世の中の多くのものは相対しており、背反している。生と死、男と女、光と陰。クルマも同じ。高性能のエンジンを求めれば、コストがかかり耐久性も犠牲になる。レアモデルを求めれば、手に入れるまでの時間、費用、手間がかかる。しかし、これらはどちらかに振り切った場合、だ。それほど高性能を求めなければ、それほどコストも耐久性も犠牲にならない。それほどレアモデルを求めなければ、手に入れる苦労も少ないだろうし、所有後も永く維持しつづけられるかもしれない。これらは妥協、中途半端と呼ばれるかもしれないが、妥協点を見出すことほど実はもっとも難しいのかもしれない。
2004年に登場した「C2」はサクソ(シャンソン)の後継車であり、シトロエンのランナップ中、小さいほうから2番目(Bセグメント)を受け持つ。C2よりも若干大きいが同じくBセグメントに所属する「C3」とプラットフォームは共通だ(C3はホイールベースが少し長い)。C3は5ドアしかないので、サクソの3ドア版がC2、5ドア版がC3に引き継がれたといったほうが正確かもしれない。
ちなみに「C」の付くラインナップを整理してみると、ミツビシのi-MiEVのOEM車である「C-ZERO」、トヨタとPSAの合弁会社「TPCA」からリリースされた「C1」、で、このC2、C3、Cセグメントの「C4」、Dセグメントの「C5」、エヴァシオンの後継にあたるモノスペースバン「C8」、そしてフラッグシップの「C6」。C3、C4、C5は現在、名前をそのままに第2世代へ移行している。しかし、C2は2008年の生産終了から2世代目が出ていない。コンパクト3ドアというくくりでいえば「DS3」が後継になるのだろうけど、DSシリーズはCシリーズよりワンランク上のラインなので、厳密には直接の後継車ではないだろう。
本国には搭載されるエンジンがたくさんある。1.1、1.4、1.4(ツインカム)、1.4(ディーゼル)、1.6、1.6(ツインカム)ですべて直列4気筒エンジン。日本へは1.4(75ps)のVTR、1.6(110ps)のVTR、1.6(ツインカム125ps)のVTSの3タイプが導入されている。VTRとVTSはトランスミッションの違いで、前者はセンソニックドライブ(以下、センソドライブ)、後者は5速MTが採用されている。
C2はパッと見、ふつうのコンパクトカーなのだけど、よくよく見ると凝ったデザインをしている。フロントセクションで特徴的なところは、ボンネットフードがゆるやかに弧を描きながら下へ落ちていく部分。このフード下端の丸み、サクソのそれとほぼ同じでこういう部分を先代から引き継いでいるのだなぁと感心してしまう(ちなみにDS3にも同様の丸みが見られる)。フード部やフロントフェンダーのアーチも含め、フロントセクションはどちらかというと曲線を活かしたデザインになっている。しかし、センターからリアセクションは一変して直線基調に。特に印象的なのがリアクオーターガラスの形だ。一般的な感覚であれば、サイドガラスの下端とリアクオーターガラスの下端は揃えたくなる。サイドラインが一直線につながり、スピード感と引き締まったサイドビューを演出できるからだ。しかし、C2のそれは微妙にズレて段になっている。ここがいかにもシトロエンらしい。
なぜこうしているのか? シトロエン側は「大きなガラスエリアを確保し、後席の開放感を高めるため」としているが、私にはこの理屈は後付けに思えて仕方ない。最初はサイドガラスの下端とリアクオーターガラスの下端を揃えてデザインしたのだけど、どうも平凡でつまらない。だからあえてそこを崩してみた。するとサイドラインの破綻によって適度な緊張感が生まれ、サイドビューのアイキャッチになった。これならガラスエリアが大きくなるので、後席の開放感にもつながる。イイね、これ! といった感じだ。もちろん完全な妄想なので、まったく的外れかもしれない。しかし、サクソがどちらかというと平凡でデザイン的に凝った部分が感じられなかったからこそ、私はC2を見て「デザインのシトロエンが還ってきた!」と直感的に思ってしまったのだ。これを皮切りにC3のゼニスウィンドウ、DS3のシャークフィンピラーなど、シトロエンらしいアヴァンギャルドなデザインエッセンスが散りばめられるようになった。これらは“おしゃれなシトロエン”を語るのに大事なアイキャッチなのだ。
デザイン的なアイキャッチがあの美しく破綻したサイドビューだとするなら、メカ的なアイキャッチはやはり「センソドライブ」だろう。マニュアルのトランスミッションのクラッチ操作とギア選択操作を機械に任せて自動変速する機構で、ATとは根本的に考え方や成り立ちが違う。ルノーのクイックシフト5、フィアットのデュアロジック、アルファロメオのセレスピード、ランチアのD.F.N(ドルチェ・ファール・ニエンテ)、フォルクスワーゲンのASGも同じ考え方に基づいた機構だ。
フィアットのデュアロジックなどは油圧制御だが、センソドライブは電動モーターを使って制御しているのが特徴だ。モーターはクラッチ断続用とギア変速用の2つがあり、エンジンの制御システムと連携を取って変速操作を行っている。ATモードの場合、変速パターンは4つあるようで、道路状況や積載量によって最適なパターンを選び出している。 エンジンを始動すると毎回必ずATモードが選択される。ニュートラルになっているので、まずブレーキを踏んでからシフトを奥に倒す。するとディスプレイに「1」と表示され、アクセルペダルを踏めば前進する。クリープがないので、ブレーキペダルを離しただけでは前に進まない。坂道でもブレーキペダルを離せば後退するので注意が必要だ(サイドブレーキ併用をおすすめする)。
実際の動作感は「MTに乗りなれた人なら問題なし。ATに乗りなれた人なら不満が出る……かも」という印象が正直なところだ。私はMT派なので変速に不満は感じなかった。たしかに1速から2速に変速するときは、クラッチの切り方が雑なので前につんのめる感じはする。いや、基本的にクラッチの断続は人間ほど丁寧ではないので、2速から3速、3速から4速でも同様なのだけど、1速から2速がギア比の関係でとくに目立つ、といったほうがいい。ただ、それは変速のタイミングを見計らって、少しアクセルペダルを戻してやればそれほど気にならない。むしろATやCVTのような“パワーロスしてる感”が少ないので、運転していて気持ちがいい。
シフトノブとステアリングに付くパドルを操作すると、MTモードに切り替わる。こちらのレスポンスもまずまずで、変速が遅くてイライラすることもない(かといってめちゃくちゃレスポンシブルでもないが)。思いっきりブン回しても6000rpmちょっと超えたところで勝手にシフトアップしてくれるし、回転数が落ちてきてシフトダウンをサボってもちゃんと機械がやってくれる。実にラクチンなのである。
C2を借りてどこへ行こうと考えたとき、いまいち適切なフィールドが思いつかない。いちおうスポーツモデルというくくりだから、峠でも行ってみるか。最近走ってなかったし、夏の早朝ドライブにはもってこいだと考え、行き慣れた峠道へ。
エンジンを回していくと、開け放たれた窓の外から徐々に排気音が大きくなっていく。ノーマルマフラーでは静かなものだが、音質はけっこう高めでモーターのような無機質な音も混ざっている。さすがに75ps/12.5kgmではなかなか上っていかない。とくにコーナーで減速した後の加速はアクセルペダルを「これでもか!」と踏みつけても思い通りの加速は得られない。トルクがないのでホイールスピンもしない。ただ電動パワステのフィーリングは高速コーナー、低速コーナー、どの状態になっても変わらず軽い。それがいいのか悪いのかは個人の好みによるところが大きいと思うが。
峠について少し反省した。うむ。そもそもお前をここで走らせるべきではなかった。せめて1.6 VTSくらいじゃないと厳しいだろう。すまぬ……。そう思いながら下りへ。しかし下りは重力によって出力不足が補われ、じつに楽しく走ることができた。基本的な足回りの味付けはサクソのキビキビしたフレキシブルな感触だが、サクソほどテールハッピーではない。だからコーナー手前で不意にアクセルを戻しても、峠道レベルのスピードレンジではリアが出ることはまずない。突然のリアブレークに細心の注意を払いながらペダル操作をするのも、それはそれでおもしろいが、C2のような安心感があるのも悪くない。もちろん、同クラスのトゥインゴ2ほどのスタビリティには遠く及ばないが。
峠で軽く遊んで帰路につく。タウンユースになって平和を取り戻したC2は、ほっと安堵したかのように思える。緊張感のある走りは似合わないな、と思いつつ、でも、このエンジンはオールマイティでいい仕事をしてくれると感じ入る。TU型から端を発するPSAのシングルカムエンジン。初期はタイミングベルトの耐久性を揶揄されたこともあったが、それが改善された後はすばらしい耐久性と経済性を誇る。たかだか1.4リッターの排気量なので、トルクは薄いが軽快に回って気持ちがいい。この伝統のエンジンに当時最新のセンソドライブという技術が同居しているところがまた妙味だ。
C2 1.4 VTRの立ち位置についても考えてみる。C2でサーキットやラリーなどを楽しみたいという方には1.6 VTSがあるのでそちらに乗っていただくとして。では1.4 VTRは? まず経済的であるということ。自動車税も1.6より安いし、燃費もいい。そしてマニュアルモードでもATモードでもそこそこ楽しめるセンソドライブであるということ。たとえばいまみたいに、峠で目を三角にして攻めるわけではなく、ちょっとスポーツしたなってくらいで充分。で、帰り道はATモードでのんびり帰る。そのときの気分で「ちょっとスポーツ」か「ラクチン街乗り」を選べるわけだ。「そんな中途半端なヤツは許さんぞぁ~!」とな? だからそういう体育会系の人には1.6 VTSに乗ってください。
VTRにはあくまでも「おしゃれに乗る」という基本線があって、シート替えたり、ハンドル替えたりする人が乗るクルマではない。だってシート替えちゃったらヴィヴィッドな差色が入った純正シートが楽しめなくなるじゃん! シューズだってスパルコとかOMPとかじゃなくって、トッズとかジョンロブとか、そういうのを選ぶ人のためにVTRはあるのだ。
極端にキャラが立っているわけではない。でも、絶妙な立ち位置を維持している。それって難しい。キャラが立っているクルマはわかりやすい。けど、C2のような微妙とも絶妙ともいえる立ち位置のクルマは評価しづらい。だからスルーされてしまうことも多い。でも、わかりやすいもの(カッコウとかスペックとか)だけに目を奪われるのではなく、ひとつひとつをじっくり吟味していけば、だんだんとそのクルマの良さが浮き出てくるはず。それがモノの「本質」だったりするのだ。
C2はそんな立ち位置にいるのではないか。これを中途半端ととらえるのか、走りもおしゃれも気楽さも、すべてちょうどいい範囲で楽しめるととらえるのか、それはあなたの感覚しだいである。
PHOTO & TEXT/Morita Eiichi
2004y CITROEN C2 1.4 VTR
全長×全幅×全高/3670mm×1660mm×1460mm
ホイールベース/2315mm
車両重量/1040kg
エンジン/水冷直列4気筒SOHC
排気量/1360cc
最大出力/54kW(75PS)/5400pm
最大トルク/118Nm(12.5kgm)/3300rpm