クルマというのは無機質な機械だが、乗る人によって同じクルマであっても違うクルマのように感じることが多々ある。その違いはどこから来るのか。さまざまな要因が複雑に入り混じって、その結果をもたらすものだから、千差万別の中古車が生まれるのである。より良い程度の中古車をつくりだすためには、クルマに負荷をかけないようにエンジンを回さず、ゆっくり丁寧に乗るのがいいのか。ボディをきれいに保つため、頻繁に洗車するのがいいのか。実際はどうなのだろうか?
このところトゥインゴ3の登場回数が多いが、今回もトゥインゴ3である。ただし、同じ仕様のクルマは登場させないという内内の決まりに従って、トゥインゴ3であってもこれまで登場したものとは毎回違うものを選んでいる。
今回のクルマの、これまでとは違うポイントは「EDC(Efficient Dual Clutch)」仕様であること。直訳すると「効率的なデュアルクラッチ」を搭載したクルマということになる。EDCはルノーならではの言い方で、構造的には一般的なデュアルクラッチと大差はない。
デュアルクラッチは2003年、4代目のゴルフにDSGという名称で搭載され、市販化されたのが最初。このコーナーを読んでいただいている諸兄には蛇足とは思いながら、簡単にその仕組みを振り返ってみようと思う。
EDCはATと根本的に構造が異なっており、MTを自動的に変速する機構と捉えてほしい。EDCは以前、トゥインゴなどに搭載されていたクイックシフト5(QS5)の発展版だ。QS5はシングルクラッチなので、シフトアップするとき自動的にクラッチを切ってから変速し、再びつなぐ。そのためシフトチェンジにはワンテンポ遅れがあった。もちろん、それはMTも同じこと。人が行う操作を機械が代行してくれている感があり、QS5はある種の趣があったのだが、この遅れを良しのしない向きもあるわけで。それを解消したのがEDCなのである。
1、3、5速に1枚、2、4、6、Rに1枚の合計2枚のクラッチを持ち、この2つのクラッチを交互に切り替えることで瞬時にシフトアップ/ダウンが可能になる。MTのようなダイレクトな走りができ、トルクコンバーターではなく、クラッチを使って動力を伝達しているので、伝達ロスが少なく、MTよりも燃費が良い(とはいっても、いまのATも相当ロスは少ないのだが)。常時ギアが噛み合っているので変速中もトルクが途切れず、加速時のシフトアップ効率もいい。かなり優秀な機構なのだが、変速ショックにうるさい日本人には受け入れられないのか、日本では普及していない。
とはいえ、シフトノブやクラッチを操作しないで乗れるという観点ではATと同じなので、市場では右ハンドル・EDCがたぶん圧倒的に人気だろう。このコーナーではその真反対を行く、左ハンドル・MTのクルマが多いのだが、そうはいっても食わず嫌いは良くない。たまにはこういうクルマにも乗ってみるべきだと思う。というわけで、さっそく現車をチェックする。
2016年式のトゥインゴ フェーズ1である。グレードはインテンス、走行距離は82,000km。82,000kmと聞いて驚いた。当該車は本当にそんな距離を乗ってきたのかと思えるほどきれいなのだ。外装だけでなく、内装も。細かな部分にはもちろんキズや汚れはあるものの、ほとんど新車である。「さすがに82,000kmのクルマを前にして新車は言い過ぎでしょう」と多くの人は言うと思うが、そういう声があったとしても、やはり新車並みと主張したい。前のオーナーはどうやってこのコンディションを維持しつづけてきたのか、本当に、心から聞いてみたいと思うほどである。
その新車並みという感想は乗ってみても変わらない。シートもパンッと張っていてへたりなどは一切感じないし、もっとも驚いたのはその乗り心地である。さすがに80,000kmも超えれば、ゴムのブッシュやスプリング、ダンパーなどが揉みに揉まれて馴染んでくる時期である。それがいい感じにショックを和らげ、中古車ならではの味になるのだが、そういうのも一切ない。「え、ブッシュ類をすべて新品に替えましたか?」と言いたくなるほど、その乗り心地はまさしく新車なのである。これは前のオーナーに起因するものなのか、それともトゥインゴ3というクルマに起因するものなのか。もしクルマに起因するものであれば、ルノーはどえらいクルマをつくってしまったことになる。僕は以前、同じトゥインゴ3の記事で「距離を重ねたトゥインゴ3にもう一度乗ってみたいと願う」と書いた。それは10万kmくらい乗ったトゥインゴはどんな感じになっているのだろう。足回りとかもいい感じにへたって、また違った印象を与えてくれるんだろうなぁ……という期待を込めての発言だったのだが、多くのトゥインゴ3がこんな風だったら、その願いはかなえられない。一体、これはどういうことなのだろうか。謎は深まるばかりだが、これ以上、現車を目の当たりにしていない諸兄に対し、この驚きを述べれば述べるほど「そんなんわかんねーよ」と諸兄との間の溝も深まるばかりなので、この辺りでやめておく。
まぁ、そんな新車並みの82,000km走った中古車とともに街中に出たのだが、EDC仕様でひとつ大きな利点に気が付いた。それは、右ハンドルであっても左足の置き場が確保されていることだ。MTではセンターコンソールが邪魔をして左足の置き場にかなり困った経験がある。これは人によると思うが、クルマを運転する際のフットレストあるなしは僕にとってかなり重要な要素で、それがないだけでかなりの減点を付けてしまう。しかし、EDCは2ペダルなので、左足を置くスペースがしっかり確保されており、当該車はフットレストが後付けで装着されていたこともあって、非常に快適だった。
加減速も若干、1速から2速にシフトアップするとき、もしくは徐行レベルの極低速で進むときに多少ギクシャクするくらいで、全体的には非常に快適楽チンである。6段化されているのでギアのステップ比の差が縮まり、スムーズに加減速できるし、MTほどではないにしろ、アクセルペダルを緩めればエンジンブレーキも利く。運転者の意図とクルマの制御がだいぶシンクロしてきているように感じた。MTかEDCかと問われたら、やはりMTを選ぶがEDCは絶対にイヤかと言われたらそうでもないと答える。EDCであっても、これくらい意思疎通ができれば不満なく乗れるからだ。
ちょっと気分が良くなったので、少しだけ名古屋高速に上がる。すると街中の速度域では感じられない変化があった。それはタウンスピードで新車並みの硬さを誇っていた足回りが、速度を上げていくと急にソフトに、しなやかに感じられるようになったのだ。これは以前乗ったトゥインゴ3 GT(走行距離30,000km)の印象に似ている。道路の継ぎ目を乗り越えるとき、街中で感じていた硬さだとガツンと来るんだろうなと身構えていたのに、実際はそんなことはなく、しなやかにいなしてくれる。ハイウェイスピードでこそ、80,000km走ったクルマのイメージそのものだった。最初は「あれ?」と思ったが、しだいに「そうだよな、こういう感じだよな」と納得するようになった。
リアにエンジンがあると高速域ではフロントの接地感が薄くなるが、これもそんなことはなく、路面からのインフォメーションも豊かで不安感はない。900ccのターボエンジンは90psだが、ほぼ1tのクルマをグイグイと押し進める。高速に乗ってしまえば3気筒エンジンの音や振動はほとんど気にならない。これは高速道路で走ったほうが快適かもしれない。わずか10分の高速走行だったが、新たな発見ができてよかった。
新たな願い
今回、EDCのトゥインゴ3に乗ってさらにその奥深さを知った。そして振り返ってみるとトゥインゴ3もだいぶ乗ったなぁと感慨深い。エンジンの種類でいうとSCe70(MT・LHD)、TCe110(MT・RHD/LHD)、TCe90(MT・LHD)で、あと乗っていないのは、SCe65とEV。ボディタイプでいえば、キャンバストップは未経験だ。走行距離も新車から30,000kmあたりのもの、今回の80,000kmあたりのものだが、やはり気になるのは先述した謎である。他の80,000kmくらい乗ったトゥインゴ3も、今回のクルマのように大して劣化していないものなのか。これは確かめる必要がある。
TEXT & PHOTO/Morita Eiichi
2016y RENAULT Twingo INTENS 0.9 TCe 90 EDC
全長×全幅×全高/3620mm×1650mm×1550mm
ホイールベース/2490mm
車両重量/1010kg
エンジン/直列3気筒DOHC 12バルブ ターボ
排気量/897cc
最大出力/66.2kW(90PS)/5500rpm
最大トルク/135Nm(13.7kgm)/2500rpm