RENAULT Kangoo BeBop 1.6 16V

ルノーは商用車から乗用車まで幅広くラインナップし、生産のボリュームゾーンは大衆車だ。でも、同じ大衆車を多く手掛ける日本の大手カーメーカーのように守りの姿勢はあまり感じない。それは先月アップしたルーテシアV6やスピダー、アヴァンタイム、そしてこのカングー・ビバップのように「普通、作らんでしょ!」というモデルをちょこちょこ出してくるからかもしれない。そういう個性派な1台は、数こそ少ないが、ルノーを革新的な企業だと思わせるのに充分な印象を与える。「ルノーは何かやってくれる」。そういうワクワク感がある。

コンセプトは、きっと「ビーチカー」。

さかのぼること5年。フランクフルトショーに出展された新型(現行)カングーのほかに、ルノーブースには商用車のカングー・コンパクトをベースにしたコンセプトカー「ビバップ(BeBop)」も出展されていた。この不思議な出で立ちのクルマ、まさか本当に販売されるとは思ってもみなかった。2009年に本国でリリースされ、その1年後に日本でもディーラーで販売されることになった。
 そもそもの出自は先述したとおり商用車。ボディタイプは、ホイールベースの短い順からコンパクト、エクスプレス、マキシと大きく3つに分かれており、ビバップはこのコンパクトをベースに作られたものだ。「コンパクトを使ってなんかできんかな?」
「そうだねぇ、ホイールベースが短いし、ドアも3枚しかない。乗用車のカングーもすでにあるから、まったく違う路線のほうがいいね」
「じゃあさ、ビーチカーってのはどうよ?」
「ビーチカーね」
「形も個性的だし、レジャー目的と割り切ってお金持ちに買ってもらおう!」
「そうなるとカングーより派手にして目立たせたいね」
「いいねぇ」
 というような会話からアイデアが生まれたかどうかは分からない。だけど、おそらくビバップは「ビーチカー」のようなクルマをイメージしているのではないだろうかと思う。働く商用車が浮世離れしたビーチカーに180度生まれ変わったわけだ。

やっぱあそこは非日常感のあるブルーじゃないと。

 「ビーチカー、ビーチカーっていうけど、それなに?」という方に。たしかにそれほど耳馴染のある言葉ではないかもしれない。ビーチカーとは、ヨーロッパのお金持ちが別荘から海へ行くまでに足代わりとして使う専用クルマのことを指し、モノによってはドアがない、屋根がない、濡れた水着で乗ってもいいようにシート生地がネオプレーンみたいな素材になってたりする。ただ「ビーチカー」というカテゴリーが確固としてあるわけではない。たとえば、かっこうだけで判断すれば、ミニ・モークやシトロエン・メアリ、ティヨール・タンガラなどはビーチカーとして使われてもおかしくないし、最近で言えば、スマート・クロスブレード、トヨタbBオープンデッキもその類だ(最近じゃないか……)。まぁ、よく言えば個性的、悪く言えばイロモノ的に扱われることが多いジャンルだが、そんなのはどっちだっていい。問題は乗ってどうか、だ。
 当該車は並行車で、もしかしてガソリン仕様は日本でこの1台だけかもしれない(未確認)。左ハンドル・5MT。色はオランジェ・エタンセル(当初ディーラー車にこの色はなく、後から限定車として用意された)。本国発売から1年後に日本のディーラーでも買えるようになったのだが、当然右ハンドルだ。右ハンドルなのはまぁ、仕方ないにしても、内装のいちばんのウリと思われるダッシュボードが、普通のカングーと同じジミ~なグレーになっているのは残念至極(黒と赤の外装色だと本国仕様でもダッシュボードはグレー)。いやいや、非日常なビーチカーなんだからさ、そこは堅持しようよ。アソビグルマとしてポップにいきたいところだが、なんでグレーになっちゃったのか。さらに初期は当該車と同じシート柄だったが、これも途中から普通のカングーと同じジミ~な柄になっちゃうという尻すぼみ感。嗚呼、無情。その点、当該車は鮮やかなブルーでございます。もうびっくりするくらいのブルー。この色のおかげで一瞬、カングーのインテリアだと思わないほど。この色だけで、気分もウキウキするのである。

ああ、この感じは新幹線。

 さて、そもそもがお金持ちのビーチカー(だと思っている。実際はわからん)、あんまり実用のことは考えてない。そもそもドア3枚だし、この幅で4名乗車。リアシートの2座はフロント2座同様に独立していて、フロントシートよりも92mm高い位置に据えられる。リアは小ぶりなシートだが、座り心地はいかにもルノーらしくしっとり気持ちいいので快適だ。座ると出窓のようになっている横長の大きなウィンドウ部分にヒジがかけられる。どっかで似たような感じを経験したことがあるなぁ、と考えていて、あっと思いついた! この乗車感覚、新幹線と似てるぞ。そう思って見ると、この窓もなんだか新幹線っぽい。
 サンルーフとジラフォンのようなテールゲートグラスを天井に持ち、頭上も足元も広々な後席こそが、このクルマの特等席のように思える。ただ1つ難点。後席への頻繁な乗り降りを考慮していないのか、フロントシートのシートバックを倒した後、元に戻そうとすると、倒す前と同じ位置に戻らない。そのたびにレバーを使って位置を調整しなおさなければならないのは非常に面倒くさい。あ、それだけのこと? とスルーできる人にはまったく問題ないが……。

ランチア・ストラトスとの共通点。

 運転すると、その不思議なプロポーションと同様に不思議な感覚に陥る。まず、大きさの感覚だ。全幅は普通のカングーと同じ1830mmなのに、全長は3870mmしかない。この全幅ならたいていのクルマは4000mm越えだ。運転している最中、多くの人は全長をあまり意識しない。意識するのはむしろ全幅のほうだろう。で、駐車場にバックで入れるためにドアを開けると、あれ、リアバンパーがすぐそこにある……とびっくり。ああ、そうか。こういうクルマだった、と再認識するのだ。これに慣れるのには少々時間がかかる。
 もうひとつは「ホイールベース/トレッド比」。これは、ホイールベースを前後トレッドの平均値で割ったもので、数値が1に近づくほどワイドトレッド・ショートホイールベースになり、機動性重視のクルマに、数値が2に近づくほど直進安定性重視のクルマとなる。その境界線はおおむね「1.65」くらいと言われている。計算してみると、普通のカングーは1.76だが、ビバップは1.51! この数値はワイドトレッド・ショートホイールベースの代表格とも言えるランチア・ストラトスの1.50に肉薄する数字。数値だけで見れば、フェラーリF430の1.58よりも、ロータスエリーゼの1.55よりも、ワイドトレッド・ショートホイールベースなのだ。もちろん、数値だけでクルマの性格を計れないのは重々承知。ま、ネタとして覚えておいてください。
 で、ワイドトレッド・ショートホイールベースは当然、運転にも大きな影響を与えるわけで。まぁ、とにかくよく回るんですわ。おもしろいくらいにクルクル。車庫入れなんかは、いつも乗ってくるクルマよりもよく曲がるので、ハンドルの舵角も少なくていいくらい。ちょっとしたワインディングなんかは興奮する。普通のカングーよりも50kg軽量なのだが、この50kgがかなり大きい。普通のカングーはハンドリングやアクセルなどの入力に対し、ワンテンポ遅れて「どっこいしょ」となるが、ビバップは思ったより機敏に動いてくれる。どのような意図なのかは分からないが、ビバップは車高が20mmほど上がっているので、コーナーリングの際にグラッと大きくロールするが、それも慣れてしまえば許容範囲。ただ、背が高いことは変わらないので、攻めすぎて横転しないようにね。もっと快適に走りたいのであれば、車高を下げてロールを抑えるなど、足回りに手を入れてもおもしろい。一般的にハンドリングカーと呼ばれるクルマとはひと味もふた味も違う楽しみ方ができるはずだ。

このクルマを楽しもうとする気持ちがあるか、ないか。

 さて、ではこのビバップ、どういう人に勧められるだろうと考えてみた。基本はアソビグルマなので、単身の若い男女に乗ってもらえるのがいちばん美しい。4名フル乗車ではあんまり荷物は積めないけど、その分、サンルーフ開けて、テールゲートグラスも開けて(安全性の面でお勧めしないけど)、海へ山へ、ワイワイ言いながら出かけるのがいい。ああ、青春のひとコマ。僕ももっと若いときにこのクルマと出合いたかった。
 では、ファミリーではどうか。たとえば5ドアのミニバンとか、それに近い類の大きなクルマに乗っていた人がこのクルマに乗り換えるとちょっときつい。たぶん不便さばかりが目立つだろう。僕みたいに3ドアの小さいハッチバックに乗っている人だったら、まだ大丈夫。子どもも小さいのが2人くらいならイケると思う。走り好きなお父さんにも、ビバップはハンドリングマシンだからきっと満足してもらえる。MTが運転できる奥さんなら、サイズも大きそうに見えてじつはそうでもないので、取り回しに不満も出ないだろう。先ほど述べたシートを倒して戻すたびにポジション調整が必要な面倒くささも、思い切ってテールゲートを開けて、子どもたちはそこから乗ってもらおう。後席の2座の間が空いているので、十分可能などころか、むしろそっちのほうが喜ぶかもしれない。ちょっとしたアスレチック気分だ。内側からはテールゲートやウィンドウの開け閉めができないようになっているから、安全性も高い。あ、でも降りるときは結局横から降りなきゃいかんのか……。まぁ、お父さんが先に降りてテールゲートを外から開けるだわな。
 若者が1人で所有するのも、4人家族が所有するのも「このクルマのあそび心を理解し、楽しもうとする気持ちがあるかどうか」という根本的な部分にかかっているのかもしれない。多少の不便には目をつむり、他のクルマにはない長所を楽しむ。そういった余裕のある人なら、きっと誰でもこのクルマが好きになると思う。もっと荷物が積みたい、もっと快適なのがいい、ATじゃなきゃいや! という人は普通のカングーがあるのだから。

PHOTO & TEXT/Morita Eiichi

2009y RENAULT Kangoo BeBop 1.6 16V
全長×全幅×全高/3870mm×1830mm×1840mm
ホイールベース/2310mm
車両重量/1360kg
エンジン/水冷直列4気筒DOHC16V
排気量/1598cc
最大出力/78kW(105PS)/5750rpm
最大トルク/148Nm(15.1kgm)/3750rpm

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