右のバーにある「カテゴリー」の中に「vive le minorite」という文字が確認できる。その横の()内の数字がエントリー数なのだが、いつの間にか100回を越えている。東京モーターショーのレポートやアップ遅延報告なども含まれているので、実際のクルマネタはもうちょっと少ないのだけど、ほとんどはRENOさんの在庫車、販売車、ときどきお客さんからお借りしたクルマで占めている。2009年の6月から始まったコーナーだから7年くらいやってるってことか。いま振り返ると初期の原稿は読み返したくないほど恥ずかしいのだが、クルマのセレクトはなかなかのものである。1車種とて被っていないこの絶妙な選出(いや、1コくらいは被ってるか?)。ここまでよくネタが尽きずにやっているなと思うし、毎回「もうこれ以上続けられないなぁ」と思いつつ、なお続いている……。
これはとにもかくにもすずきさんの努力によるものだし、ほとんどの、いやすべての選ばれたクルマは、何かしらの魅力を備えており、その魅力が「欲しいなぁ」と思わせる要素のひとつになっている。それらは俗に言う「刺さったクルマ」という意味なのだが、今回のプジョー207はこの7年ちょいの歳月の中で初めて「刺さらないクルマ」になるかもしれない。まぁ、表には出してないけど、このコーナーの裏のコンセプトは「売らんがための記事にしない」という考え方なので、そういう意味では刺さらないクルマがたまにあってもいいのかもしれない。
と、まぁ、不穏な文言で書き始めたのだが、その真意はもうちょっと後にして。まずはプジョー207の概要について述べようと思う。
プジョー207は大ヒットした205、206に続くモデルで2006年に発表された。ベースとなる「プラットフォーム1」は、シトロエンC2やC3と同様だが、207は同じプラットフォームを使っているとは思えないほど大きい。C3と比較しても、207は全長で180mm、ホイールベースは80mmも長い。全長は306と同等で全幅は65mmも広いから、206の後継車というより306の後継と言っても違和感がないくらいだ。エンジンはガソリン3種類、ディーゼル3種類で6つとも直列4気筒の1.4Lと1.6L。これらはすべてPSA製のエンジンなのだが、2006年中にBMWと共同開発した直噴エンジンに取って代わることになる。日本に導入されたのは、その翌年の2007年。3月にスポーティーモデルである「GT(1.6Lターボ/5MT/150ps)」が導入され、5月から「ベースグレート(1.6L/4AT/120ps)」とラグジュアリーバージョンの「シエロ(1.6L/4AT/120ps)」が入ってきた。その後オープンモデルの「CC」、175psの「GTi」、ワゴンの「SW」、1.4Lの「スタイル」など、続々とグレードが追加され、充実の“207ファミリー”が形成された。
今回乗ることができたのは、ベースグレードにHDDナビゲーションを標準装備した特別仕様車「ナビプラス」。2008年の「RJCカー・オブ・ザ・イヤー」受賞を記念して発売されたモデルで、限定600台だという(CCのナビプラスは250台)。
207を間近で見てみると、サイズ通りのボリュームがある。そして、この押しの強いデザイン。率直な感想は「206と逆だなぁ」である。206がヒットした理由は、時代のニーズや景気のような外的な環境要素を抜きにしたとして「デザイン」、「コンパクト」、「安い」の3つだと思っている。デザインは好みの問題もあるので、優劣は一概に決められないが、206は自社デザインながらもどことなくピニンファリーナの香りが残っていた。プジョーっぽさをしっかり表現しながら、ちょっと控えめなところが(特に女性には)ウケたのではないか。しかし、207はそこから一転し、過剰と思えるデザインである。“ピニン臭”は皆無となり、大きく吊り上がりすぎたヘッドランプ、大きなライオンのエンブレム、そしてこれまた大きなグリルとエアダム。ダメ押しでこのサイズである。一般的な日本人の感覚として「いや、欲しいのはこういう感じじゃないんだけど……」と戸惑ったに違いない。206が世界市場で累計販売台数700万台を記録したのに対し、207は200万台。販売期間が違うから同列には並べられないが、206のように「ヒットした!」とは言い難いのではないか。
価格も206のベースグレードである「XT」が165万円なのに対し、207のベースグレードは239万円。こちらも同列で語ることができないが、最終的には1.4Lモデルを導入し、189万円まで値を下げる戦略を取った意味は容易に想像できるだろう。
ドアを開けて乗り込んでみる。最初に感じたのは、ずいぶん大柄なシートになったな、ということ。206のシートは小振りだった。それに対し、207のシートは臀部と背中をしっかりと支えてくれる感触がある。ただ、シートクッションの感触は206のようなしっとりさはなく、ドイツ車っぽい硬質な感じがした。ドアを閉めて走り出しても、206よりも1ランク、2ランク上の剛性感があり、安心感は増した。一方、足回りについては“猫足”と呼ばれたプジョーらしさがない。猫足といえば、私は306がその代表格だと思っていて、306を基準として考えるなら、207の足回りはもうまったく違う。ストローク感があり、しなやかに衝撃をいなしていた感触はなく、どちらかというとフラット感を強調したような印象だ。おそらくこれはボディ剛性とも大いに関係があるだろうし、これがプジョーの考える現代的な足回りのつくり方なのだろう。ドイツ車ほどではないにしろ、やはりここにもドイツ車がつくりあげたグローバルな基準を感じる。
そしてもっとも戸惑ったのがエンジンのフィーリングだ。ゼロ発進から踏み込むと、急激にトルクが立ち上がり、一瞬首を後ろに持っていかれる。レスポンスがいい。低速域のトルクが豊か。そう表現もできるだろう。しかし、私はこの味付けがどうにも不自然でならない。マニュアルモードにして2速で引っ張ってみても、エンジンはガサガサと不快な音を立てるだけで、気持ちの良い加速感が得られない。トルクとパワーがアンバランスで、トルクばっかり重視したエンジンみたいだ。もうちょっと大げさに言ってしまうと、まるで「スイッチ」のような感じ。踏んでON、離してOFF、その2つしかないみたいな印象を受けた。そんなエンジンに組み合わされるのが、以前から評判のよくない自社製トランスミッション「AL4」である。「ミニはアイシン製の6速ATを使っているのに……」という意見も、207になって変速プログラムが大幅に向上していれば「4速でも充分だね!」なんて言えるのだろうけど、実際は大して向上していないように感じるから、結局イメージはそのままである。圧倒的に不快、というわけではない。が、意図通りの変速ができているとも思えない。学習機能がしっかり働くくらい、長時間乗っていれば変わってくるのだろうか。
207に乗った印象を一言でいうと「特に悪いところはないが、おもしろくもない」に尽きる。性能が劣っているわけではないし、各部のクオリティが悪いというわけでもないと思う。そう感じるのは私が306、206、106あたりの2世代前(現行が308、208と考えると、ね)を基準にして考えているからだろう。そしてもっと根源的な部分として、昨今のPSAの方向性に共感できない、ということもある。
その最初は207が発表されたときのこと。プジョーの屋台骨を支えるコンパクトカーの新しいエンジン(ガソリン)に、BMWと共同で開発したものが載る、と聞いた瞬間である。そこで私は何を思ったか? 「あれ? フランスのカーメーカーってドイツ車をいちばんのライバルとして捉えていたんじゃなかったっけ? それなのに差別化を図れる(いや、図るべき)エンジンを共同でつくるって?」。
当時のCEOであったフレデリック・サンジュール氏はこう言っている。
「小さなエンジンをつくるにあたり、私たちは高性能で経済的なエンジンが必要でした。それがたまたまBMWのミニにとっても同じだったのです。両者の目指す方向が似ていたこともあり、2002年くらいからコンタクトを取っていました。どちらから歩み寄ったということはなく、お互いに」。
欧州ではコンパクトカーのエンジンはディーゼルが主流になってきており、ガソリンエンジンはサブ的な存在になっている。だからこそ、最小限の投資で性能のいいエンジンをつくりたいと思うのは当然の流れかもしれない。その結果、BMWといっしょに1.4Lから1.6L(ターボも含め)の4種類のガソリンエンジンが開発されたのだ。
では、主流となるディーゼルエンジンが自社製かといえばそうでもなく、パートナーとしてフォードを選んでいる。エンジン以外でいえば、プジョー4007は三菱のアウトランダーだし、プジョーiOnはi-MiEV、107はトヨタとの提携でチェコの工場でつくっている。CEOの考え方はそれぞれのクルマに対し、専門家とも言えるメーカーを選んでパートナーを組めばいい。そうしたほうが開発費用を抑え、能率的にラインナップを広げることができる、と。たしかに合理的な考えだ。でも、でも。何か納得がいかない。
この考え方は、おそらく現代的で先進的なのだろう。フランス車の味とか雰囲気とか、そういうことをこの時代になっても求めるってのは、大変遅れているんだろう。でもね、でもね。そもそもクルマづくりの専門家であるあなたたちが、他にもっと専門的にやっているメーカーがいるからって、そこに付け入ったり、クルマの心臓であるエンジンまでも「合理化」という名のもと、ライバルと想定しているメーカーといっしょにつくるってのは、私には到底受け入れがたい考え方だ。
クルマを開発するのには相当なコストと時間がかかるのは理解できる。特にエンジンの開発はその最たるものだろう。だから大きなカーメーカーは気合いを入れてエンジンを開発していると思うし、そう思いたい。でも、実際は“共同開発”と謳い丸投げ、とまでは言わないけど、半投げ状態にしちゃうのはどうなんだろうか。クルマを選ぶのに「やっぱ○○社のエンジンは、このフィーリングがあるからいいんだよね!」とか言いながら選びたいじゃないか。選びたい、というか、そこに重きを置かなかったら、ぶっちゃけ内燃機関でなくてもいいって話になる。まぁ、そういう時代だ、と言われてしまえばその通りなのだが。かつてはシトロエンも自社エンジンの更新ができず、プジョー製のエンジンを積んだこともあるし、SMなんかもマセラティからエンジンを調達していた(シトロエンはもともとエンジンにそれほど固執してなかったせいもあるが)。ロータスもそういうきらいがあって、ローバーのK型とかトヨタのエンジンを載っけちゃったりしている。向こうの方はそういうことに抵抗はないのかなぁ……。
とにかく、そのような考え方でクルマづくりをするから、207のような「フランス車らしさ」「プジョーらしさ」を感じられない製品ができあがってくるのではないか、と思ってしまう。この現代において、提携ビジネスなしでは生きていけないのかもしれない。ラインナップを補完するような車種で行うならまだ理解できる。しかし、プジョーを代表する車種で堂々とやられちゃうと何だか「うーん」である。そこかしこにプジョーの個性が表現できていれば、提携アレルギーも収まりそうなものの、実際そう感じなかったから、その嫌悪感はますます強まるばかりである。
翻って。それならフランス臭がしつこいほど漂うクルマがグローバルに受け入れられるのか? と問われれば、これまた答えに窮する。グローバルで受け入れられるクルマをつくるためには、ある程度フランス臭を抑えたつくりが必要、という考え方もあるだろう。それを素直に解釈して形にしたのが207辺りからそれ以降のPSA車であるように感じる。
でもなぁ……。そう好意的に解釈しても、グローバルスタンダードがドイツ車だから、そのフォロワーになろうとしてるように思えるのは私だけか。その点、ルノーは各社と提携しつつも、ルノーらしさを堅持しているメーカーのように思える。
製品としては、現代のクルマとして必要とされる性能を充分満たしているし、私が先述したネガティブな要素も、好みの範疇を脱しない。昔のプジョー車を知らずに、初めて207に乗れば「ああ、これがプジョーってクルマなんだ」と思うはずだ。しかし「ここが他のクルマにはないから、ここがとても魅力的だから、207はすばらしい」という方向にはまるっきり向かないのだ。「え? よりによってBMW? え、フォ、フォード? 三菱? トヨタ?(フィアットは……まぁ、ちょっとは分かるけど)」なんてのが頭にこびりついているから、色眼鏡で見ているのかもしれない。
ただ、これは単なる回顧主義ではない。他にはない長所があり、短所もある。だからそのクルマは魅力的になるのだ。どれもが平均点で、文句をつけようがない代わりに、特筆すべき魅力もないようでは、いったい何に注目してクルマを選べばいいのか? それが値段だったり、故障のしにくさだったりするのであれば、私はさっさと国産車を選ぶ。
207よ、いやPSAよ。わざわざあなたを選ぶ理由を与えてほしい。
PHOTO & TEXT/Morita Eiichi
全長×全幅×全高/4030mm×1750mm×1470mm
ホイールベース/2540mm
車両重量/1250kg
エンジン/水冷直列4気筒DOHC16V
排気量/1598cc
最大出力/88kW(120PS)/6000rpm
最大トルク/160Nm(16.3kgm)/4250rpm
刺さらないからイカンとか、そう言うのでもないと思うのですよ。
そういうのは、僕ら好事家がそう思うだけであって、世間一般の皆様には、きっと、丁度いいのかも知れない。
207は、街中だと、そのフツーさと、トルクでがばっとなに辟易しがちかも知れない。
でも、そのトルク感が、よー走ると好印象になるかもしれぬ。
で、所有して、高速道路どかーんと長距離いいペースで爆走すると、結構いい。
うん、意外とイイのすよ、高速道路。
そういうところと、普遍性の外側の閾値辺りなトコ、狙いうちなら・・・
噂を信じちゃイケナイよっ♪