人によって捉え方は違うが、私にとってルーテシア2はルノー車の中でベンチマーク的な存在であり、ときによってはコンパクトな欧州車全般に乗るときの比較対象として常に引き合いに出すモデルだ。「ルーテシアに比べてここがどうの」とか「この辺はルーテシアと違ってどうの」とか。とにかく日常的に乗ってネガが見当たらない、というか、ネガがあってもそれを上回る良さがある。まさに大衆車の見本のようなクルマに思えて仕方がない。そんなルーテシア2もいまとなっては3世代目に突入し、1998年のデビューから12年が経った。いまあえて、そしてあらためて「ルノーの基準車」に乗ってみることにする。
今回乗ってみるのは’99年式1.6 ATと’05年式1.2クイックシフト5の2台。ともに5ドアのディーラー車で奇しくもルーテシア2の最初と最後のモデルとなった。
まずは生い立ちから話そう。先代のルーテシア1はシュペール5の後継として’90年にデビュー。ヨーロッパではルーテシア2に襷を渡すまでの8年間、累計380万台も売れるほど好評を博した。非常にいいクルマだったが、日本でいまいちパッとしないのは販売体制に問題があったからだ。本国では「クリオ」の名で売られていたのだが、日本では某ディーラー店の名前とかぶるせいで「ルーテシア」と名を変え、’91年後半に入ってきた。しかし当時のインポーターであるJAXが経済的な理由によりVW AUDI JAPANに買収され、1年半もの間、正規輸入が止まった状態が続くことになる。結局、ヤナセ系のフランス・モーターズが設立され、ようやく落ち着いたのだが、この一件でルノーに対する不信感が蔓延してしまったのは想像に難くない。クルマは悪くないのに、不遇としか言いようがない。
ルケマンの仕業
日本でのドタバタ騒動はもとかく、ヨーロッパではとにかく売れたルーテシア1だが、それだけの成功作の次を考えるのは、そうとうなプレッシャーがあっただろう。たいていは「1が売れたんだから、とりあえずキープコンセプトで2を」となりそうなものの、姿を現した2代目はまったく違ったスタイルだった。直線的だったルーテシア1とは真反対の曲線を生かしたボリューミーなデザインは、まさしくパトリック・ルケマンの仕業だ。違うモデルであるスポール・スパイダーやメガーヌ1、トゥインゴ1とどこか共通するデザイン言語が感じられる。丸みを帯びたデザインはトゥインゴ1のようにかわいらしい印象を作り上げるが、ルーテシア2はそれよりもどっしりとした安定感や力強さまで表現しているように思える。まさに“攻め”の姿勢が作り上げたデザインと言っていいだろう。
ルーテシア2へのモデルチェンジ。その最大の理由は安全性の向上だという。このクラスでは初となるサイドエアバッグの装着とともに、運転席と助手席のエアバックはシートベルトと密接に連携して制御されている。エアバッグには3個のバルブが備わっているのだが、エアバッグが展開した際、このバルブから空気を抜きつつ、シートベルトのフォースリミッターが胸部にかかる圧力を軽減していくという仕組みを持つ。その実力は56km/hで衝突した際、運転者やナビゲータに1トン近くかかる負担を400kgまで軽減できるというから大したものだ。その他にも独特の形状のヘッドレストを設けるなど細かい部分まで安全性が配慮されている。
このような安全性の向上により、車重も自ずと嵩んでくるものだが、コンポジット素材のフロントフェンダーやポリカーボネイト製ヘッドライトレンズなどの採用により、車重の増加は15~20kgに抑えられているという。
まず最初に乗ったのが5ドア・AT(4速)のRXEで、当時の最高級グレード。座ってみると、シートはやはりルーテシア2のソレである。5月にトゥインゴ2とクリオ3に乗ったが、こうはいかなかった。バケット形状でもないのにしっかりと尻を支えるフィット感と絶妙なやわらかさ。もちろん約4万km走ったこのクルマと新車を比べるのはフェアじゃないが、ずっと座っていたくなるこのシートはまだ走ってもないのに「お、質のいいクルマだな」と思わせてくれる。アクセルを踏み込むと2,500rpmで最大トルクを発生させる実用域重視のエンジン特性でクルマをスッと前に進ませてくれる。
そして最も美しい点は、足回り。しっとりと重量感に満ちたその感触は、コンパクトカーであることを忘れさせてくれるほどの安定感を届けてくれる。サスペンションは典型的なマクファーソンストラットとトーションビームの組み合わせだが、このルーテシア2にはともにスプリングの受け皿にラバーキャップを備えている。本来、ノイズと振動の軽減を目的に採用されたものだが、おそらく乗り心地にも少しは影響しているのかもしれない。大きな段差を踏んでも不快な突き上げ感や大きな音がしないし、すぐに姿勢がフラットに保たれる。これは間違いなく、ひとクラス上の乗り心地だ。それと175/65R14という今となっては小さく、細いサイズのタイヤを履いているのもいい。最近はやたら大きなタイヤ&ホイールを履かせる傾向にあるが、このクラスは本来このくらいのサイズがちょうどいいのだ。
ATは新採用となった「プロアクティブ」と呼ばれるもので、スロットル開度、瞬間速度、平均速度、エンジントルク、エンジン回転数、そしてドライビングスタイルや路面の状況などをコンピュータが判断し、9種類のシフトモードの中から最適なタイプを選び出す。このシステム(ファジーロジック)はシーメンスによって開発されたものだ。なんだか制御の塊のようなメカトロニクスだが、減速時のショックが多少気になる程度でふつうに走る。日本車のATよりも性能が上か、と聞かれたらちょっと口ごもるが、まぁ許容範囲だろう。本来はやはりMTで乗りたいところだが、日常使いするので面倒くさいという人にも悪くはないクオリティ。ストップ&ゴーの多い市街地を走っても不満が爆発することはないだろう。
小さく、それでいて乗っているときはワンランク上の乗り心地を提供してくれて、トルクフルなエンジンで不満なく走る。ルーテシア2はいま乗ってもその価値が大きく衰えているとは思えない。
運転する楽しさはこっちに軍配。
次に乗ったのは1.2リッターのクイックシフト5。RXEが1999年式の初期モデルに対し、こちらは2005年の最終型だ。その6年間、ビッグマイナーチェンジをし、ランナップも増えた。2003年から導入されたクイックシフト5は、いちばん少ない排気量を持つエントリーモデルだ。
エンジンはトゥインゴ1に積まれていた1.2リッターをツインカム化し、マニュアルのトランスミッションを自動で変速させるクイックシフト5を備える。操作はスティック状のシフトレバーを前後させて行うが、ノブの裏側にスイッチがあり、これを押すとオートモードに切り替わる。最初はオートモードで発進。トルクコンバータを介さないが若干のクリープがあり、実にダイレクト感がある。75psと絶対的に非力だがふつうに乗っている分にはパワー不足は感じない。むしろ小排気量でよく回るから、RXEより運転する楽しさがある。アクセルを踏み込むとギューンとタコメータの針が上昇し、6,000rpm付近でシフトアップ。電動パワーステアリングになって軽くなったハンドリングと鼻先の軽さが相まって、ドライブフィールはRXEより軽快。マニュアルモードにしてもシフトチェンジの反応は良く、軽快さは変わらない。思わず引っ張って乗りたくなってしまう。5月に乗ったトゥインゴ2のクイックシフト5よりも印象が良いと思ったのは錯覚だろうか……。
このモデル、たとえば奥さんはオートマしか乗れないけど、旦那さんはそれじゃつまらないという家庭にぴったりだな、と思った。シフトチェンジの楽しさはもちろんMTにはかなわないけど、クイックシフト5には何よりATやCVTにありがちな“滑ってる感”がほとんどない。このダイレクト感こそがクイックシフト5の美点ではないだろうか。さらに1.2リッターという小さなエンジンに組み合わせてくれたのがありがたい。運転する楽しさを基準にしてとらえれば、やはりエンジンはよく回ってくれたほうがいい。トップスピードはたかが知れているが、日常使いの速度域で楽しめ、燃費もいい。あのしなやかで安定感のある乗り心地はRXEとほとんど変わらないから、運転する楽しさを味わいたい方にはこちらをおすすめしたい。
木を見ず、森を見る。
結論、今回の2台を乗ってみて2010年の現在でもその質はそれほど衰えていないと感じた。ドライブフィールの好き嫌いは別として、ルノーの大衆車にかける時間とコストはすばらしいものがあるな、と。まぁ、これはクルマづくりに対する考え方の違いなのだと思う。あくまでも個人的な印象だが、国産メーカの考え方は「大衆車はたくさん売りたい。だから品質に多少目をつむっても価格はできるだけ下げたい」という意向が見え隠れする。でもルノーは「大衆車はたくさん売りたい。でもたくさんのユーザが乗るからこそ、品質に妥協はできない。だからそれ相応の価格を付ける」という考え方だと思う。
どちらが良いとか悪いとか、そういうことではなく、考え方の違いなのだ。一方は価格の安さを享受でき、また一方は品質の高さを享受できる。それはユーザが選ぶことだ。オートマの制御がどうとか、小回りが利かないとか、重箱の隅を突けば日本の道路事情に合わないネガもいくつかある。ただもっと大きな視野で総体的にクルマを俯瞰する視点も持ち合わせていたいものだ。ルーテシアは、そういうことまで考えさせてくれたクルマだった。
TEXT&PHOTO/Morita Eiichi
1999y RENAULT LUTECIA 1.6 RXE(5DOOR)
全長×全幅×全高/3770mm×1640mm×1420mm
ホイールベース/2475mm
車両重量/1050kg
最大出力/66kW(90PS)/5250rpm
最大トルク/132Nm(13.5kgm)/2500rpm
2005y RENAULT LUTECIA 1.2 16V Expression Ouickshift5(5DOOR)
全長×全幅×全高/3810mm×1640mm×1420mm
ホイールベース/2475mm
車両重量/990kg
最大出力/55kW(75PS)/5500rpm
最大トルク/105Nm(10.7kgm)/3500rpm
スバラシイ読み応え、参考になりまくりー
ありがとうございます!
まだまだ知識が足りませんが、
今後ともお付き合いくださいね。