そのメーカーのクルマづくりへの姿勢や考え方がいちばん顕著に表れるのは、最もベーシックなモデル/グレードなのかもしれない。いくら豪華で高級なクルマであっても、それはベーシックなモデルからさまざまなものを付け足した結果にすぎない。素性の悪いクルマにさまざまな補強やデバイスを追加しても、良いクルマにはならない。
薄まる個性
メガーヌ1.4 TCeは「現代的なルノー車の良さをすべて凝縮している」と表現したくなるようなクルマだった。
これまで「ヴィブル・ミノリテ」を10年以上続けてきて、多くのルノー車に接する機会を得た。その中で僕が特に印象に残っているクルマが2台ある。1台目はルーテシア2 16V。もう1台がラグナ2のワゴンである。ルノー車と言えば、日本ではRS(ルノースポール)に焦点が当たりがちだが、この2台はその対極にあるような非常にベーシックなモデルだ。デザイン的に目を見張るものはないし、街中で出合っても振り向かれることはないだろう。一言で言ってしまえば「地味」。地味中の地味である。そういう僕も最初はそうだった。まったく期待はしていなかった。しかし、乗ってみるとどうだろう。その外観とのギャップに驚くしかなかった。足回り、動力性能、操舵性、シートのかけ心地など、そのすべてがバランスよくまとまり、なおかつ2台ともこの世代特有の「味」があった。サイズもボディタイプも違うのに、統一された“ルノー感”があった。こういう味って、どうやって出しているのだろうか? 不思議に思ったりもするのだが、ルノー社内に足回り評価の専門チームがあり、試作車ができると、そのメンバーが全員、設定されたルートを試乗するという噂を聞いたことがある。そのルートはパリの街中から郊外、高速道路など、さまざまな環境を網羅したルートで、かなりの長距離らしい。その試乗結果から全員会議でクルマを評価し、開発チームへフィードバックする。そしてフィードバックした課題が解決されないと製品化されないというのだ。あくまでも噂だが、ルノー全車(クリオV6やスポールスピデールは除かれるかもしれないが)に共通した「味」は彼らの感覚で守られていると説明されれば、納得せずにはいられない。かのパトリック・ルケマンがルノーのデザイン本部長を任されている時代のルノーは、特にその味が濃かったように思う。
時は過ぎ、ルノー車の多くが3世代目、4世代目に移行していくとともに、1世代目、2世代目にあった独自の味は少しずつ薄くなっていった。それは件の足回り評価専門チームが世代交代し、その評価軸もおそらく世間の流れに合ったものに変化していっているからだと推測する。僕はそれを少し残念だと思ったが、グローバル化が加速する時代の流れから考えると、そのような変化は当然のことであり、ルノーだけの話でもなかった(プジョー車の足回りを表す言葉に「猫足」という表現があるが、そう呼んでいいのは末尾6シリーズ辺りまでだろうと個人的には思う)。「コモディティ」なんて言葉がよく聞かれるようになったのも、この頃ではないだろうか。個性は薄まり、何か大きな力に導かれ、世界中のカーメーカーがひとつの到達点をめざそうとしている。そんな気さえした。
メガーヌ3の中でも「中」程度のグレード
メガーヌ3は2008年からハッチバック(5ドア)、クーペ、エステート、カブリオレの順にリリースされた。日本にはクーペをベースにしたRS、ハッチバックのプレミアムラインとGTライン(後にプレミアムラインは廃止)、エステートのGT、GTラインが輸入されていた。これらは日本市場を意識し、メガーヌの中でもハイクラスのグレードを選び、日本仕様にしていると思われる。
今回、紹介するのはメガーヌ3の並行車で、5ドアハッチバック・左ハンドル・6MT・1.4Lターボという仕様。グレードは不明ではあるものの、エアコン、ナビゲーションなどの装備はありつつ、先進安全技術系のものは省かれている。国産車の観点で見れば、低グレードモデルなのだろうが、きっとこのブログを読んでくれる方々は、余計なものが付いていないから、むしろこれくらいの装備がちょうどいいと思う人も多いだろう。
こういうクルマはきっと飽きが来ない
当該車を目の前にして「コンパクトだなぁ」と思った。ルーテシア2 16Vやラグナ2 ワゴンのときと同様に「地味だなぁ」とも思った。それもそのはず、僕らが普段目にしているのは、アグレッシブなエアロで武装したRSであり、それに比べればずいぶん小さく、ローインパクトに感じる(実際の寸法はそれほど大きく変わらないのだが)。
ドアを開けて乗り込み「あっ」と思ったのがシートの感触だった。僕はそこに2世代目のルノー感を覚えたのだ。シートはファブリックで特に凝った意匠はなく、普通のシートだ。前回乗ったルーテシア3 16Vでも異素材を組み合わせているのだから、もしかしたらこのシートはあまりコストのかかっていないものかもしれない。しかし、これがすごくいいのだ。表皮に本革や合成皮革を使っていない分、表皮自体が軟らかく、しっかりと沈み込み、座った後は2世代目のルノー車のようにしっとりとした感触を伝えてくる。
エンジンをかけて公道に出ると、驚きのあまり少し声を出してしまった。これがメガーヌ? RSとワゴンしか乗ったことのない僕にとって、この足回りは衝撃だった。RSやワゴンとはまったく別物で、同じ車種とは思えないほど。そして、ここでも2世代目の香りを確かに感じるのだった。
まずソフトである。ソフトでありながらもコシがある。感触は粘るというよりもサクッとあっさりしている。およそクルマの足回りを表現する言葉ではないが、そんな印象を持った。その上に上質感すら覚えるから驚くのだ。この地味が外観からは想像もつかないほど、上質でマナーがいい。
この経験に気分をよくした僕は、高速走行を試したくなった。さっそく料金所をパスすると、スピードを上げていく。このエンジン、2250rpmで最大トルクを発生させる実用型のセッティング。実際に6速に入れたまま、2000rpmからでもアクセルを踏むだけで加速していってくれる。走行車線で前が詰まった場合でも「さぁ、追い越すぞ!」と気合いを入れるまでもない。シフトダウンすら必要ない。アクセルを緩め、ウィンカーを出し、追い越し車線に出て、アクセルを踏み直すだけでOK。しかも、その気になれば、充分速い。気を付けないと、いつの間にかスピードメーターが御用になる数字まで上がっているので注意が必要だ。
足回りも、高速走行でさらに威力を発揮する。一言で言うと「フラット」。おそらくこれまで乗ったルノー車の中で最もフラットであり、フラット以外の表現方法が見当たらない。道路の継ぎ目を乗り越える感触も同様。乗り越える際の「コトッ」という感触が、とても気持ちいいのだ。何度も言うがこのクルマ、高級車ではまったくない。ただの大衆車でこのクオリティである。
その他にもハンドリング、静粛性、制動性など、およそクルマを評価する際に上がる要素のすべてが、バランスよくまとまっている。どれかが突出し、個性を演出しているわけではなく、どこも突出させないことで、このクルマらしさを表現している。こういうクルマはきっと飽きが来ないだろう。おそらくこの先10年乗っても耐えうるどころか、10年後にはいま以上に貴重な存在になっているかもしれない。
特異なモデルは当該車ではない
高速道路を降りて一般道へ戻る。するとあの低い回転数からでも簡単に加速する懐の深いエンジンを知ったからだろうか。シフトチェンジの回数が減った。発進からどんどんシフトアップし、4速に入れたままでもOKだ。手抜きにもほどがあるが、これでも大して問題はない。のんびり乗りたいときは、手抜き運転で。キビキビ走りたいときはそれなりに踏んで楽しむ。2000rpmから7000rpmくらいまでのターボらしい伸びのある加速は爽快だ。メガーヌはその両方を楽しめるクルマだと思った。
国道302号線をぼんやりと流しながら思った。素に近いメガーヌがこんなにすばらしいのに、なぜディーラーで売らないのだろうか。いろいろな理由が考えられるが、いちばんは「売りにくいから」だろう。RSは走りに振った個性を持っているから、爆発的に売れるわけではないものの、ある一定の数は見込める。だから日本市場でも成り立つ。当該車は乗ってみればそのすばらしさが伝わるが、それではダメなのだ。乗る前から乗ってみたいと思わせる何かがないと。
振り返ってみれば、ルーテシア2 16Vもそんな存在だった。ディーラーで売ってはいたものの、RSの陰に隠れ、販売数は振るわなかったと思う。たぶんルノーのファンであっても、16Vのすばらしさを知らない人は多いだろう。そう、どうしてもパッと目を引くものがあるクルマのほうに、人の視線は向いてしまうのだ。非常に残念だが、現実はそういうのものだ。
僕らはメガーヌといえば、ついついRSを基準に考えてしまう。しかし、当該車のような素性の良いベースがあるからこそ、RSというクルマが成り立っていることを再認識しなければならない(RSはクーペがベースだが)。走りに振ったRSがいきなり出てきたわけではない。地味で陽の当らないこのようなモデルから、シャシーを鍛え、足回りや操舵性を究めていった先にRSがあることを忘れてはならない。ルノーの、そしてメガーヌの本懐は、RSやGT180/220ではない。そっちはむしろ特異なモデルであり、当該車こそが本懐であり、ベーシックなのだ。本来、こういうクルマがたくさんいる中にRSのような特異なモデルがあるからこそ、その存在が際立つのではないか。この逆転現象に日本のルノー市場の奇妙さが表れている……。このクルマに乗って、僕はそんなことを思った。
気負わず、街乗りと遠出を楽しみたい人へ
メガーヌ3 1.4 TCe。このクルマはこれまで乗ったルノー車の中で印象に残るクルマとして、ルーテシア2 16V、ラグナ2 ワゴンに続き、3番目にランキングされた。とはいえ、まだ乗ったことのないメガーヌがあることも忘れてはいけない。メガーヌ3 フェーズ1にはもっとベーシックな1.6L NAもあるし、フェーズ2になると1.2 TCeもある。ディーゼルもある。おそらくそんなモデルに乗れる機会はないだろうが、乗ってみればきっと当該車に乗ったときと同じような印象を持つのではないだろうか。
とにかくすばらしい、すばらしいとほめちぎったのだが、このクルマに適する人、適さない人がいる。当然だが、スポーティーな走りを期待する方には、RSをお薦めする。RSのような強靭なシャシーやサスペンションが欲しい人には、当該車はまったくもって当てはまらない。デザイン的なかっこよさを求める人も同様。RSやGT180/220のようなかっこよさには及ばないからだ。派手なかっこうはいらないし、峠やサーキットをガンガン攻めるなんてことはしない。その代わりに家族を乗せて、街乗りや遠出を楽にしたい。長く、じっくりクルマと付き合っていきたい。このクルマをお薦めしたいのは、そんな人だ。特に家族を乗せて、遠くまで旅行やキャンプなんかに出掛けると「ああ、このクルマでよかったな」と心底思うはずだ。
TEXT & PHOTO/Morita Eiichi
全長×全幅×全高/4295mm×1808mm×1471mm
ホイールベース/2641mm
車両重量/1205kg
エンジン/直列4気筒DOHC 16バルブ
排気量/1397cc
最大出力/95.6kW(130PS)/5500rpm
最大トルク/190Nm(19.3kgm)/2250rpm