「流行の功罪」について考えてみる。それがモノの場合、功は間違いなく宣伝効果だろう。流行によって情報が広まり、多くの人々の元に届き、購買意欲をかき立て、その行動に移させる。しかし、その情報を浅いところまでしか理解できなかった人は、モノを手に入れたとしてもすぐに飽き、捨ててしまうかもしれない。流行には功罪がある。
2000年前後、輸入車関連の動きとしてちょっとした話題となったのが「リバイバルブーム」である。その口火を切ったのはVWのニュービートル。1998年に登場し、VWタイプ1(通称:ビートル)を復活させた。この後に続いたのが2001年に発売開始されたミニだ。ただ、ミニがリバイバルブームに乗じたものかと言えばそうではないのかもしれない。1994年にBMWがローバーを傘下に収め、ミニに関するすべての権利を取得してから開発しているので、たまたま発売時期がニュービートルの後になっただけとも言える。そして少し時間を置いて出てきたのが500(チンクエチェント)。2007年、初代500の発売50周年にちなんで発表されたモデルで、大ヒットした。
ビートル、ミニ、500の“名車復活御三家”は、ご先祖のデザインを活かしながら現代流にうまくアレンジされているのが特長。登場時こそリバイバルブームに乗ったモデルともてはやされたが、いまとなってはしっかりと定着した感がある(ビートルは既に生産中止しているが)。500もスタートダッシュこそ鈍かったが、そのかわいらしいルックスや200万円前後の価格帯も手伝ってか、じわじわと人気が出始め、特に女性からの支持を集めているように思える。
ただ、このリバイバルブームはメーカーの商法でもあり、それゆえに本質をともなっていないとも言える。たとえばビートルについていえば、初代はヒトラーによる国民車構想という壮大なテーマの元、厳しい条件をフェルディナンド・ポルシェに提示したと言われる。RRや空冷エンジンはそれらの条件をクリアするため、必然的に採用したものであり、苦労と努力の証でもある。ミニだってそうだ。粗末なバブルカーではなく、経済的で4人の大人がちゃんと乗れる小型車を開発するために、当時革命的とも言われた横置き二階建てパワートレインに前輪駆動を採用。コンパクトさを追求したラバーコンサスペンションも画期的だった。ビートルと同じRRレイアウトを採用した2代目500も、やはりスペース効率を最大限に利用するための必然だった。あの丸っこいボディも単にかわいらしいデザインを狙ったのではなく、少しでも車体を軽く仕上げるためだったそうだ。ジアコーザは表面積を減らせば、使用する鉄板も減らせると考えたのだろう。トレードマークとも言えるキャンバストップも、音を車外に逃がす役割を持っていたらしい。
しかし、現代に蘇ったリバイバルカーは、過去の偉人(?)に敬意を表しながらも、結果そのデザインやイメージを引き継いでいるだけで、その形である必然性を感じない。3車種ともプラットフォームは流用、ビートルと500はRRじゃないし、ミニに至っては「小さくつくる」という根本的なコンセプトをまったく忘れている。技術や発想において、何か新しいものを提示したわけでもない。3車種とも「イメージを引き継ぐこと」が第一の目的になってしまっているのだ。違うだろう。本当にすべきことは「いいクルマをつくること」であるはずだ。
と、息巻いて語ってしまったが、現代においてはそれもきれいごとかもな、と思う。クルマのつくりかたも昔といまではぜんぜん違うし、クルマに求められるものも昔より圧倒的に多いのだ。リバイバルという商法を提示したこと自体が、自動車販売においては新しいことだとも言われれば、それもまたしかり。また3車種の先祖を知らない人にとっては、どうでもいいことかもしれない。ただ、個人的にそのクルマを愛するということは、そのクルマの形や機能などだけではなく、クルマの生まれた背景や歴史、立ち位置、コンセプトも含めて愛することだと思っている。理屈っぽいかもしれないが、リバイバルブームにはそういう見方もある、というくらいに留めておいてもらえたらうれしい。
さて、話を本題に戻す。いろいろ蘊蓄を垂れてしまったが、500というクルマ自体の話である。500はクローズドの3ドアハッチバックとカブリオレのボディタイプがあり、エンジンは直4SOHC1.2L(FIRE)と直4DOHC 1.4L、直2SOHCの0.9Lターボ(ツインエア)、本国にはそれらに加え直4SOHC 1.3Lのディーゼルがラインナップされている。日本国内では2010年あたりから1.4Lが消え、現在は1.2Lとツインエアの2機種で販売を続けている。
グレードは「ポップ」と「ラウンジ」の2つが基本で、ラウンジにはアルミホイールやフォグランプなどが付き、若干豪華な仕様だ。でもって、500の特長としてこれを言わなければなるまい。それは「とにかく限定車が多い」こと。もうね、ほんとバカみたいに多い。日本では2008年から販売されているのだが、最初から「ラウンジSS」という特別限定ローンチモデルという限定車がお目見えする。その後も16インチアルミに赤にペイントされたブレーキキャリパーがチラリと覗くトロピカリアイエローの「スポーツSS」、アパレルブランド「DIESEL」とコラボレーションした「by DIESEL」、アイスクリームを連想させるカラーの「バニライエロー」、ショッキングピンクのボディカラーが鮮烈な「PINK!」、淡いグリーンの「HAPPY!」、何かの間違いかと思える色、チャチャチャアズールの「C VINTAGE」……と、この調子で書いていくと読むのが嫌になるくらいの量。下手すると1ヶ月に1種のスパンで限定車が出るときもあり、もう限定車ばっかりなのである。
そしてこれから紹介するのは、まさにその限定車。2011年に発売された「ポップ・ビー」だ。500の限定車はだいたい50~300台くらいの間なのだが、このホップ・ビーは50台限定の少ない方。ただハッチバックとカブリオレの2種類それぞれなので合計100台ということになる。
1.2Lのポップをベースにトロピカリアイエローとクロスオーバーブラックを組み合わせた”ハチ”カラーは、だから「BEE」なのか、それとも2色だから「BI」なのか、それともその両方なのかはよく分からんのだが、とにかくインパクト大。これを選ぶのはよほどのハチ好きかタイガースファンじゃなかろうか(もしくはポムポム……以下略)。
500の限定車は基本的に色替えで展開しているものがほとんどで、このポップ・ビーも例外ではない。あとはホイールが15インチになったくらいで、基本は1.2Lのポップがベース。乗り込んでみると、小さなボディでありながら室内はなかなか広い。ただ振り返ってみるとリアシートは狭そうだ。実際に後席へ移動して座ってみると足元はそうでもないが、傾斜したリアウィンドウもあって174cmの私では頭が擦る……。まぁ、でもこのクルマに4人フル乗車することはそうないか……な。前席の2座が快適ならそれでいい気もする。
エンジンをかけて走り出した瞬間、私はパンダ3に初めて乗ったときと同じような印象を受けた。プラットフォームは同じだし、エンジンも同じだからそう思ったのは当然かもしれないが、これまでのようなフィアットらしさをいい意味で裏切られた。私が勝手に感じていたこれまでのフィアットは、チープであっても軽快で元気がいい。まるで少年のようなすがすがしさがあった。他の欧州車より機能的に劣っていたとしても「へへん、それがどうした!」と笑い飛ばせるような魅力。そういうイメージがあった。それがパンダ1、2であり、プント1、2だったのだが、やはり時代が進むとそうはいかなくなるのだろう。こんな小さなサイズのクルマでさえ、どっしりと安定感があり、安心感がある。大人なクルマになったのだ。ただ、エンジンには元気な時代のフィアットの面影を感じる。1.2Lエンジンは非力なものの、上までよく回り走っていて気持ちがいい。デュアロジックなので通常はオートモードで大人しく走って、ちょっと気分が乗ったらマニュアルモードで上まで回して走る。小さいエンジンなので飛ばしても高が知れているが、遅くてもいいのだ。楽しささえ感じられれば。
デュアロジックも年々進化しているんだなぁと感じる。ハードよりもソフト部分が変わっているのだろうか。制御がより緻密になった気がする。変速ショックはよほどベタ踏みしない限り気にならないし、アクセル操作に気を遣うこともなくストレスもほとんど感じない。たとえば、赤信号で止まろうとしてアクセルを離し、ブレーキを踏もうとした瞬間に青になったのでブレーキを止めて再びアクセルをグッと踏み込むという難しい状況でも、ギクシャクすることなくスムーズに乗り切ったときは驚いた。思わず運転しながら「いやぁー、うまいなぁ」とつぶやいてしまったくらいだ。
わずか数時間だが、乗ってみて500が売れる理由が分かった気がする。このクルマ「輸入車に乗る」という敷居がすごく低い。まず全体的に雰囲気がオープンだ。ウェルカムだ。それはデザインのかわいらしさがいちばんの要因だけど、デザインを含め醸し出す雰囲気が、それこそ日本の軽自動車に乗るのと変わらないくらいのレベル感があり、取っ付きやすい。もちろん”ドヤ感”もない。エンジンなんか0.9Lとか1.2Lである。すごそうな感じがないから、特に女性は「これくらいなら私でも運転できる」と思うはずだし、デュアロジックも「操作はATとちょっと違うけど、まぁ、ATの親戚みたいなもんです」と言えば納得してくれる範囲の出来。これが壁になることはまずないだろう。で、実際に乗ってみてもしっかりとしたシャシーの安心感。車体のサイズにそぐわない車内の広さ(前席のみだけど)、そしてカラフルでオシャレなインパネでズキュンとハートを撃ち抜かれる。新車で200万円前後、中古車で100万前後なら手も届きやすいだろう。
と、ここまで書いていて「あれ、こういう感じ、過去のあのクルマに似てるかも」と思った。プジョー206。このクルマも500とまったく同じじゃないけど、似たような路線を進んだクルマではないだろうか。そう考えると、この先に想像をめぐらせたくもなる。
現オーナーさんやこれからオーナーになる方々、ぜひとも500を手に入れたのなら、500を愛し、フィアットを愛して欲しいと思う。そしてできるなら、このクルマのモデルになった2代目500に乗って欲しいと思う。
PHOTO & TEXT/Morita Eiichi
全長×全幅×全高/3545mm×1625mm×1515mm
ホイールベース/2300mm
車両重量/990kg
エンジン/直列4気筒SOHC 8バルブ
排気量/1240cc
最大出力/51kW(69PS)/5500rpm
最大トルク/102Nm(10.4kgm)/3000rpm
はは、うちのカミさんのことだねぇ。最初の敷居が高過ぎたけど。
へ?そうぉ?