クルマのスペースには限りがあり、常に背反が伴う。大きくすれば、たくさんの人や荷物が乗るが、その分取り回しに苦労する。小さくすれば、その逆。とすれば、クルマのスペースには絶対的な優位性などないことに気付くのだ。広く、大きいからいい。狭く、小さいからいい。ではなく、その価値は、あくまでも自らの目的から生まれるべきものだ。このように使いたいから、これだけのスペースが必要だ。このように使いたいから、これほどのスペースは必要ない。さて、あなたの使い方は?
日本国内における輸入車のフルゴネット(MPV)は、ルノー・カングーが有名でほぼ一強の時代が続いている。それゆえ、他メーカーもフルゴネットは持っているものの、なかなか正規輸入に踏み切ることができなかった。しかし、ここにきてPSAが名乗りをあげた。シトロエンからは「ベルランゴ」、プジョーからはパルトネールあらため「リフター」という2車種が、2020年に正式に導入されることになったのだ。ここで主なスペックを比較してみよう。
■サイズ
カングー:5人乗り 4280×1830×1810 267.7万円(EDC)
リフター:5人乗り 4405 x 1850 x 1890 336万円(デビューエディション)
ベルランゴ:5人乗り 4403×1848×1844 325万円(デビューエディション)
■パワートレイン
カングー:
1.2Lガソリンターボ(EDC/6MT)
最高出力:84kW(115ps)/4500rpm最大トルク:190Nm (19.4kgm)/1750rpm
リフター/ベルランゴ:
1.5L ディーゼルターボ(EAT8)
最高出力: 96kW(130ps)/3750rpm 最大トルク: 300Nm/1750rpm
サイズはリフター/ベルランゴに比べて、若干カングーが小さい。こうやってみるとリフターはけっこう背が高いことがわかる。価格は圧倒的にカングーが安い。
パワートレインの大きな違いは、 リフター/ベルランゴがディーゼルのATのみに対し、カングーはガソリンでMTも用意しているところだろうか。このような違いが、日本のユーザーにとってどのように解釈されるのか。それがブレイクするか否かの分かれ道になりそうだ。
と、いきなりルノーとPSAのクルマの比較で始まったが、今回はその話ではない。最近、何かと耳目を集めているフィアットの話である。
フィアットにも当然、フルゴネットのラインナップはあって、今回紹介する「ドブロ」とそれより少し小さい「クーボ」の2車種が存在している。
ドブロのデビューは2000年で初期モデルのデザインはちょっと奇妙な顔つき。フロントフェイスの真ん中がモールで分断されており、どことなく東欧的な雰囲気も漂っている。しかし2005年にマイナーチェンジをすると、その顔はマイナーチェンジとは思えないほど現代的なデザインへ変貌を遂げる(現代的というか平準的というか)。そして2010年、2代目に移行。オペルやヴォクスホールにも供給するようになった。
今回紹介するドブロは2015年にマイナーチェンジしたモデル。おもしろいことに、初代のようなフロントフェイスの中央にモールが走っているデザインをどことなく踏襲している。非常にフィアットらしいいいデザインだと思う。
このドブロ、ドッケールに続いて新たにRENOさんが並行輸入したのだが、なぜドブロなのだろうか。その真意を聞いたところ、こんな回答がきた。
「ドッケールはカングーのアンチテーゼだったわけです。ああいう形ならカングーじゃなくてももっといいのがある。無塗装バンパーで最低限の装備で220万円(10%税込み)。まさに清貧の極みと言える。お客さんもそういうところに共感してもらったから、それなりに売れたんだけどね。で、本題。なぜドブロなのか? ドッケール・アンビアンスに対する反作用で、フル装備のクルマに触れたくなったというのが正直なところ(笑)。もちろんそれだけではない。まずおもしろいなと思ったのは、標準ボディで『7人乗り』があるところ。カングーに対してドッケールの長さはおおむね荷台にしか反映していないのではないかと。この荷台ならシート載るんじゃないか。でもドッケールには3列シートはないんだよね。じゃあ、他社でこのくらいの長さ、扱いやすいサイズで3列シートってないもんだろうか? というところがスタート地点。カングーもリフター/ベルランゴも7人乗りはあるけど、ロングボディになっちゃう。あの長いボディだと、日本ではちょっと持て余す人もいるだろうね。もちろん、標準ボディの中で7人乗せようとしてるから、3列目は必然的に狭くなる。でも、いつもはフルで7人乗せることがない人とか、小さい子どもがいる家庭とか。その辺をフレキシブルに使いたい人なら、充分に価値を感じられるはずだと思ってね」。
たしかに普段は4人か5人しか乗らないけど、週末に両親を乗せてどこか食事に行くとか、そういうときに7人乗りがあるといいなぁと思っている人は多いように思う。普段4、5人しか乗せないなら、ロングボディまでは必要ないだろう。では、あらためてドブロを加えて比較してみよう。せっかくなのでドッケールを入れてしまおう。
■サイズ
カングー:5人乗り 4280×1830×1810 267.7万円(EDC)
リフター:5人乗り 4405 x 1850 x 1890 336万円(デビューエディション)
ベルランゴ:5人乗り 4403×1848×1844 325万円(デビューエディション)
ドッケール:5人乗り 4363×1751×1819 240万円(1.6 SCe ローレート)
ドブロ:7人乗り 4406×1832×1895 343.1万円(メタリック塗装、観音開きリアゲート、パックファミリー込み ※後述)
■パワートレイン
カングー:
1.2Lガソリンターボ(EDC/6MT)右ハンドル
最高出力:84kW(115ps)/4500rpm最大トルク:190Nm (19.4kgm)/1750rpm
リフター/ベルランゴ:
1.5L ディーゼルターボ(EAT8)右ハンドル
最高出力: 96kW(130ps)/3750rpm 最大トルク: 300Nm(30.5kgm)/1750rpm
ドッケール1.6SCe:
1.6L ガソリン(5MT)左ハンドル
最高出力: 75kw(100ps)/5500pm 最大トルク: 150Nm(15.2kgm)/4000rpm
ドッケール1.3TCe:
1.3L ガソリンターボ(5MT)左ハンドル
最高出力: 75kw(100ps)/回転数不明 最大トルク: 200Nm(20.3kgm)/回転数不明
ドブロ:
1.4L ガソリンターボ(6MT)左ハンドル
最大出力: 88kW(120PS)/5000rpm 最大トルク: 206Nm(21.0kgm)/2000rpm
こんな感じ。ドッケールは他の3車種と比べるにあたってグレード的にローレートが妥当。現在は受注できないが、価格上は240万円でぶっちぎりの安さ(ちなみに1.3TCeってなんだ? と思われるかもしれないが、どうやらメルセデスと共同開発するエンジンだとかなんとか……)。一方、ドブロは価格的にはそれなりの値段になるが、7人乗りでオプションいっぱいなことを考えれば、特別高いわけではない。一般的なフルゴネットと同様のサイズ感で7人乗り。それを左ハンドルMTで操れるところが最大の魅力と言える。
あと、スペックは仕様によって異なる場合があるので、あくまでも目安で。ルーフバーの有無で数センチ違うなんてこともあるので、その辺はご了承くださいまし。
実車を目の前にしても、一般的なフルゴネットと変わらない印象だ。試乗時、たまたま隣にドッケールが置いてあったが、比較しても大差はない。ブラウンの外装色に合わせて、内装にもブラウンがあしらわれる。こういう色の雰囲気はカングーには出せない。ドブロも他のフルゴネットと同じく、出自が商用車であることには疑いはないが、イタリア人が臨むと、洒落たものをつくってくるなぁと感心してしまう。華美ではないが、必要な機能を確実におさえつつ、デザインと色でそこはかとなく主張する辺りは、やはりイタリア車である。アルファロメオやランチアとは違う、フィアットかくあるべしは、健在である。
ドブロには装備によって「ポップ」、「イージー」、「ラウンジ」の3つのグレードがあり、後ろに行くにしたがって豪華になる。当該車はこの中の「ラウンジ」。オプションとしてメタリック塗装、観音開きのリアゲート、加えて7人乗り、リアチルトウィンドウ、ベビーミラーなどがついた「パックファミリー」を付けている。ちなみに当該車は、オートワイパー、追加スペアキー、スモーカーキットなどもオプションで付けているがこれは価格に含んでいない。なので、約28万円(税込)のオプションを希望しなければ、約315万円ということだ。
エンジンは5つのランナップがあり、1.4Lガソリン 95馬力、1.4Lガソリンターボの120馬力、1.4Lターボ120馬力のガソリン/CNG併用、1.6Lディーゼルターボの95馬力、1.6Lディーゼルターボの120馬力である。当該車は既出の通り、1.4Lガソリンターボ仕様だ。
ゼロ発進からクラッチをつないだ瞬間に感じたのは、1.2Lターボのカングーで感じた極低速域のトルクの頼りなさがまったくないこと。これがプラス200ccのアドバンテージだろうか。カングーのときはクラッチミートとアクセル開度に気を遣ってスタートさせていたが、ドブロはその辺を気にしなくていいから楽だ。走り出すとフィアット独特のザラザラしたエンジンの回転フィーリングで、どことなくFIREエンジンを思わせるし、とにかくリニア。これまで僕が乗ったどのモデルよりもターボを感じさせないフィーリングだ。まるで1.6Lの自然吸気エンジンに乗っているような錯覚に陥ってしまう。ただ、エンジン音はあまり遮音するつもりがないようで、車内はそれなりにエンジン音が入ってくる。まぁ、これは歴代フィアットの大衆車がこんな感じなので、僕は気にならないが。
乗り心地はパンダ3に近いが、ドブロのほうが上質さを感じる。上屋が揺すられることがなく、下半身だけで凸凹をうまくいなしているようだ。ショックの伝わり方も実にマイルドで、心地よさすら感じる。「このクルマで高速道路の継ぎ目を体感してみたい」と思ってしまった。この手のクルマのリアサスはトーションビームが定番だが、ドブロはトレーリングアームが採用されている。なので、バネはコイル。この辺も上質感に一役かっている理由かもしれない。
シートも大振りでコシのある座り心地。2列目も同様で足元にはかなり余裕がある。3列目へのエントリーは、2列目のシートベースの下にある黒いヒモを引っ張るとロールアップする。3列目は左右上下は問題ないが、足元が狭い。成人男性では膝が2列目のシートバックに当たるが、小学生くらいなら問題なく座れるだろう。シートは簡単に取り外すことができるので、シートの置き場を確保できるなら普段は外しておくのもいい。シート自体も一人で持ち運びできる重さだ。
ドッケールが「清貧の極み」なら、ドブロは「フルゴネットの盲点を突いた賢い選択」と言える。7人乗れるフルゴネットが欲しいけど、ロングボディにしてまではいらない。サイズはあくまでも一般的なフルゴネットで、普段は4~5人乗り。必要なときだけ7人乗れる仕様になるというのは、他のモデルではなかなか成し得ない。しかも、左マニュアル。リフター/ベルランゴに至ってはディーゼルオンリー、マニュアルすら選べない。その点、カングーはいまだにMTモデルを残してくれるのでうれしいのだが、右ハンドルのみだし、いかんせん数が増え過ぎてお腹いっぱいの感もある。
そこに来てこのドブロ。世間は「カングーvsリフター/ベルランゴ」の構図で騒がせたいだろうが、ドブロは孤高の存在。そんな騒ぎを横目に「標準ボディ・7人乗りはオレだけだよ」とどこ吹く風だ。
PHOTO &TEXT/Morita Eiichi
2019y FIAT Doblo 1.4 T-JET 120 ch
全長×全幅×全高/4406mm×1832mm×1895mm
ホイールベース/2755mm
車両重量/1415kg
エンジン/直列4気筒DOHC 16バルブ ターボ
排気量/1368cc
最大出力/88kW(120PS)/5000rpm
最大トルク/206Nm(21.0kgm)/2000rpm
結局、左マニュアルが欲しいのです。
買うひとが居るならば、なんとかするのす。