマスクをはじめとした外観の意匠が変わっただけではない。エンジンは2リッターSOHC(115ps)のF3からDOHC16V(138ps)のF4に変更され、ミッションもATは9通りのシフトパターンを持つ学習機能付きになった。見た目も中身もよりブラッシュアップされた印象だ。そして今回乗ったセニックは、左ハンドルATの並行車。これまで左ハンドルといえばMTばかりだったので、ちょっと新鮮だ。さっそくドアを開けて乗り込み、エンジンをかけてスタート。すると、すぐにセニックの、あの上質感がよみがえってきた。

GT性能は、メガーヌより上?

高速道路に乗ろう。メガーヌのときもそうだったように、セニックもきっと高速道路でその真価を発揮してくれるに違いない。以前、試乗したメガーヌ・クーペも高速走行を得意としたGT的な性格だったが、やはりセニックもそれに倣った性格だった。いや、もしかしたらGT性能ではベースのメガーヌよりも上を行くかもしれない。メガーヌ・クーペより150kg以上重くなったセニックは、それゆえか高速走行時の安定感が抜群に良い。いったん大きく揺すられると、その重さと高い重心で収束するまでは少し時間がかかるが、路面の良い道路ではおそろしいほどドッシリとしていて、矢のように走っていく。視点も高いから見晴しが良く、運転時のストレスは皆無。そしてすぐにあの問題にブチ当たる。“メーターを見ていないと、いつの間にかよろしくないスピードまで上がっちゃってるよ問題”である。これはほんとに危険だ。あくまでも個人的な感覚だが、セニックやメガーヌなどのGT的な要素を持っているルノー車は、一般的なクルマのスピード感覚より20%増しくらいに考えておかないと、自覚のないまま白と黒のクルマに停められることになる。

ATはあんがいマシ。

高速道路を下りて、市街地を走る。ストップ&ゴーが繰り返されるタウンユースでは、ATの性能がモノを言うが、セニック1Ph.1に乗ったときのようなイライラはそれほど感じなかった。たしかに国産車のようなきめ細かいシフトプログラムにはかなわないが、ふつうに運転できるレベルである。自動車専門誌では、学習機能付きATであっても「学習しない!」とお怒りの声を散見するが、それほど性能が悪いとは思わなかった。あとは信頼性が気になるところだが、それは確かめようがない。
クルマを停めて室内の細かな部分を見ていくと、使い勝手を考えた工夫が随所にみられる。テールゲートのガラスハッチは開かないが(欧州ではオプション扱いだったのかもしれない。ディーラー車では外から開けられるようになっている)、いろんな場所に用意されている小物入れ、後ろの3席がそれぞれ独立してスライド&リクライニングする機構、それらのシートが取り外せることなど、まぁ、いまとなってはそれほど珍しくないユーティリティだが、しっかり網羅されているのでファミリーユースに不満はない。

食わず嫌いはダメよ。

走ってよし、使ってよし。セニックは(僕がちょっと乗ったかぎりでは)不満がないどころか、とてもいいクルマだった。この性能で250万円前後(ディーラー車価格)なら、妥当な値付けだと思うし、先にも書いたとおり、欧州では非常に売れた。
しかし、ここ日本ではさっぱり売れなかった。その代りに売れたのは、セニックの数年後に導入されたカングーだった。たしかにセニックよりは安いし、何よりあの愛くるしいルックスが多くの人を魅了したのは分かる。ただ商用車ベースという出自を考えると、全体的なクオリティでは、やはりセニックにはかなわない部分が多々ある。商用車ベースという前提で考えれば、カングーはその範囲のなかではいいクルマだと思う。しかし、5人乗りで家族を快適に運べ、しかも運転する楽しさも味わえるクルマ、という前提で考えた場合はどうだろうか? もともと資質の高い乗用車、メガーヌをベースしているセニックである。やはりカングーとは出発点が違う。
「カングーよりも高いし、カングーよりもかわいくないから」という理由で、もしセニックを敬遠していたとしたら非常にもったいないことだな、と思う。それがセニックの売れなかった理由だと断言するつもりはない。でも、5人乗りのクルマを探していて、セニックを候補にも入れていなかった人は、実際にいたと思う。もしその人たちがセニックに乗っていたら、きっと「思ったよりもいい」とか「乗ってみないと分からないことがいっぱいあった」と感じるはずだ。
「見た目がいい、価格が安い」という要素は、クルマ選びにおいて大きなポイントになるのはよく理解できる。しかし、クルマの魅力はそれだけではない。見た目が気に入らなくても、乗る前と後では印象が異なる場合もある。価格が高くても、乗った後に「この性能ならこの値段を出す価値は充分ある」と思い直すかもしれない。その上で購入するクルマを検討してもいいのではないか。いや、むしろクルマ選びは本来、そうするべきはないだろうか。

PHOTO & TEXT/Morita Eiichi

2003y RENAULT Scenic RXE
全長×全幅×全高/4170mm×1730mm×1620mm
ホイールベース/2580mm
車両重量/1300kg
エンジン/水冷直列4気筒DOHC
排気量/1998cc
最大出力/101kW(138PS)/5500rpm
最大トルク/188Nm(19.2kgm)/3750rpm

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