PEUGEOT 106 S16

メイン2893エコカー全盛の時代なので、いまさらこういう車種を取り上げるのは時代遅れかもしれない。プジョー106 S16。いわゆる“ホットハッチ”と呼ばれたジャンルの中でも「小粒でピリリと辛い」元気車である。日本国内では1996~2003年まで販売され、クリーンなエクステリアデザインと気持ちよく回るエンジンによって、走りを好む若者に受け入れられた。その人気はいまだ健在といったところで、中古車市場でも低走行距離の最終型は、いまだに130~150万円ほどで売られているほどだ。これは新車価格が230万円前後だったことを考えると、かなりの高値を維持している。

前2899重箱の隅をつつく、モデル変遷。

1996年に国内発売したS16は、先代のXSiからのモデルチェンジに伴い、1.6リッターのツインカムを搭載。内外装もアップグレードされ、洗練されたデザインになった。
と、ここまでは一般的によく知られている事項。せっかくなのでこの機会に、分かる範囲で装備の変遷を重箱の隅をつつくようにまとめてみたいと思う(ただ一部、伝聞やリサーチ結果、経験則も含まれるのですべてが正しいとはいえないかも)。
発売から2年後の98年、最初の小変更を行われる。ドアパネルのモールが撤去され、シートもファブリックから本皮+アルカンターラのコンビネーションに、ステアリング、シフトノブにも本皮が奢られる。メーターはブラックからホワイトへ。レッドゾーンの数値を見ると、黒メーターの7250rpmから白メーターは7500rpmになっている。ただレブリミッターはどちらも7250rpmで効くようで、この変更がどういう意味を持つのかよく分からない。また、限定車である「セリースペシャル」もこの年にデビュー。これは「日本におけるフランス年」を記念したモデルで(何をもって日本におけるフランス年なのかよく分からないが)、フランス国旗をイメージしたインディゴブルー、ビアンカホワイト、チェリーレッドの限定250台だった(特にチェリーレッドはセリースペシャルにしか存在しなかった色で希少)。
後289400年にはフロントウィンドウガラスが熱反射ガラスになり、キーレスエントリーが赤外線式から電波式に変更。施錠/開錠ボタンも1ボタン式から2ボタン式に変更になっている。ちなみにウィンドウの上辺中央部に黒いドットが集合した「センターサンバイザー」があると熱反射ガラスと判明できるようだ。
そして01年、エンジンがTU5J4/L3からTU5J4/L4へ地味に変更され、形式もGF-S2SからGH-S2NFXになっているが、これはプジョージャポンが型式記号を「排気ガス記号-車種別エンジン」にするべきだという通例に従ったものと思われるので、実質大きな変更はない

エンジンルーム2896と言える(もちろん、各々の排気ガス規制の変遷にともなう規制値への合致が前提だが)。確認できる範囲では、排気ガス対策のエアポンプがエキマニの上に追加、ハブの厚み増し、ドライブシャフトの変更、サイドエアバッグ装備、フロアにブレース追加、フロアマットの形状変更、中間パイプの形状と長さ変更、ツマミがメッキに、サイドブレーキのボタンがアルミに、など、このあたりは変更が細かすぎて把握しきれない。そして最後の年になる02年に「S16リミテッド」になり、MDデッキ+CDチェンジャーが装備。価格も235万円から225万円にダウンした。
と、まぁ、ざっとこんな感じだ。いろいろと調べて書いてみたが、正直これで網羅しきれているとは到底思わない。あくまでも参考程度までにしてほしい(無責任で申し訳ない……)。

ダッシュ2900ホットハッチの“ホット”とは何か?

さて、話を大いに戻して“ホットハッチ”である。ホットハッチに明確な定義はないが、一般的に小型ハッチバックの大衆車に高出力のエンジンを載せ、足回りを固め、走りの方向に性格を振ったモデルがそう呼ばれている。その源流は1976年に登場した(縦)サンクアルピーヌあたりか。そしてその翌年にデビューしたゴルフGTiが大ヒットする。一説ではフランスのVWディーラーがVW本社に「作ってくれ!」とかけあった結果だとも言シート2906われているが、その真偽はどうか分からない。その後、80年代に入って(縦)サンクアルピーヌターボ、サンクGTターボ、デルタHF、ウーノターボ、309GTi、205GTi、AX GT/GTi、90年代には306 S16、クリオウィリアムズ、ルーテシア16V、ZX2.0シュペールなど、出るわ出るわ、ホットハッチが世界中を席巻したのである。106 S16ももちろんその一味で、出力わずか118psながらキビキビした走りでラリーやレースなどでも活躍。先代XSiから1.3 Rallye、1.6Rallye、S16、Rallye 16V後席2901へと進化する106は、国内外問わず、アマチュアのスポーツマインドをくすぐった。
一般的にホットハッチは実用車をベースにしているため、安価で使いやすいのが特徴。実用性を備えつつ、イニシャルコストもランニングコストも安く、それでいてスポーティーな走りも楽しみたい、という欲張りな人には格好のクルマだ。反面、所詮ハッチバックだから完璧なスポーツカーにはなり得ないのも確か。ニーズに応えるために各メーカーも何とかしてスポーツカーに近づけようと努力するが、やはり全方位OKなクルマにはなラゲッジ2903らないもので、どこかに無理がくる。106に関して言えば、それがリアの足回りだ。
リアサスペンションにはトーションバースプリングが備えられていて、ラゲッジスペースがスクエアで使いやすい反面、スポーツ走行をするとこいつが地面を簡単に離してくれたりする。限界を超えるとスパッとリアが流れる“テールハッピー”。構造上致し方ないのだが、この欠点が逆にドライバーへコントロールする楽しさを提供してくれるのも確かだ。この際、その“適度に不完全”なところも美点として捉えてしまおう。
タイヤ2902クリップ手前までジワジワとブレーキング、それとともに荷重は前に移り、クリップ直後にアクセルオン。荷重はリアへ移っていくと同時にトーションバーがジリジリと捻れはじめ、タイヤのグリップとともに限界を超えたところでスパッと地面を離す。ドライバーはその限りなく薄い予兆を感じるために全神経を集中させ、流れる直前でアクセルをパーシャルに戻す。流れてしまったとしても即カウンターステアを当てるとともに、アクセルオンで流れは止まる。
そこには低次元ながらもクルマとの会話が確かに存在する。スタビリティが高すぎると、大して速度の出ない日本の狭い峠やミニサーキットではもてあまし気味になる。“適度に”といったのは、本格的にレースをやるわけではないが、週末は峠やミニサーキットで遊びたいな、と思っている“走り好き”の平均的なスキルにその“不完全さ”がちょうど良くフィットするから。そこにクルマと会話しながら、コントロールする歓びが生まれる。(思い切り結果論だが)これを“ホット”と言わずして何と言おう!

エンジンフード2897まずはフルノーマルを知るべき。

さて、当該車、とても貴重な1台である。何が貴重かというとフルノーマルなのだ。S16と言えばほとんどが走り好きによって自分好みの色に染められるから、中古市場に出回るのは何かしら手が加えられているのが多い。僕もいままでいろんなS16に試乗させてもらったが、完全にノーマルな個体に乗ったのはこれが初めてだった。
結論から言うと「ノーマルってこんなに良かったんだ」という印象。軽いタッチで決まるシサイドパネル2905フトをクロス気味のギアに乗せてポンポンとシフトアップしていく快感。そしてロールは大きめだが、しっかりと粘るサスペンション。峠に持ち込むとその気持ち良さはさらに高まる。いちいち回りたがるエンジンを高回転でキープしたままコーナーに進入していくとスッとノーズが入り、リアのブレイク予兆もノーマルのほうが把握しやすいような気がする。峠を過ぎて直線が続く田舎道へ。そこでギアを5速に入れたまま、低回転でのんびりクルーズ。ときどき現れる路面リアゲート2904のうねりやギャップもノーマルの脚はやわらかく受け止め、まったくストレスを感じない。峠を攻めてもダラダラドライブも、S16はどちらもちょうど良く楽しめる。つまり足回りや吸排気系に手を入れれば、もっと走りの方向に振れるし、ロングクルーズを楽しみたければ、メカ系はそのままでも充分快適だからドレスアップに凝ってもいい。どちらにも振れる絶妙な立ち位置にいるのがS16と言える。いや、モデルに限らず、それがノーマルの良さなのだ。
ノーマルというものはプロフェッショナルたちが作ったそのクルマでのベストバランス。ただ、そこにコストが関わってくるのもノーマル。社外品でモカギ2907ディファイするのもクルマの楽しみのひとつだが、バランスが取れているマトリクスの一部を崩す行為とも言えるわけで、何かを伸ばすためには何か縮めざるを得ない場合もある(排気の抜けを良くすると、トルクが薄くなるとか)。どのような意図で手が加えられたのかが分からない「いじり倒したクルマ」は、自分の希望する方向と同じとは限らない。ノーマルという基準を知らないままモディファイにかかると、何をしても望みどおりにならないアリ地獄に陥る可能性もある。そういう意味でも、やっぱりフルノーマルは貴重なのだ。
今回の試乗でノーマルの良さ、貴重さを強く感じたと同時に、エコカー時代のいまだからこそホットな魂を持つこのようなクルマがあらためて見直され、求められているのではないか、と思った。いまの時代、1tを切るクルマは稀有になった。重くなった車体をエンジンパワーで賄おうという風潮も否定できないなかにあって、軽くて、気持ちよく回るエンジンを持つ106 S16はそれこそ稀有な存在だ。いや、稀有というよりも「最後の本当のホットハッチ」と言えるかもしれない。この先もきっとこんなクルマは出てこないだろうから。

PHOTO & TEXT / Morita Eiichi

エンブレム28952000y PEUGEOT 106 S16
全長×全幅×全高/3690mm×1620mm×1370mm
ホイールベース/2385mm
車両重量/960kg
最大出力/87kW(118PS)/6600rpm
最大トルク/142.2Nm(14.5kgm)/5200rpm

関連URL http://www.reno-auto.net/wp/archives/2153

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