新車(ほぼ新車も含む)に数台乗ると、新車の状態を体感できることに大きな価値を感じる。「人は生まれた瞬間から死にはじめる」とは誰が言ったのか知らないが、それは人だけでなく、クルマも同じ。新車として世に放たれた瞬間から、古くなるしか道は残されていないからだ。
トゥインゴ3は、これまで仕様の違うモデルに2台乗ってきた。最初に乗ったのは1リッターのSCe70(NA・5MT・LHD)。次に乗ったのが1リッターのTCe110(ターボ・5MT・RHD)のGT。そして今回、0.9リッターのTCe90(ターボ・5MT・LHD)に乗る機会を得た。
いまさら説明するまでもないが、トゥインゴ3は2014年に登場したルノーのエントリーモデル(日本仕様は2016年に正式発表)。3代目はまさかのRRを採用し、クルマ好きを驚かせたが、いまではすっかり日本の街並みに馴染み、よく見かけるようになった。2019年にマイナーチェンジを果たし、フェーズ2に移行したのも記憶に新しい。
このトゥインゴは並行でドイツからやってきた限定車である。ZENか、その下のグレードをベースにしていると思われるリミテッドは、エアコン、バックソナー、シートヒーター、電動ドアミラーなどを追加している。意匠面はボディ横にストライプが入り、サイドステップのカバーやBピラーに「LIMITED」のロゴが入っている。
このクルマが日本にやってきた経緯は、トゥインゴがマイナーチェンジをして新型になるので、旧型の排ガス検査が使えなくなってしまうというのが発端。残っているガス検を旧型の中古車で使うのも手だが、そもそも大衆実用車なので、欧州ではあまり大切に使われない。現地では使用価値のほうが優先されるので、中古車で傷んでいたとしても、けっこういい値がついてしまう。つまり中古車であっても、期待するほどのお買い得感はないのである。それなら、現地にまだ在庫車があるうちに確保しておこうと考え、日本のように在庫を持っているドイツのディーラーから輸入することになった(ドイツ以外の国はたいてい在庫を持っていない)。
EDCなら右ハンドルでもいいが、MTとなると右ハンドルは左足の置き場がない。MTなら断然左ハンドルだろうと目星をつけたが、問題なのは色。向こうで売れ線なのは、黒やガンメタなので、日本で受けそうなポップな色(白、赤、青など)はほとんどない。まぁ、そんな中でも何とかお客さんの要望に合うクルマを探し出し、この白が日本にやってきたのである。
ルノーは、一度乗っただけでその良さがすぐに分からないクルマが多いように思う。一部の尖ったモデルは分かりやすいのだが、トゥインゴのような大衆実用車においては、その魅力を瞬時に感じt取るのは難しい。そういうことは、経験値から何となく分かっていた。だから実際、トゥインゴ3に初めて乗ったとき、正直あまりピンとこなかった。もちろん、機械としてクルマに悪いところなんかないのだけど、言ってみれば「普通だね」という印象。あ、小回りが利くのはすごいと思った。でも、それはトゥインゴの魅力のごく一部で、そういう分かりやすいところにしか目がいかなかったのだ。
2回目のGTに乗ったときは、ターボエンジンということもあってパワーがあり、最初に乗ったトゥインゴよりも印象は良かった。明らかに乗りやすく、車格が一段上がったように思えた。GTに乗ってから、シャシー剛性の高さや足回りの秀逸さ、そして何より運転する楽しさといった本質的な部分が、少しだけ分かったような気がした。
そして今回、TCe90に乗ってトゥインゴの良さをさらに感じた。乗れば乗るほど、その良さが際立ってくるクルマがトゥインゴだと思ったほどだ(いや、それはトゥインゴに限らないのだろうけど)。まずはエンジン。これまでSCe70、TCe110に乗ったがTCe90がベストだと思った。そのパワー感、フィーリングがトゥインゴにちょうどいい。バランスが取れていると思ったのだ。個人的には、加速感がリニアではないターボエンジンは好きになれない。2リッターくらいならまだ許せるのだけど、小排気量のターボエンジンは、原理原則としてピーキーになりやすいからなおさらだ。過給が効かない低回転域はトルクが細く、過給が追い付いてくると急にパワーが持ち上がる。そもそもそういう特性なので、これまでの僕ならたとえ非力であってもNAを選んでいたが、トゥインゴ3についていえば、積極的にTCe90を選びたいと思った。それはつまり小排気量ターボのネガがかなり解消されているからだ。特に分かるのが、ゼロ発進やパーキングスピードで半クラッチを多用するシーン。簡単に言うと、多少ラフにクラッチをつないでも、エンストせずスムーズに発進できる。この点に神経質になっているのは、僕がトゥインゴ2 GT(1.2リッターターボ)に乗っているからかもしれない。トゥインゴ2 GTのエンジンは低回転域のトルクが細く、特にごく低速で切り返すことが多い駐車時は、気を抜くとすぐにエンストする。それがトゥインゴ3のTCe90にはまったくないのだ。200cc以上も少ない排気量なのに! 少々乱暴にクラッチをつないでも、スッと前に出る感覚はとても小排気量ターボエンジンとは思えない。これをどのようにして実現しているのか、エンジニアに詳しく聞いてみたい。
発進後の加速については、多少は反比例曲線ようにパワーが盛り上がっていくが、不快な印象はない。深くアクセルを踏み込んでも、レスポンス良く回転がついてくるので、アクセルのオンオフによるリズムも取りやすい。音や振動についてもSCe70は充分静かだと思っていたが、TCe90に乗るとこっちのほうが断然穏やかで耳に優しい。足回りも何だか最初に乗った印象よりもソフトになっている感じがする。クルマは変わらないので、きっと僕の感じ方が変わったのだろう。
これまで多くのルノー車に乗ってきたが、その大半は中古車で、ある程度距離も年数も経過したクルマだった。僕は新車のトゥインゴに乗って、そんな数々の中古車のことを思い出していた。5万キロくらい乗っているものもあれば、10万キロ以上乗っているものもあった。僕はそういう状態のものを乗ってきたので、ルノー車の印象といえば「中古車の印象」なのだ(もちろん、それはルノー車に限ったことではないが)。そうなると、このトゥインゴが今後、5万キロ、10万キロと距離を稼いでいくなかで、どのように変化していくのか、楽しみになった。これまで乗ったルノー車は中古とは言え、いや、中古だからこそ、角が取れた足回りによるしなやかな乗り心地を提供してくれた。SCe70に乗ったときも、記事内でその硬めな乗り心地について「まだ新しいのでサスペンションやブッシュ関係が馴染んでいないというのもあるかもしれない」と、それっぽい言葉を並べているが、おそらくそれは間違いではないと思っている。さらにすずきさんの話によると、初めから入っている純正オイルをルブロスのシュペールノヴァに交換すると、さらにエンジンの印象が良くなるとのこと。そうか。新車というのは、そういう楽しみ方もあるのか。自分だけが運転するクルマであれば、そういった経年変化も体感できる。もちろん、中古車でも乗れば乗るほど変化はしてくのだろうけど、すべての部品が新品の状態を体感できるのは、やはり新車でしか味わえない。
トゥインゴ3はこの後、どのように進化していくのだろうか。トゥインゴ4にモデルチェンジするときは、いまとまったく違うクルマになっているかもしれないし、キープコンセプトでRRのまま先進装備をまとって登場するかもしれない。そのときはまた新車を紹介する機会があるかもしれないが、同時に距離を重ねたトゥインゴ3にもう一度乗ってみたいと願う。
TEXT & PHOTO/Morita Eiichi
2018y RENAULT Twingo 0.9 TCe 90 LIMITED
全長×全幅×全高/3590mm×1550mm×1640mm
ホイールベース/2490mm
車両重量/944kg
エンジン/直列3気筒DOHC 12バルブ ターボ
排気量/898cc
最大出力/90PS(66.2kW)/5250rpm
最大トルク/135N・m(13.7kgm)/2500rpm