RENAULT Megane RS LSD Limited

新車はいい。好きなグレード、好きなカラー、欲しいオプションを選んで自分好みにすることができる。車種にもよるが、そのクルマが販売されている期間なら普通に手に入れることができる。しかし、中古車だとそうはいかない。自分の欲しい仕様のクルマが市場に出てくることは稀だと考えたほうがいい。しかもその仕様が複雑であるほど難易度は上がる。だから「まぁ、これでいいか」と妥協して買った人もいるだろう。「これだ!」と思ったクルマが出てきたとき、すぐに飛びつけるかどうか。それはお金ももちろんだが、気持ちの瞬発力が必要だ。

 色あせることのないデザイン

なかなかレアなモデルに乗る機会を得た。メガーヌRSのLSDリミテッドである。
メガーヌといえば、実質的にルノーのトップモデルで元を正せば、1995年に19の後継モデルとして誕生した。もういまとなっては当時のデザイン総責任者であるパトリック・ルケマンの息がかかったルノー車を見る機会が減ってしまったが、この2代目もルケマンが手掛けたモデルであり、個人的にはいちばん脂の乗り切った時代のクルマではないかと思う。2002年にデビューし、日本には2003年から導入されたが、初めてみたときは衝撃的だった。特にリアのデザインは不思議な造形でフロントから流れてくるデザインをCピラー以降で分断しているようにも思える。しかし、よく見ていくと調和が取れているようにも思え、これは単に見慣れただけなのか、それとも計算づくの違和感なのか、とにかく目が離せなくなってしまう。ボディは3ドア、5ドア、ワゴン、カブリオレの4種類あったが(セニックもメガーヌと捉えるなら5種類)、もっとも違和感を醸し出していたのは3ドアで、弧を描くクオーターウィンドウと直線的なリアウィンドウの両側が見事に対立している(笑)。しかし、そこがメガーヌの個性であり、デザインのキーワードが「退屈へのレジスタンス」と聞き、思わず納得してしまった。いまではこの3ドアのデザインが大好きである。
ルノー・スポール(以下、RS)が手掛けるモデルが登場したのも、この2代目からだ。最高出力224ps/5500rpm、最大トルク30.6kgm/3000rpmの2.0L4気筒DOHCターボは、ハイパワーでありながらも非常にナチュラルな味付けをしている。わずか2000rpmで最大トルクの90%を発揮するのだから、ターボで過給しているというより、ひと回り大きな排気量のエンジンが搭載されている印象を受ける。そのパワーに見合うようシャシーやサスペンションなどを強化し、特にフロントサスペンションは「DASS(Double Axle Strut System)」と呼ばれる機構が備わる。これはステアリング動作の影響を受けることなく、常にタイヤ接地面の中心に荷重が掛かるように、キングピンがオフセットされている。これにより、トルクステアが抑えられ、ハンドリングのしやすさに貢献しているという。トルクステアは、例えば右にハンドルを切るとフロントの左タイヤは前へ転がるが、フロントの右タイヤは後ろへ転がろうとする。しかし、アクセルを踏むと両方が前へ転がっていく。前へ転がろうとしているのに、舵を切れば切るほど後ろへ転がろうとするタイヤのせいで左右のトルク差が生まれ、トルクステアの一因になっている。DASSはこれを解消するために、舵を切るときの回転軸がタイヤの中心に来るようにセッティングされているので左右のタイヤは転がらない。つまり、トルクステアがほぼ出ないというわけ。だから左右どれくらい切ってもハンドリングはとてもフラットで、大げさに言うとFRとはまでは言わないが、フロントが駆動輪であることを忘れてしまうほど自然な感覚なのだ。さらにフロントブレーキキャリパーには4ポッドのブレンボ製を装備。効きはもちろん、このタッチと剛性感がまた最高で、ブレーキを踏む気持ちよさは、このメガーヌRSで初めて知った記憶がある。
その後もメガーヌRSは「R26.R」や「トロフィー」などのエボリューションモデルが次々と登場。たしかこの辺りから、シビックやゴルフとニュルブルクリンクで市販車FFの最速タイムを競い合うようになったのではないか。その戦いはいまも続いているようだが。

 国内で13台のみのクルマ

メガーヌRS LSD ミリテッドはちょうどこの頃、2008年に販売を開始。日本国内でわずか13台の限定車と言われているが、実際はルノージャポンが販社に限定車の提案したところ、13台の受注があり、販売台数が決まったということらしい。その気になる仕様は、5ドア・右ハンドルのみであること。シャシースポールで高剛性化と軽量化を行い、ボディカラーはグラシエ・ホワイトのみ。フジツボ製のオールチタンマフラーとミシュランパイロットスポーツ2を奢り、極めつけはその名の通り、ヘリカル式のLSD(Limited Slip Differential gear)を装着している。
LSDは左右両輪の差動を制限する装置だが、なぜそんな装置が必要になのだろうか。そもそもクルマの操舵輪は左右が直結している状態ではカーブを曲がることができない。外側のタイヤと内側のタイヤでは回転数が違うからだ。それを解消するためにデファレンシャルギアが生まれた。これによってカーブを曲がるときに生じる左右のタイヤの回転差を吸収することができ、スムーズにカーブを曲がることができるようになった。しかし、このデファレンシャルギヤにも弱点がある。それはぬかるみや雪道、凍結路で片方の車輪のみが空転した場合、もう片方の車輪に駆動力が伝わらないということ。これはサーキットなどでスポーツ走行をするときにも当てはまる。たとえば右カーブを曲がろうとするとき、右側の車輪は荷重が抜け気味になる。そうすると左側の車輪に駆動力が伝わらず、結果スピードが落ちてしまうのだ。では、これを解消するにはどうすればいいのかを考え、新たに生まれたのがLSDである。この機構によって片方の車輪が空転しても、両方の車輪にバランスよく駆動力を伝えることができるようになり、コーナリングスピードが落ちることを防いでくれるのだ。LSDの仕組みについては機械式、トルクセンサー式、ヘリカル式と大きく分けて3つあるのだが、それぞれを詳しく文字で説明していくのは非常に難しいので割愛する。ちなみにこのメガーヌにはヘリカル式が採用されており、機械式のようなメンテナンスを必要とせず、異音の発生も少ない。効きやダイレクト感は薄いが、自然な効きでコントロールしやすいメリットがある。

安心感はプライスレス

せっかくこういうクルマなんだから、と早朝から峠に持ち込んだ。天気は雨。ザーザー降りではないが、路面は常に湿っている状態である。当該車は運転席にブリッドのフルバケットシートが装備されていたが、それ以外はノーマルのままで、LSDリミテッド自体もインテリアにおいてノーマルのメガーヌRSと何ら変わるところはない。
峠までの一般道ではそれほどLSDの存在を感じられるわけではない。ハンドルをフルロックしてアクセルを踏んでも変な音はしないし、ハンドルが重く感じることもない。このクルマを知らない人が運転したら、LSDという装置が備わっていることにきっと気づかないだろう。ただ注意して感覚を研ぎ澄ませてみると、低速域で少しハンドルを切った状態でアクセルを踏むと鼻先を変えながらスッと前に出ていく感覚は、ノーマルのメガーヌRSでは感じられなかった気がする。
峠に差し掛かり、ペースを上げる。ハンドリングはいつものメガーヌ2 RSのそれであり、何か特徴があるわけではない。ただ、僕が真っ先に感じたのは、LSDの効きによる安心感。ブリヂストンのハイグリップタイヤの恩恵もあり、濡れた路面でも「滑りそう」という不安感はまったくなく、コーナーでもアクセルを踏んでいけるのだ。ときどき「これは借り物のクルマ!」と思わないと、ペースがどんどん上がってしまって困ってしまう。峠までの約6kmの上りを楽しんだ後、次はいま来た道を下っていく。下りでは路面のミューが低いとき、特に深いカーブではハンドルを切ってもタイヤがグリップせず、外側に流れていくことがあるが、またしてもこのタイヤとLSDに助けられ、そんなシーンに出くわすことは皆無だった。上りよりも下りのほうが安心感が強く、運転がうまくなったような感覚に陥る。あまりにも楽しかったので、上り下りを3回も走ってしまった。

めぐり会ったら買うしかない!?

僕の大したことのない運転技術とそれほどスピードの出ない日本の峠道では少々持て余すか。おそらくその性能の半分も引き出せていないだろうが、サーキットでタイムを削るという極限的な運転でなくても、一般道で安心感と安心感から来る楽しさが手に入るのであれば、僕はこのクルマを買う価値はあると思う。日本でたった13台の希少性も所有欲を満たしてくれるだろう。唯一の問題は、このクルマに運よくめぐり合えるかどうか。それだけだ。

 

TEXT & PHOTO/Morita Eiichi

 

2008y RENAULT Megane RS LSD Limited

全長×全幅×全高/4235mm×1775mm×1450mm
ホイールベース/2625mm
車両重量/1400kg
エンジン/直列4気筒DOHC 16バルブ ターボ
排気量/1998cc
最大出力/165kW(224PS)/5500rpm
最大トルク/300Nm(30.6kgm)/3000rpm

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