ミニ、ビートル、チンクエチェント。ヨーロッパのコンパクトカー3車種に共通しているのは、初期型(旧型)を現代的にリメイクした新型を発売し、成功していること。では、パンダはどうか。先代が販売を終了したのは1999年。2代目の発表は2003年。その間、ブランクは4年ほどなので、上記の3車種ほど「復活!」なんて謳うほど鳴物入りな雰囲気はない。どちらかというと2代目はひっそりと発表された、という印象のほうが強い。しかし、世のパンダ乗りはこの2代目をすんなり認めただろうか。いや、新型のミニやビートル、チンクエチェントも旧型乗りにとってはいろいろ言いたいことはあっただろう。ただこのパンダは「旧型のデザインをリスペクトしてるから、まぁ、許すよ」というレベルではない。ぜんぜん違うじゃないか。「あんなの、パンダじゃない」と、そうかみつくわけである。
新型パンダは何が違うって、まずデカい。最近のクルマはモデルチェンジのたびに大きくなる傾向があるが、それにしても「小さくてかわいい」イメージだった旧型の雰囲気はだいぶ薄い。全長、ホイールベースで10cm以上も大きいのだから、そりゃパッと見の印象も違う。それにはじめからドアが5枚しかない。旧型のパンダといえば3枚ドアだが、新型は5枚ドアだけ。ロングセラーだった旧パンダの続編をリリースするのは、きっと想像するより難しい。とはいえ、新型にはどこかチグハグ感がある。これはほんとにパンダなのか? まるで別のクルマのようじゃないか。
そのチグハグ感を説明するためには、新型パンダ(ここからは単にパンダと呼ぶ)の開発過程を知れば納得する。そもそもパンダは「ジンゴ(モデル169)」という名前で開発が進められていた。実際、2003年の5月に開催されたジュネーブショーのフィアットブースには、市販を前提にしたジンゴのプロトタイプが展示してあった(ちなみに2002年7月に開催されたボローニャ・ショーでは「シンバ」という名前のコンセプトカーが発表されている。旧パンダ4×4の後継のように解釈された)。このジンゴの位置づけはボトムエンド(旧パンダ)とプントの中間に位置する、まったくのブランニューモデル。つまりそもそもが旧パンダの後継モデルとして開発されていなかったのだ。
ジュネーブショーでデビューを果たしたジンゴ。これでいよいよ市販化か、と思われた矢先にちょっとした事件が起きる。それはジンゴの名前がルノーのトゥインゴに似ているというクレームが入ったのだ。その主はルノー社だと言われていて、名称を変更しなければ提訴する構えを見せたため、やむなく「パンダ」という名前を使うことにしたようだ。GingoとTwingo。たしかに後半はいっしょの綴りだが、響きはだいぶ違う。これくらいの類似なら他にもありそうなものの、とにかくフィアットはパンダの名前で売り出した(この名称問題は諸説があって、いまでも本当のところははっきりとしていない)。
このような開発経緯を見れば、パンダが旧パンダにぜんぜん似てないのは当然。だってはじめから新しいモデルとして出すつもりだったんだもん。それをリスペクトが足りない、と批判されてもねぇ。だけど、実際に乗ってみると「あんがいパンダじゃないの!?」と思えることが多々ある。それは「えー、ほんとはパンダの後継車のつもりだったでしょ?」と言いたくなるくらいパンダなのである。
そう思えるのは、当該車がただのパンダじゃなかったことも大きい。最後期にディーラーで買えたパンダは右ハンドル1.2リッター、デュアロジックのパンダとパンダ・マキシ(ルーフレールや電動サンルーフなどがついた贅沢仕様)。これがただのパンダだとすると、このパンダは左ハンドル1.1リッター、5MT。しかもエアコンレス! どうだ。ただものじゃないだろ。
このパンダは「アクティブ」というグレード名で下から数えて2つめ。順序としては「アクチュアル<アクティブ<アクティブ・プラス<ダイナミック<エモーション」となるが、旧パンダのスタイルを味わいたいなら、無塗装のバンパーがいかにもな、アクティブがよろしい。エンジンも1.2リッターではなく、1.1。1.2リッターでも60馬力しかないのに、1.1リッターとなるとさらに非力な54馬力。旧パンダの最後期に搭載されたFIREエンジンと基本的には同じである。数字だけみると情けない気持ちになってくるが、走らせてみると数字以上に速いのも、旧パンダと同じ印象。車重は100kgほど増えているものの、それでも840kgで充分軽い。ブン回して乗れば、旧パンダの楽しさがよみがえってくる。反対にちょっと違うなぁ、と思えるのが電動のパワーステアリングと足回りだ。ただパワステに関しては、比較のしようもない。旧パンダはアシストなしだから、フィーリングは違うに決まっている。足回りはフロントにストラット、リアはトーションビーム。旧パンダでは、Ωアームを使った86年モデル以降がいちおうトーションビーム式の範疇なので全体的なフィーリングは似ている。ただパンダのほうがより安定していて、乗り味自体にそれほど安っぽさは感じられない。旧パンダに比べれば高級になった、とも言える。シートだって旧パンダのそれよりもかなり上質。質感の方向性はいっしょで、さらにグレードが上がったような感じだ。
パンダは旧パンダの見た目的なリスペクトや継承はないかもしれない。でもクルマの使い方や立ち位置やコンセプトといった本質的な部分は、やっぱりパンダなんじゃないか、と思えてくる。まったく新しいモデルとして開発されたのに、不思議やら、うれしいやら。反対にミニやビートルには見た目的な継承はあっても、本質的な継承はされてないだろう。
5速マニュアルをガチャガチャやりながら「クルマって、これでいいじゃん」と思えてくる。3リッターも4リッターもいらん。小さいけど、5枚ドアで人が4人乗れて、荷物も適度に積めりゃいーじゃん。1.1リッターMTだから燃費もいいでしょ、エコでしょ? 日本の乗用車は、ぜーんぶパンダになってしまえ。日本パンダ化計画。そうすれば二酸化炭素も減るだろうに。
と、言いかけようとしてハタと気付いた。このパンダはただものじゃなかった。そうだ。エアコンが付いていなかった。日本においてエアコンなしのクルマに乗るのはそうとう酷のような気がするが、果たして実際はどうだろうか。「エアコン? そりゃあ、あるに越したことはないわさ」という意見があるのと同様に「エアコン? なけりゃないで済むよ」という意見もある。後者のほうが圧倒的に少数だろうが、ここでちょっと個人的な話をさせてほしい。
僕は以前、70年代の国産セダンに4年ほど乗っていたことがある。1.2リッター4気筒OHV、後輪駆動でエアコンなし、パワステなし、パワーウィンドウなし、集中ドアロックももちろんなし。83ps/710kgのサニーGX5だった。ヒーターはあったけど、エアコンなし。それでも僕はぜんぜん平気だった。もちろん数年前といまでは夏の気温が違うのは確かだが、夏暑いからエアコン付のクルマに買い換えようとか、暑いからクルマに乗らずに電車で行こうとか、そんなことは少しも思わなかった。むしろエアコンがないから軽くて楽しい。エアコンがないからエアコンが故障しない(当たり前)、エアコンがないから窓を開けて風を感じ、夕方のちょっと涼しくなった空気にうれしさを感じたり、晩夏に風の匂いで秋の訪れを感じたり……。いま思い返してもいい印象しかなく、エアコンなしによるデメリットは、強がりでも何でもなく、まったく感じていなかった。
だからといって「みんなぁ~、エアコンなしのクルマに乗ろうよ!」と言うつもりはない。彼女や奥さん、小さい子どもがいたりしたら、そりゃ文句のひとつも出るだろう(いや、ひとつどころじゃないな)。自分専用のクルマじゃなければ、やっぱり日本の夏を快適に乗り越えるには、エアコンなしだとつらいのは確かだ。ただ「エアコンがないクルマはゼッタイ、絶対、ぜったーい乗りたくない」という考えに凝り固まるのはやめてほしい。それはおそらく想像で言っている。エアコンがないクルマだって、日本では充分に乗れるし、エアコンがないことによって発見できる新しい価値、ロマン、情緒もあるはずだ。
もし将来、このクルマのオーナーになるエアコンレスカー未経験者の方がいらっしゃるのなら、ぜひエアコンなしのカーライフを積極的に楽しんでほしい、と進言したい。夏を越して思い返してみれば、本当にエアコンなしを恨んだのは数日しかないことに気付くはず。そしてあんがいエアコンなしでも行けるもんだな、と感じていただければ、きっとその後、モノの見方も変わってくると思う。「○○がなければダメだ」から「○○がなくてもいいのでは?」という引き算の思考へ。エアコンはただの例に過ぎない。この思考で日々を暮らすと、この世知辛い現代もあんがい窮屈ではないと思えてくるはずだ。
PHOTO & TEXT/Morita Eiichi
2004y FIAT Panda 1.1 Active
全長×全幅×全高/3530mm×1590mm×1535mm
ホイールベース/2300mm
車両重量/880kg
エンジン/水冷直列4気筒SOHC
排気量/1108cc
最大出力/40kW(54PS)/5000rpm
最大トルク/88Nm(9.0kgm)/2750rpm