「高級車とは何か?」という話は、よくクルマ好きの間で話題になる。なぜいまだにそんな話が続いているのかは、その質問に含まれる言葉が関係していると思う。「高額車とは何か?」なら、一発で答えが出る。しかし高「級」車である。この「級」がクルマ好きの認識を迷わせ、多様化させるのだ。
ルノーのミドルクラス(Dセグメント)を担うクルマがラグナだ。ルノーは基本的な立ち位置として、大衆車メーカーだと思っている。なので、どうしてもベーシックなコンパクトカーに目が行きがちだ。そう考えるとラグナはディーラーで販売されていたにも関わらず、いちばん思い出さないクルマかもしれない。
かつての僕もそうだった。「ラグナ」と聞いてすぐにどんなデザインなのかイメージできなかった。対面しても「あ、ああ……」という感じ。特にデザインに個性があるわけではなく、フツーのクルマだったからだ。しかし、ラグナ2のワゴンに乗ってから、見方が一変した。
あのときはラグナをお借りしてFTP(フレンチ・トースト・ピクニック)に行った。愛知県から福井までの移動。片道約200kmの道のりで「こんないいクルマだったのか!」と痛感したのだ。当たり前のことだが、クルマは本当に乗ってみないと分からない。どんな魅力が隠されているのかは、実際にステアリングを握ってみないと発見できないことに、あらためて気づかされたのだった。
ラグナといえば、これまで先述のラグナ2ワゴンとラグナ3の(セダンに見えるが)5ドアハッチバックに乗っているが、今回はラグナ3のエステートである。
ラグナは先ほどミドルクラスを担うクルマだと紹介したが、ヴェルサティスが2009年に生産中止になったことを考えると、当時の実質的なフラッグシップはラグナではないかと思う。いやいや、当時はラティテュードがあったでしょ? という意見も分かる。しかし、ラティテュードの正体はそもそもラグナをベースにしたルノーサムスンSM5(4ドアセダン)。前後の意匠などをルノー用に仕立てたモデルで、生産もSM5とともにルノーサムスンのプサン工場で行われている。その出自を考えると、個人的にはやっぱりラグナがトップグレードだと思いたい(ちなみにその後、ルノーサムスンSM7をベースとしたタリスマンの登場により、ラグナとラティテュードは廃止されることになるが、このタリスマンの出自もまた微妙である)。
さて、簡単にラグナのおさらいをしよう。21の後継としてラグナがデビューしたのは1993年。デザイン部門がパトリック・ルケモンに代替わりして最初の市販車である。ボディタイプは5ドアハッチバックとワゴンがあり、ワゴンは「ネバダ」という独自の名称が与えられていた。2001年にフルモデルチェンジしたが、日本では販売不振でフェーズ2は輸入されず、2006年に販売終了。その後、2007年にフルモデルチェンジしたものの正規輸入は復活せず、並行輸入車としてのみ日本に入ってきている。
ということで、当該車も並行輸入車である。エンジンはラグナ2まで2.0Lと3.0Lのガソリンエンジンが主力だったが、ラグナ3からV6 3.0Lが廃止され、直4 2.0Lターボがトップエンジンとなった。グレードも最高級の「イニシャル」なので、もうこれ以上ない仕様である。これ以上ない仕様なのだが、見た目の豪華さは皆無だ。特に内装はレザーシートにウッドパネルといった高級車の定石を踏んでいるものの、某国のブランドのような「どうだ! 高級だろ」というアピールはない。こういうクルマに触れると「いったい高級車とは何だろうか?」と考えさせられるのだ。車両の価格が高ければ高級車なのか。サイズが、排気量が大きければ高級車なのか。豪華な装備が付いていれば高級車なのか。すべて正解ではあると思う。しかし、それらは高級車を形成する一部の要素でしかない。
シートに座ってみると、ラグナ3に乗ったときの感触を思い出した。ルノーのレザーシートはファブリックのそれと座り心地がまるで違う。沈み込みのストロークがなく、堅い印象。しかし、しばらく座っていると絶妙に馴染んでくるから不思議だ。
前回のクリオ同様、こういったGT系のクルマは高速道路で試してみたいと思い、さっそく上に上がった。ラグナ2でもそうだったが、ワゴンボディとなり4.8mを超えた全長になっても、その長さを意識せずに乗れる。振り向くと「そうだった、ワゴンだった」と自覚するくらいである。
ラグナ3の5ドアハッチバックは4コントロールが付いていたが、当該車と基本的に同じ仕様だ。しかし、今回は乗り心地の面でだいぶ印象が違った。とにかくフラットな乗り心地に驚いたのだ。これはちょっと言い過ぎかもしれないが、かつてのハイドロ系シトロエンのテイストに似ている。XMとまではいかないが、エグザンティアのようにほとんど姿勢の変化を感じない。滑るように走っていくから、いい意味で“走っている感”がない。ラグナ3の5ドアハッチバックは「パックGT」というちょっと走りに振った仕様になっていたため、ワインディングに入ると「ちょっと踏んじゃおうかなぁ」という気持ちになったが、このクルマはまったくそういう気分にならない。速度感も薄く、80km/hの巡航走行は、止まっているんじゃないかと思うくらいだ。このクルマ、いったい何キロ乗れば疲れたと思わせるのだろうか。そんなしょうもないことを考えたくなる。
荷物もたくさん載るから、キャンプや旅行もいい。これまでちょっと遠いなぁと思っていたところでも、コスト的なことはともかく、楽に移動できるから行ってみようという気にさせる。ラグナはそんなクルマだ。
高速道路を走行中、僕は先ほど述べた「高級車とは何か?」について逡巡していた。定義は明確なほうがいい。明確さを求めるのであれば、数字に頼るのがいいのは明白。だから「価格の高いものが高級車である」という定義は納得がいく。ただ、数字は絶対的なものと思われがちだが、実は相対的なものでもあるからやっかいだ。たとえば、ランチア・イプシロンは高級車ではないのか。初代は250万円くらいだったか。価格的な視点で見ると1000万円クラスの高級車がゴロゴロいるなか、250万円なんて安いものだ、ということになる。そうなると「(コンパクトカーの中では)高級車」と言わざるを得なくなる。なんだ結局、数字なんて当てにならないじゃないか。
そうなると数字を切り捨て、イメージの話に振りたくなる。たとえば「ロールスロイスは高級車である」という意見に異論がある人はいないだろう。100年以上の歴史を持ち、いまもなお多くの富裕層に愛されているメーカーである。しかし、その歴史の中では倒産もしているし、何より現在、ロールスロイスのブランドで乗用車を製造・販売しているのはBMWである。そんな正統ではないブランドが生み出すクルマを、世間の多くの人は高級車だとイメージしている(それを否定しているわけではない)。
価格もイメージも信用できないとすれば、あとは何に頼ればいいのだろうか。もう残るは自分自身だけに通用する高級車の価値基準をつくるしかない(いや、別につくらなくてもいいのだが)。そこで「自分にとっての高級車とは何か?」を考えてみた。僕なりの答えは「普段以上に丁寧で、思いやりのある運転を自然にさせてくれるクルマ」だ。このラグナは、それに当てはまるから僕にとっては高級車である。
TEXT & PHOTO/Morita Eiichi
2010y Renault Laguna Estate 2.0T Initial
全長×全幅×全高/4805mm×1810mm×1445mm
ホイールベース/2755mm
車両重量/1563kg
エンジン/直列4気筒DOHC 16バルブ ターボ
排気量/1998cc
最大出力/150kW(205PS)/5000rpm
最大トルク/300N・m(31.0kgm)/3000rpm