多くの人は「極まったもの」にあこがれる。速さを追求したレーシングカーはムダなものをそぎ落とした機能美にあふれているし、贅を尽くした高級車はそのリッチな雰囲気が魅力だ。しかし、極まったものにあこがれながらも、多くはその極みを手に入れることはできない。もちろん高価だし、それ以上に「そのあこがれを手に入れても、充分に楽しめない」のではないだろうか。どれだけの人が、毎週サーキットに行ってタイムを削れるだろうか。どれだけの人が、毎週社交界のパーティーに出席できるのだろうか。そう、極まったものを手に入れても、常人はもてあますのである。あこがれは、手に入れた瞬間にあこがれではなくなる。その多くが悪い意味で。
月面探査機!?
ルノー車において、もはや「セニック」というクルマの存在感はかなり薄れていると感じるが、その中でも「RX-4」と聞いてすぐに「ああ、アレね」と思い出せる人はどれくらいいるだろうか。ヴィブルミノリテの読者なら、かなりの確率でイメージできると思うのだがこのクルマ、いま見直してもけっこう個性的なスタイルをしている。ミニバンなのにリフトアップしてあるし、外装は樹脂パネルで強化したみたいに厳つい。当時は“月面探査機”なんてたとえられていたが、たしかに天井にパラボラアンテナを付ければ、それっぽい感じになりそうだ。
レアなクルマだから、たとえ知っていたとしても乗ったことはないという人が大多数だろう。いまさらこんなクルマを紹介しても、いまさらコレに乗ろうと思う人は(きっと)いない。まさにヴィブルミノリテの題材に最適なモデルである。
セニックはまだ現行モデル。
初代のセニックは1996年にメガーヌのバリエーションのひとつとして誕生。そのせいかフェーズ1は「メガーヌ・セニック」という名前が付けられていた。1999年にフェーズ2へ変わり、メガーヌの名前が取れて単に「セニック」になった(以前、紹介したのはセニック1 フェーズ2のRXE)。
日本に導入されたのは1998年。2.0リッターの4AT右ハンドルの仕様で入ってきて、2000年にフェーズ2へ移行。2003年にセニック2になったが、日本にはこれまでのセニック(5人乗り)は導入されず、7人乗りのグラン・セニックのみが入ってきた。このあたりまでは知っている人も多いだろうが、2009年にセニック3になり、本国ではいまだに現行モデルとして販売されていることまで知っている人はあんがい少ないかもしれない。
RX-4は日産200台?
セニックと聞くと、いまいちパッとしなかった印象を持つかもしれないが、それは日本での話。ヨーロッパではけっこう売れたクルマだ。当時(2000年前後)、セニックを含めたメガーヌシリーズは月間12万台をコンスタントに生産し、セニックはそのうちの1/3を占めていたという。この大ヒットによってVWトゥーラン、オペル・ザフィーラ、シトロエン・クサラ・ピカソなどのミニバンが次々に出てきたと言われるくらいだ。ミニバンのパイオニアとして、セニックが登場したインパクトは強かったのである。
そして2000年にセニックファミリーへ加わった「RX-4」もなかなかのインパクトだった。なんせヨーロッパの主要メーカーがつくる初めてのコンパクトSUV。過去にこんな形のクルマはなかったのだから。デビュー当時、その生産は1日200台足らずだったとか。
FWDのセニックが1日1800台だったことを考えると、かなり少ないことが分かる。なぜそんなに少なかったのか? これは推測の域を出ないが、当時のヨーロッパ市場はSUVの人気が高まりかけているころだった。1995年を境にその人気は上昇しつつあったのだが、このブームはまだ始まったばかり。このまま右肩上がりで行くのか確証がなかったからではないか。この生産台数は「ひとまず様子見」という意味合いが強かったのだろうと思う。
本格的な4駆じゃないよ。
RX-4最大の特長はオーストリアのシュタイア・プフとの共同で開発されたフルタイム4WDシステムである。構造はビスカス・カップリングをセンターデフとして使用するもので、前後輪の回転差を検知すると、最大50:50の割合でリアにトルクが伝達される。この仕組みはブレーキを利用してリミテッドスリップ効果を得るもの。つまりABSのセンサーによって空転しているタイヤにブレーキをかけ、よりグリップの高いタイヤにトルクを配分するというカラクリだ(フロント2輪のみ)。ビスカス・カップリングはリアにも装備され、こちらはビスカスLSDとして作用する。
以上のような仕組みから、RX-4は4WDシステムを持つSUVだが、本格的なクロスカントリーモデルではないことが分かる。
なぜギア比が高い?
実際に乗ってみて最初に感じるのは、ヒップポイントの高さ。かなり見晴らしが良く、快適なポジションだ。しかし、ステアリングは寝ているし、ペダルは上から踏みつけるタイプなので、乗った直後は少し戸惑うかもしれない。シフトストロークは長めだが、各ゲートへの納まりは節度感があって好感触だ。
特に何も考えず、クラッチをつなぐと一瞬ストールしそうになる。「ん?」と思ったが、気のせいではない。これは明らかにギア比が高いぞ。この手のクルマだから、FWDのセニックよりギア比を低く設定するのなら分かるが、なぜ高くなっているのか? ちょっと考えてみたが、高くする理由がまったく見当たらない。しばらく唸っていて思い当たったのがタイヤのサイズ。そうか。おそらくだがギアはRX-4専用ではなく、FWDセニックの流用。でもって、タイヤの外径が大きくなっているので、結果的にギア比が高くなったように感じる……ということではないか。ただ、これも慣れの範疇。しばらく運転するとまったく気にならなくなった。
オンリーRX-4。
ゼロ発進のときに少し気を遣うだけで、走り出してしまえばMTを駆使してけっこう軽快に走れる。FWDのセニックより170kgも重いのだが、この重さがむしろ安定感につながっているような気がする。ただでさえ重厚な乗り味がさらに厚みを増し、フラットになっていると言えば分かりやすいだろうか。もちろん重さは感じるが、それがネガ方向に作用していないのだ。
ポジションもハンドルの角度も、ペダルもシフトも、すべてに慣れてきたころ、ルノーの新しいドライビングフィールに出合えた感じがした。ああ、これはいま乗っても新鮮だ。FWDのセニックとは違う、RX-4でしか感じることのできない個性を体感した瞬間だった。
どっちつかずで何が悪い?
この手のクルマはなかなか主流にはなれない。SUVの中でもたとえば、ルノーでいえば「キャプチャー(4WDじゃないけど)」や「コレオス」のような“アーバンSUV”ではないし、ランドクルーザーやサファリのような本格的なクロスカントリーモデルでもない。単発モデルではなく、あくまでもセニックの“派生モデル”。そういう意味ではかつての「ゴルフ・カントリー」や「パンダ4×4」のような立ち位置になる。悪く言ってしまうと中途半端なのだ。
でも、中途半端でいいのだ。どっちの方向も極めなくていいのだ。「どっちつかず」という価値があってもいいのだ。いや、むしろ世間では「どっちつかず」の人のほうが多いのではないか。普段は生活の足として街中を走り、ごくまれに不整地や雪道を走る……。そんなライフスタイルの人にとって、RX-4は最高の妥協を提供してくれていると思う。妥協? 大いに結構。その妥協が最高のものであれば、所有することに恥ずかしさや抵抗はない。だって、クルマとしては非常に出来がいいのだから、あとはそれをどう使うか、だけの話。思い切り中途半端に遊べばいいではないか。
PHOTO & TEXT/Morita Eiichi
全長×全幅×全高/4350mm×1785mm×1740mm
ホイールベース/2625mm
車両重量/1470kg
エンジン/水冷直列4気筒DOHC
排気量/1998cc
最大出力/101kW(135PS)/5500rpm
最大トルク/188Nm(19.2kgm)/3750rpm
21クアドラから2台目のルノー車で昨年5月まで14年間乗っていました。機関部は丈夫で30年来の付き合いのUNICOM CARSでメンテ。でもリアゲートが割れ、塗装もはげてきたのでアウト。
家内はルノーファンなのでカングー。私はドイツ車に。でもリアゲートの問題がなければ終(つい)の車にしたかったです。
コメントありがとうございます。
リアゲート、割れますねぇ。全塗装して乗っていただけてる方もいますが、ゲートの割れはいかんともしがたい・・・