「地味だけどいい」。人生の中でそういう言葉をよく聞く。これはどことなく「売れるものがいいモノなのか、いいモノをつくれば売れるのか」論争につながっているなぁと思いながらも、個人的には「地味だけどいい」ではなく「地味だからいい」と解釈したい。要するに「地味だけどいい」タイプのプロダクトは、そのものの本質をとらえていることが多いと思う。自分の存在をアピールすることに労力やコストを使うのではなく、本質を磨くことに力を注いでいるだろうから。なので「地味だから(きっと)いい(モノなんだろう)」という期待を込めた想像である。だが「売れなくては意味がない」ということも、重々承知なわけで……。
あれ、セニック? 前もやんなかったっけ? と思われた方は、きっと熱心なヴィブルミノリテの読者であり、ミニバンには大して興味のない方だろう。確かにやった。でも、あれは短いセニック。今回はグラン・セニックである。
ルノー・セニックは、もともとメガーヌのバリエーションのひとつとして1996年に誕生した。他でも書いたような気がするが、私が初めて乗ったルノー車でもある。見た目が地味で何の変哲もない初代セニック。当時はミニバンになんてこれっぽっちも興味がない頃で、第一印象はマイナスから出発にしたにも関わらず、一度走り出したらその乗り心地のすばらしさに「な、なんだこのクルマは……!?」と本気でうろたえた。とにかく足回りの出来が半端ない。しなやかでまろやか。シートの良さも相まって当時の私は「高級車のそれだ」とすら思った。こんな目立たない、当時は名前すら知らなかったセニックは「え、そんな驚くこと? こんなの普通ですけど、何か?」と素面で言われたような気がした。衝撃の1台だった。
まぁ、それはいいとして。1996年、メガーヌの派生モデルとして誕生したのだが、このセニックの誕生によって、先にデビューしていたエスパスが兄、そしてセニックが弟といったルノーの中でのミニバン兄弟図ができあがった。
2003年になると、メガーヌのフルモデルチェンジから少し経ってセニックも代替わり。5人乗りのセニックに加え、全長もホイールベースも長い3列目に折り畳みシートを持つ7人乗りのグラン・セニックの2種類が用意された。本国では1.4L、1.6L、2.0Lのガソリンと1.5L、1.9Lのディーゼルがあるが、日本には2.0Lのガソリンエンジンに4ATを組み合わせた右ハンドル仕様のみが導入された。今回紹介するのは、このセニック2のフェーズ1(グラスルーフ仕様)である。
ついでなので、もうちょっと先まで紹介すると、2006年の後半にフェーズ2へ移行し、2009年にセニック3へフルモデルチェンジ。このときは7人乗りのグラン・セニックのほうが売れ行きが良かったからか、先にグラン・セニックが登場した。このクラスのミニバンとしては非常に完成度が高く、欧州でも人気があったのだが、日本には導入されなかった。2013年、兄貴分であるエスパスが、ミニバンとSUVの中間のようなスタイルでデビューしてかなりビックリさせられたのだが、2016年、セニックも同じ路線を進んでセニック4として生まれ変わった。ただ、3同様、依然として日本への導入予定はない。
実車を目の前にしてみると、パッと見た感じ、セニック2とあまり変わらないように思える。全長はセニック2に比べて20cmほど違うが、クルマ全体を見た場合、その20cmの違いがどう映るのか。私自身としてはそれほど大きな差は感じなかった。
実際に乗ってみると、足回りとシートの良さからくる乗り心地は、セニック1からさらに進化し、より懐が深くなったような気がする。うん。まさしく正常進化という言葉がぴったりだ。
大きさ、長さはあまり感じないが、ルノー車は全般的にそんな感じだ。ルノーのラインナップの中で大きい部類に入るエスパスやアヴァンタイムに乗ったときも、それほど大きさは感じなかった(さすがにトラフィクは大きかったが……)。とはいえ、大きさを感じるか感じないかなんて、相対的なものだし、個人的な感覚によるところも大きいので、あまりあてにはならない。しかし、走り出してみてセニック2との違いをはっきり感じたところがひとつある。重さだ。
セニック2に比べてグラン・セニック2は100kg近く重い。さらに当該車はグラスルーフ仕様なので、そこからさらに60kg重い1620kg。セニックがメガーヌの延長線上にある運転感覚だったのに対し、グラン・セニックは明らかに3ドア、5ドアではないちゃんとしたミニバンの風情だ。しかし、しかしである。単に「重量が重い=デメリット」とならないのがこの手のクルマの不思議なところである。以前、セニック2のときに私はこう書いている。
しばらく走っていると、これがミニバンだ、なんて感覚はなくなると思う。ただ、グラン・セニックではこうはいかないかもしれない。乗ったことがないので何とも言えないが、メガーヌ2で1310kg、セニック2で1470kg、グラン・セニック2で1560kgという車重にポイントがあるように思う。このシャシーが運転する楽しさを提供してくれるのはセニック2がマックスの車重ではないか。セニック2よりも約100kgも重いグラン・セニックだとどうか。もしかしたら、重厚感が「重苦しい」というイメージに変わってしまうかもしれない。
この感じだと、グラン・セニック2はセニック2より100kgくらい重いから運転の楽しさは望めないのではないか。さすがに重苦しいと感じてしまうのではないか、という推測だ。まぁ、これは誰でもそう思うだろう。確かにミニバンというクルマを前提としていうと、グラン・セニック2はセニック2よりも軽快な印象はない。いや、そもそもセニック2も軽快な性格ではないのだが、グラン・セニックには軽快なんて言葉はまったく似合わない。しかし、その+100kg(当該車の場合+150kg)がネガティブに働いているかというと私はそうは思わなかった。
2.0LのF4は、ルノー車の中でも多くの車種に採用されているエンジンで、とりわけハイパワーでもない。でも、アクセルを踏んだら踏んだ分だけしっかりと加速するので、運転者の意思と加速感のアンマッチはない。ブレーキもしかりだ。それどころかいったん加速して速度を乗せてしまえば、直進安定性のすばらしさに「おっ!」と目を見張ることになる。ビシッと真っすぐ走り、地面に貼りつくようなその様は、もしかしたらセニック2以上かもしれない。7人フル乗車になるとさすがに違う印象になるだろうが、1人で乗っている分にはその重さがネガティブに働いていないと思ったし、状況によればグラン・セニックのほうに分があるとさえ感じたのだ。
ただ、あくまでも状況によれば、というエクスキューズ付き。ワインディングなどではセニック2よりもホイールベースも延長されているし、屋根に重いガラスを載せているので、楽しいとは言えないかもしれない。まぁ、このクルマでワインディングを楽しもうという人は希かとは思うが……。
室内に目を向けると、セニック2と変わらずあらゆるところに収納スペースがあり、アウトドアを楽しむ家族だったり、子だくさんの家族にはありがたい限り。シートもおそらくメガーヌ2と同じものを使っている。なので、座り心地もまったく問題なし。
3列目は荷室のフロアから、カーペットをめくって床から引き起こす。ベンチシートではなく、独立した2座で思いのほかちゃんとしている。私が座ってギリギリなので、175cm以上の人はさすがに窮屈かもしれないが、中学生くらいまでの子どもなら充分。むしろ3列目のパーソナルな空間が「自分だけの席」といった感じで子どもにウケそうだ。シートのクッションは薄めなので、常用というより人を載せるときだけ使う感じだ。ミニバンユーザーは3列7人乗りというのがひとつの目安らしいので、そういう向きにはオススメである。3列目のない状態の荷室はとにかく広く、2列目も外してしまえば、友人の引越しも手伝えそうな勢いである。
しかし、ユーザーからは3列目のエクストラシートに対してそれほど評価されていなかったという声もある。日本においては使わないときにしまっておけるシートより、使わないけどそこに鎮座しているシートのほうが喜ばれるということなのか。それに当時のミニバンは座席数対車両価格比、広さ対価格比で考えると、ステップワゴンやノア/ヴォクシーの成績が良いわけで、そこを重視するユーザーにとって3列目がエクストラシートであることと、決して安価ではない販売価格もあって、実際グラン・セニックはそんなに売れなかった。まぁ、価値観の違いと言ってしまえばそれまでなのだが、ドライブで長距離乗ったときの快適性やスタビリティの高さ、片づけられる3列目のシートに着眼すれば、非常に合理的であり、充分に価値があると私は思う。しかし、現実はこの苦戦により、ルノーのミニバンはグラン・セニックをもって正規輸入が途絶えてしまっている。売れていれば、エスパスも日本に導入されていたかもしれない、のだが。
私は、ルノーには2種類あると思っている。勝手に分類しているのだが「派手組」と「地味組」である。勘のいい読者はすぐに「ああ、そういう選別ね」と分かってくれると思う。
派手組は、その字の通り分かりやすいアピールポイントのあるクルマだ。それはデザインだったり、動力性能だったりする。ルノースポール全般、カングー、アヴァンタイム……。そういうクルマはヒキがあるから乗ってもらえる。乗ってもらえさえすればしめたもの。ルノーの魅力を実感してもらえるから。
でも地味組のラグナ、モデュス、そしてセニック、グラン・セニックあたりは、どうしても外に向けてのアピールが弱い。だからあまり候補に挙げてもらえないのだ。ミニバン大国日本においては、すでに至れり尽くせりの国産ミニバンが幅を利かせている。もう「スライドドアじゃなきゃダメ」なんて、その1点で候補から外されてしまうくらいだから、日本のユーザーはオソロシイのである。さらに追い打ちをかけるように、地味組のクルマほど、永く、長く乗ってこそ、その本領を発揮するタイプが多いように感じる。かの地では休暇にどこかに出かけるとなると、平気で1日1,000kmを超えるようなドライブをする。日本なんてせいぜい300kmで「ああ、疲れた」とか言ってるわけだから、レベルがぜんぜん違うのだ。裏を返せば、1日1,000km以上ドライブしてもなお快適で疲れない、そういうクルマづくりをしているから、300kmなんて屁でもないのはすぐに分かる。ただ、そういう部分は日本人にはどうしても伝えにくいし、分かってもらいにくい。
3列7人乗りスライドドア、安全・快適・経済的だから「このクルマに決めた!」と勢い勇んで国産ミニバンを買ったのはいいけど、100kmも運転しないうちに「何か肩凝るし、尻が痛い……」なんてお父さん。ぜひ次はグラン・セニックを候補に入れてみてほしい。
PHOTO & TEXT/Morita Eiichi
2006y RENAULT Grand Scenic 2.0i 16V
全長×全幅×全高/4495mm×1810mm×1635mm
ホイールベース/2735mm
車両重量/1560kg(グラスルーフは1620kg)
エンジン/直列4気筒DOHC 16バルブ
排気量/1998cc
最大出力/98kW(133PS)/5500rpm
最大トルク/191Nm(19.5kgm)/3750rpm