たとえば、ハンバーガーにパテが2枚入った「ダブルバーガー」はたしかにリッチな感じがする。たとえば、ハッピーパウダーが250%に増量された「ハッピーターン」もたしかにリッチな感じがする。それはそれでもちろんいいんだけど、決してスタンダードにはなり得ない。
と、いきなり訳の分からない文章ではじめてしまってすいません。いちおう意図はあるんです。共感していただけるかどうかは別として。
というわけで今回の「ヴィブルミノリテ」は、ルーテシア(2)16V。おいおい、またかよ、と思われても仕方ない。ルーテシアは第15回にRXEとクイックシフト5、第18回にRSをやっているので今回で3回目(ルテ3 1.2を含めれば4回目)。しかも16Vである。16V。
じつはルーテシア16Vは以前から候補として挙がっていた。しかし店主のすずきさんが「16Vは書きにくいよねぇ」と配慮していただき、このコーナーに登場していなかったのだ。そんな中、我が愛車サクソが車検を受けるため、代車として貸していただいたのがこのルーテシア16V。正直、期待していなかった。事前に「16Vはいいクルマだよぉ」とすずきさんが何度も言っていたのにもかかわらず。ところが、だ。乗ってみると、言うとおりいい本当にクルマだった。どれくらいいいかというと、最初はあまりの良さにショックで何も言えず、しかし慣れてくると自然に微笑みながら運転していることに気づき、1日経つとこのままマイカーにしたいなぁ、と思うほどよかったのだ。もっと言えば、このコーナーでいままで乗ったクルマの中でいちばんいいと思ったほどだ(いいのか、そんなこと言って)。そこで「すずきさん、あれでやりましょう」と私から提案。すずきさんもまんざらではない顔で頷いたのは言うまでもない。
むかしほどではないが、いまだラテンホットハッチを好む層は少量ながらもいる(私もそのひとりだ)。たとえば、友だちに「ラテン車でホットハッチが欲しいんだよね」という人がいて、相談に乗ってほしいと言われたら、あなたは何を勧めるだろうか。
「そうだなぁ。一般的に“フツーに乗れる”ことを考えると2000年代前後のクルマになるかな。まず筆頭はプジョー106 S16やRALLYEかなぁ。プジョー306、206のS16もあるし、ルーテシアRS、メガーヌRS、2シーターだけどRS V6も。シトロエンなら106の兄弟車であるサクソ VTSとその後継のC2 VTS、イタリア車ならプントHGT、アルファロメオ145、147もホットハッチになるのかなぁ」。’70、’80年代のクルマや最近のクルマも候補に挙げればこの限りではないが、だいたいこんな感じじゃないだろうか。私が最初に買ったのはテンロクラリーだったが、その当時、他にこれほどの数が思い浮かばなかった(というかホットハッチが乗りたかったのではなく、106に乗りたかったから)。と言いつつ、これほどの数を挙げても候補に入ってこないクルマがある。それがルーテシア16V。ちなみにホットハッチつながりの友だちにこの話をしても、誰もルーテシア16Vを挙げなかった(クリオ・ウィリアムズは候補に挙がる)。「ルテ16Vは?」とこっちから聞くと「ああ、そういやあったね」という返答。続けて「友だちで乗ってる人、いる?」と聞くと「いや、いないなぁ」と返事。うーん、ルーテシア16Vはどこにいるのだ?
ルーテシアは1998年にヨーロッパデビュー。日本にはその翌年に導入された。当初はATのRXE(SOHC 3ドア、5ドア)のみだったが、後にDOHCの16Vが追加され、2リッターのRS、3リッターのRS V6が加わっていく。16Vは3ドア・5MTのみ(並行で若干数5ドアも入ってきている)。Ph2になってからはラインナップが刷新され、1.2リッター、1.4リッター、2.0リッター(RS)、3.0リッター(RS V6)となり、16Vは消滅。だから、16VはPh1にしか存在しないということになる。
ボディカラーはブリュ・メチル、ボレアル・シルバー、パイユ・ジョーヌの3種類。不思議なことにRENOさんのリストに登録されている16Vは4台いるのだが、そのすべてがパイユ・ジョーヌ(金色)だという。しかもみんな2000年式というからさらに不思議だ(ただこの現象はRENOさんだけかもしれない)。過去、すずきさんが触った16Vに話を広げると、6台中1台を除いてやはり全部金色。非常に局部的だが、日本で金色がここまでもてはやされるのは珍しい。金色を選ぶ特別な理由があるのだろうか。
そして試乗させてもらった16Vも金色である。この色、不思議なもので最初はその色に違和を感じるのだが、しばらくいっしょに過ごすとそれが自然に見えだすどころか、この色はルーテシアにとても似合ってるな、と思うようになる。
スペック的にはサクソとそう変わらない。3サイズやホイールベースでサクソより若干大きいのでその分、車重もあり1tを10kgだけ超えている。馬力はサクソより10ps少ない代わりに、トルクは0.7kgm太く、1450rpmも下の回転数で最大を発生させる。最初は「サクソと同じようなフィーリングかな」と思って発進させたのだが、ちょっとビックリしてしまった。まずサクソより明らかに速い(と感じた)。低速トルクがあるのでそう感じたのかもしれないが、とにかく速くスムーズだ。そのスムーズさはうまく表現できないが、エンジンや駆動系(摺動部)のフリクションロスが少なく、軽く回っている印象、と言えばいいのだろうか。エンジンはメガーヌ(1.6)、カングー、ロガンなどに搭載されている「K4M」。積まれるシャシーによって印象は変わるもんだ。カングーに乗ったときはぜんぜんスポーティに思わなかったエンジンなのに、16Vはとてもスポーティに感じるから不思議だ。レスポンスも サクソより俊敏で、右足がスロットルに直結しているかのような感覚。6000、7000rpmと高回転域はさすがに苦しそうだが、そこまで回さなくても、いや回さないほうが気持ちよく走れる。そしてこれまた驚いたのがブレーキ。RXEに乗ったときはちょっとオーバーサーボ気味だなぁ、と思ったが、16Vでは唐突な効きは感じられなかった(もちろんブレーキパッドやフルードの違いもあるので一概には言えない)。それどころか、とてもコントローラブルでよく効く。サクソよりも効く。クルマから降りてリアタイヤを見ると、ドラムブレーキだったことを知ってさらに驚いた。おいおい、サクソはディスクだぞ。
高速道路にも乗ってみた。ルーテシアはもうさんざん乗っていて、高速走行の性能はいいに決まっている。そう分かっていても乗るたびにしみじみ「いいなぁ」と思う。それにはこのシート、足回りがモノを言っている。トンッ、トンッと軽快にいなしていく道路の継ぎ目が相変わらず心地よい。公に書けないようなスピード域がすごく落ち着くのだが、反対にバックミラーが気になって落ち着かないジレンマを抱えるのもルーテシアならではだ。山道に入っても、そのスタビリティは健在。小さく回り込むようなクイックなコーナーでも、地面からなかなかタイヤを離さない。しっかりと4つのタイヤが踏ん張って、弱アンダーで駆け抜けるフィーリングは、サクソの「いつリアが出るんだろう……」というスリルとは対極にあるものだ。日本の峠道レベルの速度域ではリアはまずブレイクしない。うーん、この安心感は捨てがたい。
クルマを降りて感じた妙な敗北感。それは、サクソに比べてルーテシアのほうが総じて勝っていると感じたからだ。ルーテシアのほうが設計年次は新しい。だから同列で比べるのは酷な気もするけど、10年も離れているわけではなく、ほんの数年だ。あえてサクソが勝っているところを挙げるとするなら……。ルーテシアよりステアリングフィールがクイックなところ、くらいだろうか。ま、これも少しダルなことによって高速走行の気軽さ、安楽さを生み出している、という見方をすればルーテシアのメリットなのだろうけど。ああ、そうそう。サクソのほうが小回りは利く。うん、これは事実だ。
クルマを降りて感じた妙な敗北感。それは「こんなにおもしろいクルマをいままで知らなかったことの恥ずかしさ」にも似ている。ホットハッチというと、ベースはコンパクトな大衆車かもしれないが、それにオーバーフェンダーを付けたり、スポイラーを付けたり、それなりにスポーティな仕上げをしている車種が多い。しかし、ルーテシア16Vの外観はRXEとほとんど同じ。ヘッドライトがRSやRS V6と同じデザインのものであることと、ホイールが専用デザインのものを履いているくらいで、ぜんぜんスポーティなオーラは発していない。そう、ルーテシア16Vがいまいちパッとしないのは、この外観のせいもあると思う。実際、専用の外装パーツをまとったルーテシア RSは、多くのラテンホットハッチ好きに支持された。もちろんそのパフォーマンスも人気の理由だが、あのデザインも人気を支えた理由のひとつだと思う。
いまいちパッとしなかった理由。もうひとつは、RSとRS V6の存在感がありすぎて、ホットハッチ好きの視線が16Vに向かなかったこと。RSの2リッター・172ps、RS V6の3リッター・MR・230ps(Ph2は255ps)というパフォーマンスは、ホットハッチ好きの心を鷲掴みにするには充分な記号だ。そして実際、RSに乗ってみてもそのスペック以上におもしろい(V6は乗ったことがないからわからないけど)。その点、16Vは特別にスポーティなデザインをまとっているわけでもなく、RSシリーズほどハイパフォーマンスでもない。非常に中途半端な存在であり、ホットハッチ好きにも忘れられてしまうようなクルマになってしまったのではないか。だから今回試乗してみて「ルーテシア16Vよ、お前はこんなにいいクルマなのに、いままで気づいてやれなくてごめんよ」と、恥ずかしい気持ちでいっぱいになったのである。
個人的には、いままでルーテシアシリーズの中でルーテシアRSがいちばんだったけど、16Vはそれを抜いた。RSのパワー感はとても魅力的で、あの大トルクを使って走らせるのはなかなか痛快だ。しかし16Vに乗ると、RSがちょっと重く大きく感じてしまう。16Vならステアリングを切って鼻先をコーナーの先に向けるのがRSよりも半テンポ速くできるような気がするのだ。あのパワーと引き換えに、16Vは軽快さを手に入れている。たとえば高速道路をメインに長距離を走る人にはRSがいいと思うけど、峠道をちょっとスポーティに走りたい人は16Vのほうが好きになると思う。ただ、RSは峠道がダメ、16Vはロングドライブに向いていない、というわけではないので誤解なきよう。
すずきさんがこんなことを言っていた。「うちの16Vのお客さんは、みんなすごく気に入って乗ってる。で、たいてい濃い人が多い(笑)。全員じゃないかもしれないけど、ラテン車最初のクルマとして16Vを選んでいないと思う。いろいろ乗った結果、16Vを選んだ人が多いね。ラテン車遍歴の終着駅、というかね。取捨選択が上手なんだろうなぁ」と。私はその言葉の意味がとてもよく分かる。ダブルバーガーもいいし、濃いハッピーターンもいい。でもやっぱり普通のハンバーガー、普通のハッピーターンがいい、と思う人もいるのだ。そういえば、ネットでお知り合いになった16Vオーナーの方はこんなことを言っていた。「結婚して子供も産まれて、5枚ドアのあるクルマに乗り換えた方がいいのでは、と言われ続けて早数年経ちますが、まったく乗り換えたい気がしません」と。この方は12年16Vに乗り続けていらっしゃっていて、16Vのことを「 “ホットハッチ”というより“ウォームハッチ”」と表現した。さすが12年の歴史。言い得て妙である。
RSやRS V6の影に隠れてひっそりと佇んでいた、ちっとも速そうじゃない出で立ちの16V。その良さを少しでも多くの人に知ってもらいたいと思い、今回はいつもよりちょっと多くの時間をかけて書いた。だからラテンホットハッチ好きな皆さん、16Vに乗ったことがないようなら、ぜひ乗ってみてほしい。そんな機会、あまりないかもしれないけど、もしあったなら。そしてこの先、もし友人にホットハッチを勧めることがあれば、ぜひ16Vもその候補に入れてやってほしい。ラテン車玄人が、長年のクルマ遍歴で行きついたコンパクトハッチバックの答え。そしてライフスタイルが変わってもなお、乗り続ける人がいるほど「スタンダード」な魅力を持ったこのクルマを、少しでも味わってほしいと思う。
TEXT & PHOTO / MORITA EIICHI
2000y RENAULT LUTECIA 16V
全長×全幅×全高/3770mm×1640mm×1420mm
ホイールベース/2475mm
車両重量/1010kg
エンジン/水冷直列4気筒DOHC
排気量/1598cc
最大出力/81kW(110PS)/5750rpm
最大トルク/151Nm(15.4kgm)/3750rpm
そいえばね、触れるの忘れてたけど、ルテ16V乗ってたヒトって大抵リピーターなのよ。
国産や独車に行っても大抵帰ってくる。
たまたまラテン車、じゃなくて、好きでラテン車乗ってるヒトな気がする。
やっぱし濃いヒト養成機。
ってか、菱に帰ってくるんだよなー、不思議だ。いや、そういうものか、だと思う。
やっぱりあの味が忘れられないの! ってことでしょうか。
他のクルマに乗ってはじめてわかる16Vの良さ。
リピーターになるのもうなづける気がします。
とにかくバランスがいいんだよなぁ。シャシーとエンジンの。
すずきさんは1.4 5MTのほうがもっといいとおっしゃるでしょうけど(笑)。
1.4のMTいいねぇ。って数台しか経験ないけど。
そういえば思い出したけど、一番下の画像、当時のカタログの画像に印象が近いのですが、狙った?
あら、そうでしたか。
桜を写りこませようとしてこんなアングルになったんですが、
さして効果もなく……。なので狙ってません(笑)。