エンジンの付いた乗り物を初めて手に入れたときのことを覚えているだろうか。最初に触れたのは原付、という方も多いかと思う。私のその例に漏れず最初のエンジン付き乗り物は原付だった。いままでの足であった自転車とは比べ物にならない動力性能を手にし、半クラッチの感触、シフトチェンジの楽しさ、焼けるオイルのにおい。そのすべてが新鮮で感動的だった。たとえそれが制限速度30km/hだったとしても、コレとガソリンとオイルさえあればどこまでも行ける気がした。いまでは少なくなったが、原付に乗るたびに当時の記憶が呼び戻される。そしてあのときの感動は、いつまでも忘れてはいけないような想いに駆られるのだ。
「ヴィブルミノリテ」4回目は、PiaggioのAPE。イタリアPiggio社製のVespaをベースとしたミニカー(マイクロカー)は、マイノリティというよりも珍車的存在。街中ではイプシロンと遭遇するより確率が低い。いや、そもそも走ってるところなんか一度も見たことがない。
今回のネタをAPEにしたものの、さすがにコイツをインプレしても間が持たない。それに移動距離もたかが知れてる。すずきさんと二人でどうしたもんか、と考えあぐねていると、
すずきさん 「あ、いいこと思いついた! 前々から気になってる店があるんだよね」
morita 「どんなとこですか?」
すずきさん 「中川区のさ、下之一色ってとこがあるんだけど、そこに『ルノー』って喫茶店があるの。そこでコーヒー飲みがてら取材してきたら? APEで」
morita 「おもしろいですね。あー、そういえば僕も気になる喫茶店ありますよ。千音寺のインター近くに『MG』って喫茶店があるんですよ。あと、七宝町に『BULTACO』って店も」
すずきさん 「じゃあ、喫茶店ツアーしよ、ツアー」
と、こんなテキトウな流れで「APEで行く、クルマ・バイク関係の名前が付いた気になるショップツアー!」という内容に相成ったのである。
自宅のある中村区から名古屋高速の下を千音寺IC方面へ。インターの入口を過ぎた反対車線にその店はある。「MG」と書かれた看板は、たしかにオクタゴンで囲まれ、明らかにイギリスのスポーツカーブランドであることを示している。
古びた店に入ると、60歳代と思われるご夫婦が迎えてくれた。モーニングを注文し、さっそく「この店、なんでMGって名前なんですか?」と質問。すると奥さんが「主人のお姉さんが『アルファ』って喫茶店をやっててねぇ。で、そのご主人が当時MGに乗ってたのよ。で、喫茶店は儲かるからあんたもやりなさいよって言われて。それでこの店をはじめたんだけど、そのご主人のクルマにあやかって店の名前をMGにしたのよ」との返答が。ここのご主人がMG好きというシンプルなパターンを見事に裏切った複雑な回答だった。聞けば、この喫茶店はもう30年もやっているという。はじめた当時は、たくさんのクルマ好きが集まり、それはそれはにぎやかだったとか。「最近はダメねぇ。もう閉めようかと思うくらい」と冗談交じりに奥さんは言った。
それはそうと、ご主人はどんなクルマに乗っていたのだろうか。
「昔はBMW2002に乗ってたよ。その後320にも乗ったんだけど、やっぱ2002のほうがおもしろかったな」と、タバコをくゆらせて答えてくれた。「でも、クルマはやっぱポルシェだな。あれは最高だ」とも。店名をMGにしておきながら、自身のドイツ車好きを譲らないところが何ともエンスーではないか。その後もしばらくの間、クルマ談義に華を咲かせた。しまいには「いまどきあんたみたいに若い人で、そこまでクルマ好きなのは珍しいよ」というありがたいお言葉までいただいてしまった。「しかも、アレは何だ? 初めて見るなぁ……」と乗ってきたAPEをまじまじと。しきりに「これは珍しい」を連発していたご主人の横顔は生き生きとしていてうれしくなってしまった。
店を出るとき、かくかくしかじかでブログに載せてもいいですか?と聞いてみたら「ああー、いい、いい。名前は××にしといて」とまさかの拒否。でも、載せちゃいました。ごめんなさい。なので、もしこれを読んで行ってみようと思った奇特な方は「ブログ見て来ました」って言っちゃダメよ。
「MG」を出てから、次に向かったのは、七宝町の田んぼの中にある「BULTACO」。店の外からはその名前くらいしか個性を見つけることができないが、店内に入ると壁には大きなマックイーンの写真、レーシングカートや真っ赤な工具箱などが主張していて、いかにも好きモノの店という雰囲気満点だ。
店名の由来は言うまでもなく、スペインのバイクメーカー「BULTACO」から来ている。60~70年代にロード、モトクロス、トライアルで活躍し、1965年には世界初のトライアル専用車をデビューさせたことでも知られている。
ここはランチがうまいので、以前からちょくちょく通っていた。イタリア料理をベースにした2種類のランチは、どれもハズレがなく、ボリュームもしっかり。きっとグルメの方にも満足していただけると思う。マスターはバイクもクルマも大好きな方なので、手の空いているときなら気さくに会話をしてくれるはず。居心地がいいからついつい長居してしまう、クルマ好きには貴重な店だと思う。運が良ければ、イタリアの片田舎にあるバックヤードのようなガレージも見せてもらえるかも?
さて「BULTACO」の次は、いよいよすずきさんが気になっていた喫茶店「ルノー」へ。国道302号線を南下して、国道1号線まで出る。そこから東に少し走ったところに「下之一色町」という交差点があるのでそれを南に。すると小さな商店街に思わず見逃してしまいそうな小さな喫茶店が。たしかに看板には「ルノー」と書いてある。ドアには菱形のステッカーもあるではないか。これは期待できそうだ。地元の人しか来ないような喫茶店に初めて入るのは少し緊張するが、思い切ってドアを開けて中に入ってみた。
店内はこぢんまりとしていながらも、整然としていて落ち着いた雰囲気だ。カウンターにはオーナーらしき女性とその娘さんらしき人が。しかし、店内はルノーを思わせるものは何ひとつない。コーヒーを注文して話を切り出す機会を伺うが、お客さんが次々と来店してきてとても忙しそうだ。
客足が少し途絶えてようやくチャンス到来。さっそくカウンターの中の女性に聞いてみた。「あのー、この店、なんでルノーって名前なんですか?」。すると女性は「あー、名前ね。じつは父親がルノーの販売だか、そういうのに携わっていた人だったんですよ。9年前に亡くなっちゃったんですけどね」。「販売というと、ディーラーかなんかです?」。「ええ、そうかもしれないけど、どうなんでしょうね。なんせ私が小さい頃だったし、あんまりよく覚えてないのよ~」とあっさり。昔はオーナーの父親が集めたミニカーがカウンターの上に陳列してあったらしいが、現オーナーが使いにくい、ということで今は取り除いてしまったらしい。ただ父親の好きだったものだから、ということで大切に保管してあるようだ。オーナーの女性もクルマに興味のある人だったら、もっと詳しい話が聞けたのに、残念ながらそれは叶わなかった。いやいや、しかし、そこはマイノリティである立場を理解しなくてはいけない。一般の方(特に女性)はクルマ、しかもラテン車になんか、興味がなくて当然だ。
この店は「MG」よりも古く、この場所で45年も前から営業しているという。オーナーの父親はそのルノー関係の仕事を辞め、突然この喫茶店をつくった。1960年代初めというと日野ルノーが4CVをライセンス生産していた時代だから、もしかしてオーナーの父親も4CVやドーフィンやキャトルなんかに乗っていたかもしれない。いろいろと想像は膨らむが、今となってはその域を超えられない。9年前か……。ぜひともご健在のときにお会いしたかった。
というわけで、今回のちょっとイレギュラーな企画はこれでおしまい。……と、これで本当に終わってしまったらAPEの立場がない! ということでちょっとだけインプレを。
えーと、まず。APEを一言で表現するなら「初心を思い出させてくれる乗り物」。初心とはもちろん、初めてエンジン付きの乗り物を手に入れたときの感動だ。APEのベースは50Sだろうから、3psも出ていないだろう。そんな力で260kgもの車体を引っ張ろうとするのだから、当然遅い。最高速はがんばって45km/h(むしろそのスペックで45km/h出るのがすごいかも)。サイドカーのような奇妙なフィーリングでありながら、ステアリングはかなりクイックでスピードを上げてコーナーを曲がろうとすると斜め前につんのめってしまいそうになる。そういう意味ではこれ以上の馬力は必要ないかもしれない。260kgの車重に加え、前後ドラムブレーキの制動力もビックリするほどプア。左手でクラッチを切り、手首を回してグリップごと回転させてシフトする動作も、節度感があいまいでかなり疲れる。と、ネガティブな要素ばかり並べ挙げたが、そんな低スペックのAPEでも運転する楽しさは100点満点だ。なぜか? それはやはり初めて手に入れた原付の楽しさを思い起こさせるからだと思う。もし、原付を経験していない人が乗ったら、遅くてちっとも快適じゃない乗り物、という印象だけで終わってしまうかもしれない。もちろん、そんなセンチメンタリズムだけでは日常の足に使えないから、誰にでも勧められる乗り物ではないのは確か。でも、1台持ってるといざとなったら荷物も運べるし、何より笑いが取れるのは間違いない。
PHOTO & TEXT / Morita Eiichi
Piaggio APE50 VAN
全長×全幅×全高/2500mm×1260mm×1550mm
ホイールベース/1590mm
車両重量/260kg
最大出力/NA
最大トルク/NA
おっさんがヨッパライながら補足しよう。
APE50は日本に於いてはミニカーという扱いなので、法的な最大積載量は30Kgである。(たしか。)
なので、車検はない。自賠責保険に入っておけば誰も咎めない。任意保険は自動車の保険のファミリーバイク特約で担保される。(要確認)
免許は普通免許が必要。ミニカーなので自動車専用道は走れない。つーか、遅すぎて、走ったら怖い。
50ccにこの荷室ってどーよ?って思うけども、不思議と満載しても動力性能に不満を感じない、というか、かえって止まるので、満載の方がいいのかも。(極東の島国では30kgですが。)
多分、絶妙なギア比が古式ゆかしいVespaのヴィンテージシリーズ、50Sの系統のエンジンを充分活かしてるから、だと思う。
どのような状況でも、求められる(APEにね)動力性能を満たすために、絶妙に勘考されてる。APE以上の性能はそもそも求めちゃいない。
その、設計の妙、というか、モノを熟知した上での最適解、その妙には唸らずを得ない。
荷物積んでも積んでなくてもこれくらいの動力性能は要るでしょ?ってか、積んでても走ってくれることの方が重要じゃん?
最高速?そんなもんは飾りですよ。これで速かったら、シぬよ、マジで。
んじゃその範囲で、APEとしてどこまでが必要か、必要でないか・・・
暑いの寒いの、そんなんシランっすよ。歩ってても暑いし寒いでしょ?自転車で1人力じゃ限界あるでしょ?APEさんはそれよりちょっとだけいい仕事して頂ければ、できれば、それがAPEの存在価値でしょ?
を、熟慮した結果、これで宜しかろう、なんすよ。多分ね。
(相手はイタリヤ人なので、そこまで考えとらーすか!って嫌疑も、正直ありんすが・・・)
彼の地では免許なくても乗れるらしく、学生が配達アルバイトで狭い路地をちょこまかと爆走してるらしい。というか、狭い路地でちょこまかにはこのサイズと驚きの小回りが重宝されてるらしい。
そのへんが、息絶えない理由、なのかも。
なので、APEとして、あくまでAPEとして、もう一度言うAPEとして、過不足ない絶妙な出来なんですよ。
ただ、周りが速すぎて、止まりすぎて、ついてけないってだけ、です。誰も悪くないんです。
今のご時世の道路事情、それに走る化石たるAPEさんを、ついてかせるのは、乗る人の技量というか・・・
そう、APEに乗る愉しみはねぇ・・・五感全部使うんすよ、あれ。脳味噌フル回転で。
へっとも快適じゃない。夏は暑いし寒い。走らないし止まらない。どっこも何を以ても、一切、いいもんじゃない。
でも、あの、五感をフル動員させて、変速して加速して4速スロットル全開まで持って行きつつ、周りの状況を把握して車速を落とさないようでも止まるときには止まれるよう、2~4速を駆使して、辛うじて流れに乗る。(乗ってる気分で多分乗ってない。)周りが止まりそうなら、先にギア落として盛大にエンブレ効かせて、止まるってより、止める。
そのものの持つパフォーマンスの限界まで使って、ガンバル。
そう、ヒトもAPEも、常に、その限界に挑戦。
で、イッパイイッパイ。
ヒトもAPEもイッパイイッパイ。
その極限でがんばる、APEとヒト。
必死のように思えるけども・・・
その渦巻く渦中から眺める周りの景色が、タノスィ。
あぁあそこにあんなもんあったんだ、とか、アツはナツいなぁとか冬だからサブいのは致し方あるめぇとか、そういうクッダランコト考えて必死で乗ってるのが・・・
タノスィんです。
きっと、誰にも分かってもらえないんでしょうけども・・・
いいんです。分かってもらえなくても、これはこれで、いいんです。
あの、日本人的に常軌を逸する、軽トラを軽く凌駕する車両価格とか、そこまで払ってこれかよ!とか、そういう馬鹿さ加減も、父ちゃん情けなくて涙でてくらぁ!的な、それこそ金をドブに捨ててるかってくらいのムダさ。
走るシーラカンスみたいな、今のご時世そりゃダメでしょう!の際。
2CVも500も4も、そこそこがんばれば今のご時世でも乗れる。
APEは、必死でがんばらにゃ、乗れない。
それに敢えて挑めるっていう、その趣味性の高さ。
それはもう、カッコだけで乗りたいって言う輩を容赦なく排除せんかってくらいの敷居の高さ。
えぇ、欲しければ買おうよ。乗りたければ乗ろうよ。乗りたいなら、多少の苦労は甘んじて引き受けましょうよ。
カッコだけでお金払えば乗れて困らない、とは違う、好きじゃなきゃ踏み込めない領域の悦楽、なんです。
だから、これに敢えて乗ってるヒトの、3人に一人くらい、きっと、ホントに好事家です。(あと二人はご想像にお任せします。)
私はまだその域まで達してない、と、思うので、今後も出来る範囲で、切磋琢磨しますです。
一色商店街の「ルノー」,全く知らなかった。今から16年前~9年前までの8年間近くで働いていたのに,何度も商店街は通っていたのに,「えびす湯」は知っているし,近くの時雨はまぐりを売っているばあちゃんも知っているのに,隣のお寺の息子(寿台君)も知っているのに,どうして「ルノー」だけ,なんでかなぁ?(両手をグルグルまわしてませんよねぇ,今時)その頃は,「シトロエン」が一番だと思っていたからかな,フランス車で,いや車の中で。なので,眼中になかったかも…旧店主の御健在なときに店の存在を知りたかった。車との出会いも運命だけど,逢いたい人と出会えないことのなんと悲しいこと,人生が二度あれば(父は今年二月で65,顔のしわは増えてゆくばかり…by井上陽水)
私は運転中注意力散漫なタチなので、通りがかって驚いて戻って確認しました。
が、結局、未だ訪れてはないんです。
> すずきさん
補足以上に立派な原稿です(笑)。五感をフル活用して運転ってのはまさにその通りですね。APEはのんびりペースですが、運転者はけっこうピリピリ。上り坂をいかにさけてルートを選ぶかっていう能力も必要になってきます。かといって下りが楽かといったらそれはそれでコワイし(笑)。
> ナリタさん
え!そうだったんですか?「えびす湯」の2軒隣なんですけどね。旧オーナーの方、ほんとに会いたかった。どんな人なんでしょうか。きっとディープな話を聞かせてくれそうな予感がします。近くにいらっしゃったときはぜひ立ち寄ってみてください!