当時、雑誌で釘付けになった僕は、第一印象の「なんか気持ち悪い」からいつのまにか「ものすごく美しい」となり、いまでは「ものすごくエロい」という印象に変わっている。いや「エロ」ではない。「エロス」なのだ。これは僕の中の勝手な定義なのだが「エロ」は可視的な猥褻さだけを指すが「エロス」は人間の業であったり、抗いがたい本能であったり、そういった精神的な不可視の部分まで及ぶ。誤解を恐れないなら「分かりやすいのがエロ」、「分かりにくいのがエロス」と言ってしまってもいい。もちろん、どちらも最初の入力は可視的なものだが、それが人間の表層だけに留まるのではなく、本性という深い領域まで届くかどうか。その「貫通力」が「エロ」と「エロス」の分水嶺なのだ。
色、多すぎっ!
果たしてムダなのか?
いきなり何の話をしているんだ、と思われてしまいそうだが「ヴィヴルミノリテ」2回目をはじめるにあたって、さて次のクルマは何にしようかね、と店主のすずきさんと話をしていたとき、Y(イプシロン)の話題になり、勢い余ってこんな話に発展したのだった。
で、結局「黄色いY、まだありますよねぇ?」「あるよー」ということであっさりこのクルマに決定。というのも、じつは一時期、本気で購入を考えたクルマだったこともあり、個人的にものすごく乗りたかったクルマのひとつなのでありました。
ざっとおさらいしてみると、Yは1996年に本国デビュー。Y10の後継車としてフィアットプントのフロアパンを使い(ちなみにY10のベースは当時のパンダ)、プントよりも格上の“小さな高級車”と位置づけてつくられた。イタリアの発売前予約だけで12,000台、ワールドデビューを果たしたジュネーブショーで32,000台、次のトリノショーでは60,000台と着実にオーダーを重ね、その当時のランチアとしては久々の大ヒットモデルとなった。販売する上でYの目玉となったのが通常の基本色12色に加え、100色ものカラーオプションの中から好きな色を選べる「カレイドス」というオーダーシステム。全112色という膨大な色の中から選べるのはもちろんユーザーにとってはうれしいことだけど、正直「多すぎだろっ!」とツッコミを入れたくもなる。事実、このカレイドスを選んだ顧客は全体の3%ほどに過ぎなかったという。これは当時のデータなので、発売後伸びている可能性はもちろんあるのだが……。ともあれ、このシステムが緻密なマーケティングによるものなのか、はたまたランチア(フィアット)がただやりたかっただけなのかは分からないが「こういうのがイタリアっぽいんだよなぁ」と思ってしまう。
フミア氏が削りだした
Yという現代彫刻
Yの魅力は、そのデザインに尽きると言ってもいい。当時、このクルマを雑誌で見たときのインパクトは相当なものだった。ページをパラパラとめくり、この姿がドンと目の前に現れたとき「なんか気持ち悪いなぁ」と思ったのが正直な第一印象。一瞥した後、他のクルマのページに進み、記事を読んでいったのだけど、なぜか“あの姿”は脳裏に残ったまま。気が付くとYのページに戻り、その個性的なデザインにいつのまにか釘付けになっていたのを想い出す。
ボディデザインを担当したのは、ピニンファリーナ出身で当時、ランチアのデザインセンターである「チェントロ・スティレ」を率いていたエンリコ・フミア氏。氏がチェントロ・スティレに移籍した直後にYのスケッチを描き、それがほとんどそのままの形で生産化されたというから驚きだ。これを描いたフミア氏もすごいが、これにGOサインを出したランチア(フィアット)もすごい。ちなみにフミア氏自身もYのデザインは「ひとつの挑戦だった」と言っているほどだ。そして会社がGOサインを出したことについても「開発にあまり時間がなかったのが幸いしたね」とも。真実なのかジョークなのかは分からないけど、とにかくこのデザインはひとりの人間がエクステリア全部を担当したからこそ、実現できたカタチであろう。いまとなっては過去の手法かもしれないが、やはりデザインというのはこうあるべきだ、とあらためて思う。
あんがいしっかりしたボディ
サイズダウンの裏技も好印象
さて、実際にRENOさんからYを借り出し、約半日乗ってみた。そのときすずきさんからは「フランス車に乗っている人からすると、乗り味はどうかなぁ」というようなニュアンスの言葉をかけられたのだが、いやいや、思った以上にしっかりしている印象だった。
ベースがプントとは思えないほど、足回りはしっとりとしている。以前、プントに乗ったときはいかにも庶民の足車という印象だったが、これは明らかに高級車のそれだ。エンジンは1.2リッターなのでトルクは薄く、特に3,000rpmあたりで細るが、勢いよく踏めば軽快に回転を稼ぎ、気持ちよく加速していく。若干、エンジンノイズが騒々しく感じるが、それもまたあばたもえくぼ。Yの魅力をスポイルする材料にはならない。足回りの好印象を支えているのは、ランチア流のセンスの良さだけでなく、じつはタイヤにもあった。Yの標準サイズは185/60R14。このクルマはそれを165/70に交換していたのだ。70というハイトの高いサイズに変更することによって足のバタつきがうまく抑えられ、乗り心地の良さにも貢献していると思う。このサイズダウンはYオーナーの間ではもはや定番と言われるほどのチューンナップ(!?)のようだ。
ハンドリングも欧州車としては比較的アシストが強く効き、軽い。しかし、ランチアの美点のひとつであるステアリングフィールはしっかりと残されている。もちろん、Yの性格からしてオンザレールの快感をビシビシ伝えてくる類ではなく、終始アンダーステアに徹するハンドリング。このクルマに乗って峠を攻めようという人はいないだろうから、これはこれで高級車にふさわしい最適なセッティングだと思う。
撮影場所について、まずはインテリアをまじまじとレンズ越しに眺めてみる。エクステリアもそうだが、インテリアもじつに「エロス」が漂い、艶かしい。あらゆる場所で成熟した女性の体を想起させるような曲線が踊っている。旧トゥインゴのようなチープ&ポップな曲線とは一線を画すテイストだ。ダッシュパネルの横幅いっぱいに広げられた“棚”も機能性とデザイン性を見事に両立させている。インテリアからエクステリアにレンズが移ると「エロス」の高揚はいよいよ最高潮へ。顔の中心から放射状に弧を描き、流れていくライン。そのラインを折り返しにしてボディに写り込む景色は複雑に歪み、美しさを増幅させる。レンズ越しに各所を注視していると、いままで気づかなかった面があることに気づき、蚊に刺されたかゆみも忘れるほどウットリとしてしまうのだった。
身につける服や靴、アクセサリーなどによって、その人のふるまいや言動まで変わってくるのは、きっと皆さんにも経験があるだろうが、クルマももちろんその類に含まれる。ただ、Yに乗ることによる意識の変化は、大型で威圧感のある高級車に乗ってなんだか自分が偉くなったように勘違いし、横暴な運転をしてしまうものとは真逆をいく。スピードは自然と控えめになり、より優雅に、よりスマートに乗りたくなるのだ。そして無意味に偉くなった気持ちになるのではなく、オトコとしての色気が増したようにさえ思ってしまう。同じ勘違いであることは認めるが、それがYの持つエロスの力なのだ、と僕はたとえ人に理解されなくてもそう信じている。
PHOTO & TEXT / Morita Eiichi
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全長×全幅×全高/3723mm×1690mm×1435mm
ホイールベース/2380mm
車両重量/900kg
最大出力/63kW(86PS)/6000rpm
最大トルク/113Nm(11.5kgm)/4500rpm