1997年のデビュー以来、全世界で累計250万台以上が販売された先代カングー。日本には2002年に正規販売が始まり、ルノー・ジャポン史上、単一車種として最も売れた。その数9,000台以上。「なぜにカングーはこんなに愛されたのか?」。あのファニーフェイスを見ていると、そんな疑問を抱かずにはいられない。
カングーは1997年に「キャトル・フルゴネット」、「エクスプレス」の流れを汲む小型商用車として本国デビュー。日本へは1998年あたりから並行輸入され、フランス国内では最高グレードと言われる「RTE」とベルギー仕様と言われる「RT」が混在して入ってきた。1.4リッターSOHC、5MTの左ハンドルで、スライドドアは右側のみ。当初からカングーのチャームポイントである観音開き(正式にはダブルバックドア)かハッチバックドアを選ぶことができた。
その後、1999年あたりからスライドドアが両側に付くようになる。その他にもフロントバンパーが一部同色になったり、フォグランプが標準装備になったり、ステアリングにオーディオのリモコンが付くなどの変更を受けた「RXE」というグレードのものが入ってくるようになった。またこの頃からATも登場。並行車ではかなりのヒットを飛ばし、街中でもよく見かけるようになった。
そして2001年にマイナーチェンジ。外観はサイドドアモールが若干太くなったくらいしか変更点を認められないが、モノコックは剛性アップが図られていたという。日本では希少な4×4が設定されたのもこの頃だ。2002年にはついに正規輸入のカングーが発売を開始。グレードは「RXE」相当のものだったが、悩ましいのはハッチバックのみの仕様ということだ。それだけに観音開きにこだわりたい人は並行車を選ぶことになり、正規輸入が始まったのにも関わらず、20万円以上高い並行車も売れ続けるという現象が起こった。ちなみに並行車では特別塗装が設定され、通常のカラーラインナップにはないオレンジやベージュなども指定することができた。
2003年にはマイナーチェンジを受け、フロントデザインが変更。エンジンも1.6リッターDOHCになる(この頃、過渡期モデルとして初期顔+1.6エンジンという変わり種も半年くらい売られていた)。グレードは「RXE/RTE」ではなく、PrivilegeやExpressionに名称が変わったが、この表記は外観からは認められず、なぜかドアの縁やグローブボックスの中という目立たないところに記載されているのが不思議だ。バックドアもついに観音開きとハッチバックの両方がオーダーのときに無料で選べるようになり(後に観音開きのみになったが)、観音開きの場合はオプションで「ジラフォン(ルーフ後端が上方に開くトビラ)」も選択可能に。ダッシュボードの形状も変更された。右ハンドルだけ古いものが使われていることもあるようだが、その真相は定かではない。
そして2007年にカングーはセニック2をベースにしてフルモデルチェンジし、2009年から日本でも正規販売が始まった。先代カングーも併売されるが、話によるともはやルノー・ジャポンに在庫はなく、販売店の持つ在庫しかないようだ。
ざっとカングーの歴史を振り返ってみたが、ルノーはイヤーモデルできっちりと仕様変更をしないメーカーなので、だいたいこんな移り変わり、という感じに留めておいてほしい。
さて、薀蓄はこのあたりにして今回、幸運にも新旧さまざまなカングーを試乗する機会に恵まれた。初期型カングーから先代最終の正規モノ、異端児的なBe-Bopまで合計5台。まさに“カングーまみれな1日”を時系列でお届けしよう。
1月某日
AM8:30
RENOさんにてお借りした1999年カングー1.4 RT(左ハンドル・5MT)で、某ディーラーに向かう。
現在、RENOさんの社用車として活躍している「RENAULT ASSISTANCE」カラーのカングー。聞けばすずきさんが最初に取り扱ったカングーだとか。走行距離154,000km。それなりに年を重ねているので各部がお疲れ気味だが、ひとたび乗れば「ああ、ルノーだなぁ」と実感できる。しっとりとしたシート、しなやかな足回りは、15万kmを越えても健在だ。というよりも、15万kmを越えればさすがにクラッチなどは減ってくるが、ちゃんとしたメンテナンスを行っていれば、何の苦もなく乗れるのだ。その辺はさすが過走行を運命づけられた商用車の本領というべきか。
じつはラテン車好きでありながら、これまでカングーにちゃんと乗ったことがなかった。だからカングーといえば「荷物がたくさん積めるオシャレなクルマ」くらいしかイメージしていなかったのだが、某ディーラーに向かう道中「これは運転してもけっこう楽しいぞ」と感じるようになった。5MTだからかもしれないが、ワイドなギアを引っ張って走るのがいい。エンジンもけたたましさを増すが、それはそれ。いかにも商用車っぽくて「働いてる」感たっぷりである。
AM10:30
某ディーラー到着。
先代最終型である2008年カングー(右ハンドル・AT)を試乗。
ドアを開け、シートに座った瞬間「アレッ?」と思った。お尻のセンサーが「これはちょっと違うなぁ」と反応したのだ。私がルノーのシートを判別するときにベンチマークとなっているのがルーテシア2のシート。社用車カングーのときには違和感を覚えなかったのだが、このカングーにはちょっとだけ違うなぁ、と思ったのだ。ルーテシア2のシート、さっきまで乗っていた社用車カングーのシートが10とすれば、これは7くらい。どこが違うのかと言われると「ルノー色(というかルーテシア色)が薄い」としか答えられないので、参考にならないかもしれないが……。
エンジンをかけてスタート。エンジンの騒々しさは変わらないがさすがに1.4に比べてよく走る。ATの動作にも不満はなく、商用車ベースと言えども、普通の乗用車に近い印象だ。内装の質感や快適装備も充実していて、これで200万円ちょっとなら売れるのも当然だと思える。社用車カングーのときに感じた“アク”が現代的な手法によって薄められ、誰にでも気軽に乗れる「普通のクルマ」になった、というのが正直な感想だ。
AM11:30
続けて2009年NEWカングー(右ハンドル・AT)に試乗。
乗り込むとパッと明るい色調のインテリアと先代では鉄板むきだしだったドアパネルなどのチープさ(もちろん、イイ意味での)は微塵もなく、完全に乗用車のそれと同じになった印象。シートも先代よりも張りがあり、硬い感じがした。カングーはカングーだが、これまでの商用車っぽさは皆無なので「まったく別のクルマ」として解釈したほうが良さそうだ。
走り出して最初に感じたのは、ボディの大きさよりも重さ。エンジンは先代のままで、パワーこそ95PSから105PSに上がっているが、重量が260kg(AT)も重くなっているから当然だ。しかもATだから全体的にノッソリした乗り味。シフトチェンジの切り換えショックも先代よりも目立つような気がする。ただ美点もたくさんある。まずはエンジンの静粛性。これは2重構造のフロアや3.85mmの厚いサイドガラス、15mmの遮音材を入れたホイールハウスの採用でかなり静か。ルノーの伝統的(!?)とも言える小回りのしにくさはなく、最小回転半径を5.1mに留めたのは大きい。アイポイントも約100mmアップし、視界も良好。着座感覚は完全にミニバンと同じである。ユーティリティ性を向上させるためにシートアレンジも進化した。リアシートがフルフラットにでき、折り畳みから復帰まで片手ひとつで操作できる。ラゲッジにあるトノボードも50kgまで耐えられるものを採用し、2段階に高さが調整できるようになっている。
NEWカングーはこのように運転する楽しさよりも、拡大したスペースをいかに快適に、いかに有効利用するかという工夫に注力しているように思える。ただ運転する楽しさが薄まってしまったのは、並行車からカングーに乗っている人にとって少し残念なことかもしれない。
先代最終カングー、NEWカングーの試乗を終え、再び社用車カングーに乗り換え、RENOさんへ帰る。その途中、いろいろと考える。カングーから乗り換えた人にとって、NEWカングーは違和感があるだろうけど、国産車から乗り換えた人はどう思うのだろう、とか、試乗したNEWカングーはブッシュなどの各部品が馴染んでいないから、乗り心地の面でまだあれこれ言うのは早計かも、とか、5MTだったらまた印象が違ったんだろうなぁ、とか。そんなことを思いながら昼食を買うためにコンビニ寄った時、すずきさんから電話が。
「あのね、突然だけど、Be-Bopにも乗れることになったよ」。
なんと! それは願ってもないこと。あの超ショートホイールベースのカングーがどんな乗り味なのか、興味津津だったのだ。それを聞いて居ても立ってもいられなくなり、肉まんを頬張ってRENOさんに急いだ。
PM14 :15
2009年カングーBe-Bop(左ハンドル・5MT)に試乗。
RENOさんに到着して目の前に現れたのは、オレンジエタンセルと呼ばれるカラーのBe-Bop。オレンジをベースにボンネットとリアゲートの一部がシルバーで塗装されたちょっと奇抜な配色が目を引く。このクルマ、じつは今回の企画を聞いたオーナーさんがわずか走行距離1,000km、しかも国内登録1号車(推定)をご厚意で貸していただいたのだ。あたらめて感謝の気持ちを表したい。
ちなみに「Be-Bop」とは、ジャズの一形態を指し、モダンジャズの起源とも言われている。決まったテーマ部分を演奏した後、コードに進行に沿いながらも各パートが自由に解釈し、アドリブしていく。スイングジャズがカングーだとしたら、Be-Bopはカングーに新しい解釈を与えたまさに「Be-Bop」そのものと言える。
乗り込むとカングーと同じダッシュボードでありながら、上部がブルーで彩られているので違うクルマに乗っているような印象を受ける。走り出せば、交差点をひとつ曲がるだけでその違いが感じられる。先代カングーと比べてもホイールベースは約300mmも短い。とにかくクルクルとよく曲がる。しかも5MTのシフトフィーリングはカチッとしていて、ギア比もクロスしている(と思う)から、シフトチェンジが気持ちいい。そしてタイヤサイズが違うせいだろか。試乗したNEWカングーよりもBe-Bopのほうがよっぽどルノーらしい乗り味を持っているように思えた。「これは楽しいぞ!」。乗れば乗るほど、自然に顔がにやけてくる。このまま海でも山でも出かけたくなる気分だ。
NEWカングーよりもスペースユーティリティに劣るが、運転の楽しさはBe-Bopのほうが格段に上。Be-Bopは見た目もFunだし、乗ってもFunなクルマだ。
PM15 :30
本日最後のカングー2001年1.4 RXE(左ハンドル・AT)に試乗。
両側スライドドアになり、ATが追加された頃のモデルだが、やはり初期型カングーのテイストを引き継ぎ、乗っていて「あぁ、これがルノーだよな」という安心感を与えてくれる。ATにもまったく不満はなく、むしろ先代最終型のカングーよりもフィーリングは好ましく感じた。シフトチェンジのショックもタイミングも気になるところはなく、普通に踏んで、普通に走る。個人的には1.6よりも1.4のほうが、というか、1.4で必要充分なんじゃない? と思ったりもする(後日談だか、このカングーはエンジンヘッドのガスケットトラブルで、ヘッドを少々面研し、圧縮比が上がっているということだった)。
PM19:00
中川区某喫茶店にてカングーオーナーと語らう。
新旧さまざまなカングーの試乗・撮影を終えて、夜はカングーオーナーさんに集まっていただいた。参加してくださった方は3名。まずは各氏の簡単なプロフィールを紹介しよう。
S氏(26歳・東海市在住・2008年式・D車・1.6AT・右ハンドル所有)
最初、メガーヌを見に行ったが奥さんの許可が下りず、カングーを買うことに。現在、カングーは奥さんがメインで乗っており、自身は最近手に入れたキャトルに夢中だという。
K氏(43歳・春日井市在住・2009年式・D車・1.6MT・右ハンドル所有)
2001年1.4RXE(MT・左ハンドル)からNEWカングーに乗り換え。購入してからまだ3,000kmほどしか走っていないので総合的な評価はできないというが、だんだんとその良さを発見しつつあるようだ。
I氏(40歳・名古屋市在住・1999年式RT・並行車・1.4MT・左ハンドル所有)
フランス車でもとくにルノーを愛し、並行で新車のRTを購入。自らカングーのイベントを開催し、交友関係でも多くのカングー乗りと接している。
Morita:きょうはお集まりいただいてありがとうございます。といっても本格的な議論をやるつもりはなく、ゆる~くいきたいと思いますので、よろしくお願いします。さて、さっそくですが、皆さんはカングーの良さってどんなところで感じますか?
S氏:そうですねぇ。やっぱり気兼ねなく荷物をガシガシ積めるところでしょうか。別にキャンプとかアウトドアで道具をたくさん運ぶわけじゃないんですが、いざというときにたくさん積めるのは心強いですね。一度、宮崎県にある実家からいろんな荷物を運んできたことがあるんですが、それはもういっぱい積めて助かりました。
K氏:僕も荷物が運べるのは大きいなぁ。ウチの場合、フリーマーケットなどでモノを売るときとかに活躍してますよ。あと週末に家族で名古屋に遊びに行くことが多いんですが、そのとき自転車を3台載せていくんですよ。で、土日にクルマを停めやすいところにカングーを置いて、そこから大須とかに自転車で移動するんです。お金もかからないし、そういう週末の過ごし方が気に入ってます。
I氏:僕はオールマイティなところでしょうか。カングーって荷物が積めるだけでなく、運転してても楽しいんですよ。スポーツカーはもちろん運転する楽しさを極めた乗り物ですけど、やっぱり日常使いには不便なところがある。でもカングーは家族連れにもやさしくて、いざというときに荷物も積めて、なおかつ運転する楽しさもある。そういうところがウケているんじゃないですかね。
Morita :なるほど。それはうなづけますね。では発売されて間もないNEWカングーですが、Kさんは乗ってみてどう思われましたか?
K氏:まだ3,000kmなんで何とも言えないんですが、正直言うと最初は印象悪かったです(笑)。燃費もリッター9kmぐらいだったんですよ。でもだんだん良くなってきて最近では13kmくらい走るようになりました。ただ足回りとかは先代に比べてちょっと違和感があってどうやって運転するのがいいのか、ちょっと探っている状態ですね。サイズは見るとデカイなぁ、と思うんですが、乗ってみるとそんなに気になりませんでした。
Morita:NEWカングーのほかに候補はあったんですか?
K氏:ありましたよ。NEWチンクエチェントとかミニ・クラブマンとか。でもミニのクラブマンはサイズの割に高い。その意味ではNEWカングーの坪単価は財布にやさしいですよね(笑)。
Morita:坪単価っておもしろい考え方ですね(笑)。分かりきってますが、ちょっと計算してみましょう。いちばん安いモデルでいくと、ミニクーパークラブマンは276万円、カングーは219.8万円。面積を計算すると、ミニは約6.63平方メートルで2.009坪、カングーは約7.56平方メートルで2.29坪。坪単価を出すと、ミニは「138万円/坪」、カングーは「95.9万円/坪」。
K氏:42万円くらい差がありますね(笑)。
Morita:たしかにこれは大きい! ま、お遊びはこの辺にして……。Kさんが感じる現時点での明確な不満点はありますか?
K氏:そうですねぇ。はっきり言えるのは、ホイールの選択肢が少ないことですね。NEWカングーは5穴でPCDが108なんですよ。ただでさえ108なんて希少なのにその上5穴ですからね。運良くあっても高いし。スタッドレスのときに困りますよ……。
Morita:IさんはNEWカングー、どう思われましたか?
I氏:セニック2ベースということで、完全に乗用車になったという印象ですね。ダッシュボードのデザインとか乗り味も。ある意味カングーの個性だった商用車っぽさはぜんぜんないし、装備もいままで以上にファミリーを狙った内容になってますから、国産車しか乗ったことのないファミリー層にも大きくアピールできると思います。それと セニックオーナーでATトラブルに泣かされていた人にはいいと思いますよ(笑)。乗り換えても違和感ないんじゃないかなぁ。
Morita:確かに名前は同じカングーですが、別のクルマとして生まれ変わったと認識したほうが良さそうですよね。
I氏:そうですね。いままでもカングーはファミリーが多かったんですけど、NEWカングーになってこれからもっと増えていくんじゃないでしょうか。
この後「先代カングーのオーナーにはクリエーターが多い」とか「なぜルノー車は前ヒンジのボンネットが多いのか?」などカングーとは関係ない話で盛り上がり、中川区の夜は更けていった……。
今回、新旧合わせて5台のカングーを乗って感じたこと。それはカングーが「誰にも嫌われないクルマ」ということだ(誰にも、は言い過ぎかもしれないけど)。先代カングーについては商用車ベースでありながらも、その範囲内で最大限の良さを発揮しているといえる。乗って楽しく、荷物も積め、デザインも国産車にないオシャレさがあり、日本の道にちょうどいいサイズ、手ごろな価格と維持費……などなど、カングーはIさんの言うようにまさにオールマイティなクルマだ。きっと誰が乗っても「カングーなんてイヤ!」とは言わせない何かがあるように思えて仕方ない。
次は先代カングーが築き上げたイメージを守りつつ、NEWカングーが先代乗り換え組以上に新規客をいかに魅了できるか。今後の売れ行きを楽しみに見守りたいと思う。
TEXT/Morita Eiichi
1999y RENAULT KANGOO 1.4 RT
全長×全幅×全高/3995mm×1663mm×1894mm
ホイールベース/2600mm
車両重量/1085kg
最大出力/55kW(75PS)/5500rpm
最大トルク/117Nm(11.9kgm)/4250rpm
2008y RENAULT KANGOO
全長×全幅×全高/4035mm×1675mm×1810mm
ホイールベース/2600mm
車両重量/1200kg(AT)/1170kg(MT)
最大出力/70kW(95PS)/5000rpm
最大トルク/148Nm(15.1kgm)/3750rpm
2009y RENAULT KANGOO
全長×全幅×全高/4215mm×1830mm×1830mm
ホイールベース/2700mm
車両重量/1460kg(AT)/1420kg(MT)
最大出力/78kW(105PS)/5750rpm
最大トルク/148Nm(15.1kgm)/3750rpm
2009y RENAULT KANGOO BE-BOP
全長×全幅×全高/3870mm×1820mm×1830mm
ホイールベース/2310mm
車両重量/1360kg
最大出力/78kW(105PS)/5750rpm
最大トルク/148Nm(15.1kgm)/3750rpm
2001y RENAULT KANGOO 1.4 RXE
全長×全幅×全高/3995mm×1663mm×1827mm
ホイールベース/2600mm
車両重量/1150kg(AT)
最大出力/55kW(75PS)/5500rpm
最大トルク/117Nm(11.9kgm)/4250rpm