“小さな高級車”という言葉が好きだ。そこには「高級車=大型車」という定説を打ち破ろうとする意志を感じるし、何より輸入車、国産車に限らず高級大型車をふんぞり返って運転している輩に対し「へっ、おまえらには選べないだろう」というちょっと卑屈な優越感を抱くことができるからだ(もちろん、そんな想いなど彼らには知る由もないし、静かなる外野の声なのだろうけど)。意味合いは違うけど、そこには「量より質」を大切にしている思想が感じられる。ランチアが「小さい高級車を創ろう」と思って創ったのか、それとも「仕方ないな、高級車に仕上げるか」と思って創ったのか、はたまたその両方なのか、その真相はわからないけど、結果として満足できるものなのだから、この際、その理由はどうでもいい。
「ヴィブルミノリテ」3回目は、前回のYつながりで2代目YPSILONとなった。ちなみに初代は「Y」と書いて「イプシロン」と読ませていたが、2代目は表記、読みともに「YPSILON」に統一されている。
初代のエンリコ・フミア氏によりあまりにも斬新なデザインから考えると、2代目はいたって普通のデザインだ。いや、イプシロンの系譜を知っているからそう思うだけなのかもしれないが、2代目はグローバリゼーションの波を感じさせるほど、そつなくまとまっている。もし初代と2代目を並べて置いたら、知らない人は別のクルマだと思うかもしれない。それでも2代目を日本の街に置いてみると、異彩を放っている存在であることは確かだ。
2代目もシャシーのベースはフィアット・プントだが、ホイールベースは72mm短縮されている。サスペンションはフロントがマクファーソン・ストラット、リアがトーションビーム・アクスルで、ブレーキは前がベンチレーテッド・ディスク、後ろはドラム。またエンジンラインナップは、1.2リッターSOHCとDOHC、1.4リッターDOHC。これらのガソリンエンジンとは別に、フィアットとGMが共同で開発した1.3リッターマルチジェットのディーゼルエンジンが用意されている。ちなみにこのディーゼルは世界最小の量産エンジンだとか。
トランスミッションは5MTとD.F.N. (Dolce Far Niente<ドルチェ・ファール・ニエンテ>、「甘美なる怠惰」とでも訳せるか)。D.F.N.とはマニュアルミッションを自動的に変速するメカニズム。詳細な機構は違うかもしれないが、フィアットのデュアロジックやアルファロメオのセレスピード、ルノーのクイックシフト5と同じような目的を持つ。トランスミッションは5MTと同じものを使用し、油圧制御によるクラッチ、シフト操作を行っているから、ATとは根本的に構造や考え方が違うのだ。D.F.N.を含むこの手の変速形式の開発意図に、トルコンATを模倣する気はあまりないのかもしれない。というのもそこにはATの効率の悪さを回避したいという思惑があるのだろう。特に小型車の場合はATによるパワーロスが致命的。なおかつ燃費も悪くなるからマニュアルミッションを自動で変速したほうがいいだろう、という考え方なのだと思う。
さて、さっそく乗り出してみると、D.F.N.を積む当該車がじつにおもしろかった! キーを差し込んでひねると一瞬、間を置いてエンジン始動。自動変速モードを選んでシフトレバーを前方に倒し、1速へ。ATではないので、クリープはない。そろりとアクセルを踏むとあまりにピックアップのいいセッティングに最初はギクシャクしてしまった。しかし、この感覚は数分で慣れる程度。それよりも「あ、いまクラッチ切った」、「いま2速に入れた」、「クラッチつないだ」というのが手に取るように感じられるのが楽しい。慣れないうちは、変速のためにどこでクラッチを切るのかがつかめないため、自分が運転しているのにも関わらず、MT車の助手席に乗せられているような気分。しかし、そのタイミングがつかめてくるとイプシロンとの呼吸も合いだし、まるで二人三脚で運転しているような気持ちになる。いや、二人三脚ではない。過去にも鈴木さんがルーテシア2クイックシフト5のエントリーで述べているように、イプシロンの中にはクラッチを切ったりつないだりするオジサン、変速するオジサン、アクセルを制御するオジサン、と少なくとも3人の見えない小人のオジサンが存在する。だから自分を含めて、4人くらいで運転している感じか。とにかくこの自動変速のフィーリングが楽しくて、結局手動変速モードは1度しか使わなかった。
通常、アクセルをゆっくり踏んで走っている場合は、2,500rpm、ちょっと踏んで走ると3,500rpm、思い切り踏み込むと4,500rpmあたりまで引っ張ってシフトアップするようだ(床まで踏み込むのは試していない)。思い切り踏み込んだ場合もATとは違いパワーをロスしている感じはなく、ダイレクトに動力が伝わっていることを実感できる。踏めば踏むほどエンジン音も大きくなるが、初代よりも気になる音域がカットされているのか、耳障りな印象はない。
最初のうちは「ほぉ、なかなか賢いぞ、オジサン!」と喜んでいたのだが、苦手なところもだんだんと分かってくる。たとえば、5速から4速、4速から3速のシフトダウンはうまいのだが、3速から2速はちょっとショックが出るとか、信号が赤になるのが分かって手前からアクセルを緩めたけど、止まる前に青になったので再びアクセルを踏み出すとオジサンたちはけっこう慌てる。「おお、なんだ、止まるんじゃなかったのか」と言っているようで、それもまた愉快なのだ。クルマと会話する楽しさは、少数派諸兄の誰もが大切にするところだと思うが、このD.F.N.はまさにアクセルやブレーキの動きで機械と会話する楽しさを実感できる。他にもいろんなシチュエーションでオジサンたちがどのような反応をするのか、試したくなってくる。
あまりの楽しさにD.F.N.のことばっかり書いてしまったが、外観のことも述べておこう。当該車はさまざまなオプションが付いた「プラティーノ」という最上級グレード。アイボリー(アボリオ・パガニーニと呼ばれるオプション扱いのボディカラー)がこれほど似合うクルマは他にないだろう。当時、ガレーヂ伊太利屋の広告にもこの色のイプシロンが使われていたから、やはりこの色がイプシロンのイメージカラーなのだと思う。2代目は初代にあった「カレイドス」の代わりに好みで2つの色が選べる「Bi-Color」も用意されている。外装、内装それぞれ独立した色を選べるから、モノによってはかなりえげつない配色のものあるとか。それはそれでイプシロンらしいが、やはり2代目にはこのアイボリーがいちばんしっくりくると思う。
日本ではWRCで活躍したデルタ・インテグラーレの人気が高く、「ランチア=ラリー」という印象が強い。もちろんそれは間違いではないけれど、ランチアの本流はやはり「高級車」なのだと思う。実際、現行デルタもあきらかに高級車路線にシフトしているし、過去のテーマやカッパ、既存のテージスなどはもうお腹一杯! というくらいランチア味だ。欧州の各メーカーもルーテシアにバカラやイニシャルパリ、プジョーにローランギャロスなどの高級仕様車を出してはいるが、やはりイプシロンにはかなわない。
その場しのぎの高級感ではなく、100年以上の歴史が作り出した高級車づくりの思想。ロワモデルのイプシロンにさえ、その伝統の重みが凝縮されている。だから安易なメッキパーツやウッドパネルを多用しなくても、デザインや質感や感性の総体で高級感を演出できるのだと思う。そしてそれを所有する人の心までも優雅に彩ってしまうのだから……。
最後にこんな話題で終わるのは何だけど、と前置きしておいた上で言わせてほしい。ミニに乗っている女の子は3割増し、なんて言われるが(言うよね?)、イプシロンに乗っている女性なら、5割増しだ!
●番外編「イプシロン」の七不思議
1・なぜかオーバーヘッドのイルミネーション(スイッチ付の)があるのとないのがある
2・カーオーディオがキーをオフにすると毎回規定の音量にリセットされる
3・BOSEを装着しているのにツイーターが入っていない。けど、通常モデルのスピーカーにはちゃんとツイーターが入っている
4・燃料キャップに鍵がない(初代はちゃんとあった)
5・サービスインターバルが所定の期間・距離が経過すると、始動時に「工場に持っていけ」と表示警告するが、そのリセットは専用コンピューターを保有している工場でないとできない。
6・しかもリセットが効くのは8回まで(らしい)。それ以降は常時警告される。
7・初代と同じくなぜか太いタイヤを履かせたがる(かっこはいいけど、イプシロンに195/55R15なんて太すぎじゃない?)
と、まぁささいなツッコミだけど、なぜこうしたのか? とランチアの思惑を考えてみるのも楽しい。ただ、やっぱり日本人の感覚では不思議だ、と言わざるを得ないものが多いなぁ。
PHOTO & TEXT / Morita Eiichi
2004 LANCIA YPSILON 1.4 16V Platino D.F.N
全長×全幅×全高/3780mm×1720mm×1530mm
ホイールベース/2388mm
車両重量/1140kg
最大出力/70kW(95PS)/5800rpm
最大トルク/128Nm(13.0kgm)/4500rpm