現代において、あまりにも広義に使われる「スポーツ」という言葉。そもそもスポーツとはなんだろうか。
辞書をめくると「スポーツ【sports】 楽しみを求めたり、勝敗を競ったりする目的で行われる身体運動の総称。陸上競技・水上競技・球技・格闘技などの競技スポーツのほか、レクリエーションとして行われるものも含む(大辞泉)」とある。読んでみるとたしかにその通りだが、もっと簡潔に、もっとしっくりと来る言い方はないものだろうか。
スパイダーの出自を説明するためには、まずルノーが取り組んでいたモータースポーツ推奨活動「プロモシオン・スポルティブ」の説明をしなければならない。プロモシオン・スポルティブは、R8ゴルディーニの時代から活動してきた取り組みで、その活動によるレースイベントは世界中で年間150戦にも及んだ。「フォーミュラ・キャンパス」、「フォーミュラ・ルノー」は、ターマックレースの頂点であるF1をめざすドライバーのために開かれ、当時のF3、F3000へと続くステップとなり得るレースイベント。一方、趣味としてモータースポーツを楽しむ人たちに向けたイベントとしては、それぞれの時代で発売された市販モデル(スポーツバージョン)によるワンメイクレースが行われた。「スパイダー・トロフィー」も、この楽しむためのモータースポーツに属する。つまりスパイダーはこのようなワンメイクレースのために新しくつくられたクルマなのだ(もちろん、そのためだけではないだろうが)。スパイダー・トロフィーは、F1の前座レースとして開催され、大いに盛り上がったと聞く。モータースポーツ文化を育てるとともに、クルマを通じた人と人とのコミュニケーションをも醸成しようとしたルノーのプロモシオン・スポルティブ。その歴史と意義の深さを実感せずにはいられないし、そのおかげでこのような魅力的なクルマが登場したのだから大いに喜ぶべきである。
振り返ってみれば、もう15年も経つのか。1997年に生産されたルノースポール初の市販車。それはルノーのモータースポーツ部門ならではのプロポーションを備えていた。初めて見たときは、本当に驚いた。大衆車メーカーであるルノーが、こんなとんがったクルマを本当に市販するんだ、と。
プロジェクトのコンセプトは「2人乗りのシングルシーター」。実際は2人乗りだが、ドライブフィールはシングルシーターのクルマをつくろう、というのだ。ボディタイプはロードスターとなり、生産性・サービス性の両面からシンプルな構造にすることが決定した。当然、コストを考えれば量産パーツもできるだけ活用したい。エンジンはクリオ・ウィリアムズ用に開発され、メガーヌ16Vにも積まれる2.0リッター16バルブを流用。それをギアボックスもろともミッドに積んだ。アルピーヌA610のブレーキを組み合わせ、センターメーターにはトゥインゴのものを持ってきた(一説によるとスパイダー用のメーターは百の位が2になっているらしい。トゥインゴは当然1)。しかし、シャシーだけはゼロから設計した。アルミ製スペースフレームは、ヨーロッパ有数のアルミメーカーである「ハイドロ・アルミニウム(ノルウェー)」と共同開発。メインフレームとサブフレームは3mm厚の角断面チューブを採用。さらにサスペンションのブッシュ類はラバーではなく、ピロボール・ジョイントを使い、前後ともにフォーミュラカーのようにプッシュロッド方式のダブルウィッシュボーン。フロントは全高を抑えるためにコイルとダンバーを水平に寝かせ、リアも同じようにダブルトレーリングリンクとも言える変則的な形式になっている。
皆さんはスポーティーカー、スポーツカー、レーシングカーという3つをどのようにカテゴライズしているだろうか。個人的には、スポーティーカーは既存のシャシーにエンジンや足回りなど、スポーティーな仕様のものを組み合わせたモデル(プジョー106 S16やルノールーテシアRSなど)、スポーツカーはそれ専用のシャシーを持ち、スポーツ走行を前提につくられたモデル(エリーゼ、スーパーセブンなど)、レーシングカーはサーキットで勝負するためのモデルで、公道走行はできない。といった感じだろうか。この法則に当てはまると、スパイダーはまぎれもなく純粋なスポーツカーであると言える。なぜスポーティーカーとスポーツカーを分けるポイントが専用のシャシーの有無なのか。シャシーは人間でいう骨格のようなもので、エンジン、サスペンションなど走りの質を左右するものはすべてシャシーに取り付けられるからである。いくら高性能のエンジンやサスペンションを用意しても、取り付けの剛性やディメンジョンに不足があれば、バランスの悪いクルマになってしまう。骨格が脆ければ、いくら鍛えても優秀なスポーツ選手になれないのと同じように。
7月2日は暑かった。いまとなっては最高気温をどんどん更新しているが、その日も今年の最高気温を記録した日だった。31.9℃。充分暑いと言える数字だ。
こんな日の午後に屋根もない、エアコンもない、ヒーターもない(あっても使わないが)、ブロアファンもない、しかも背中にあるバルクヘッドの向こうにラジエターを背負う格好となるスパイダーを駆り出すのは、どうにかなってしまうと思ったのだが、それ以上に乗りたい欲求が上回った。きっとスポーツカーが好きな人は皆そうだろうと思う。暑い(だろう)けど、乗りたいのだ。
しかも僕の立てたプランは、東名阪自動車道で四日市ICまで行き、そこから国道477号線を走って鈴鹿スカイラインを走ろうと。これまた正常な感覚を持った人なら「何もそこまで行かなくても」と思うに違いない。うむ、たしかに。でも、暑い(だろう)けど、コイツで走りたいのだ。
目の前にあるブルーのスパイダーは1997年に新規登録。当時のインポーターであるフランスモータースが正規輸入を始める前に並行で輸入された個体だ(正規がない頃なので、並行という言葉を使うのもどうかと思うが)。
キーを捻るとエンジンはすぐに目覚め、大きめの振動と音が体全体を包んだ。これこれ。やる気にさせる雰囲気に思わずニヤリ。走り出してみると、低速域のトルクも豊かであんがい走りやすい。下はスカスカ、でも回すと元気、という古典的なスポーツカー用のエンジンを想像していた僕は少し肩すかし。ポンポンと4速までシフトアップ。低回転でトロトロ走ってもそれなりに走れてしまうのだ。
名古屋西ICから東名阪自動車道へ。一気にアクセルを踏み込むと、ドンと背中を押されたように加速し、ビリビリとしびれる振動が勢いを増す。ギアレシオは3.364と低めなので、1速で引っ張るとリミットである6800rpmに達するのはあっという間。すぐに2速、3速にシフトアップしても、シートに押し付けられるような加速は続く。車線変更で少しだけハンドルを切ると、そのダイレクト感にうっとりとしてしまう。センター付近のアソビが極端に少なく、ロックトゥロック2.5回転のクイックさと、低重心がもたらすハンドリングは、レーシングカートのそれを似ている。FFノンパワステの粘るような重さはあまり好きになれないが、スパイダーのノンパワステは重いけど、スパッと切れる。ただの車線変更がこんなに楽しいとは。
しかし、その一方で不満というほどではないが、想像とはちょっと違った印象も持った。エンジンのまわり方は良く言えばワイルド、悪く言えば少し粗野な感じがする。なめらかに、スムーズに、というよりも、トルクを伴いながら、ドカドカ回っていく印象。それに軽快さがあまり感じられないこと。たしかに絶対値として930kgは軽めではあるが、この手のないない尽くしのクルマとしては少し重い。同時期に発売されたロータス・エリーゼは700kg台である。あと、なんでこんなにブレーキが効かないのか。踏み代が大きいので、踏み抜こうとした最後の最後でようやく足応えを感じるくらいだ。その足応えもスポンジ―でカチッとしていない。制動力も不足していて、本気で効かせようとしたら相当な気合いで踏みつける必要がある。
すずきさんが言っていた。「ある人から聞いた話なんだけど、スパイダーのブレーキは、止まるためにあるのではなく、スピードを落とすためにあるんだってさ」。なるほど。そう考えればいいのか。
四日市ICを下り、いよいよ鈴鹿スカイラインへ。三重県側からのアプローチはコーナーに減速帯があり、あまり快適に走れないが、それでも横Gに耐え、縦Gで内蔵が押し付けられ、思い切りブレーキペダルを踏み抜き、緊張し、安堵し、また緊張し……。そんなことを繰り返していたら、峠に出た。
峠にある駐車場でクルマを下りた。涼しい風が頬をなでた瞬間、思い出した。「あれ、あんまり暑いって思わなかったな」。人間の感覚というのは、いい加減で騙されやすいものだ。それだけクルマを操ることに夢中になっていたのだろう。エアコンが付いていて、それが壊れているクルマに乗ると暑さが倍増するが、同じ環境ではじめからエアコンのない割り切ったクルマに乗ると、もちろん暑いのだが、腹立たしい暑さは感じない。涼しいのが当たり前のクルマと、暑いのが当たり前のクルマ。要はそれらに向き合うときの意識の違いだ。
「へぇ、不思議なもんだな」と思いながら、再びスパイダーに乗り、今度は滋賀県側へ下りる。下りがメインのルートは、三重県側よりも走りやすく、おもしろみがある。走りながら気づいたのは、スパイダーはミドシップであってもコーナーリングの感覚はミドシップらしくないこと。エリーゼやMGFに乗ったときに感じた背中の後あたりを軸にクルッと回る感覚に乏しいのだ。ただ、これもこのクルマのネガにはなり得ない。ただの個性なのだと思う。
スポーツとは、汗をかき、爽快な余韻と疲れを残す身体運動である。
スパイダーは峠レベルのスピードと僕程度のテクニックでは、フロント・リアともにブレイクする兆しも見せずに、オンザレール感覚でコーナーを駆け抜けていく。横Gに耐え、縦Gで内蔵が押し付けられ、思い切りブレーキペダルを踏み抜き、緊張し、安堵し、また緊張し……。こんな繰り返しがなぜ楽しいんだろう。そんなことを頭の片隅で考えながら、下りの傾斜が緩くなってきた場所でUターンし、再び峠をめざす。
峠に戻り、2度目の休憩。額の汗を拭い、ふぅ……と息を吐く。汗で湿ったグローブは外しにくく、1本ずつ指から分離させていたときに思いついた。そう、スポーツとは何か、自分なりの定義が。
「スポーツとは、汗をかき、爽快な余韻と疲れを残す身体運動である」。
テニスやサッカー、その他の競技に比べて大して身体は動かしてないかもしれない。でも、同じように汗をかき、疲れもする。人間そのものがスポーツをするのではなく、人間がクルマを操ってスポーツをするのがモータースポーツ。見た目には分かりにくいかもしれないけど、やっぱりれっきとしたスポーツなのだ。
四日市ICに戻り、東名阪自動車道で帰路につく。7月2日は暑かった。その日記録した今年の最高気温31.9℃。でも、そんな気温も暑いと感じなかったのは、スパイダーというクルマがそれ以上に僕を熱くさせてくれたから、なのかもしれない(はい、ここでうまいこと言ったドヤ顔!)。
PHOTO & TEXT/Morita Eiichi
1997y RENAULT Sport Spider
全長×全幅×全高/3785mm×1830mm×1220mm
ホイールベース/2343mm
車両重量/930kg
エンジン/水冷直列4気筒DOHC
排気量/1998cc
最大出力/110kW(150PS)/6000rpm
最大トルク/189Nm(19.3kgm)/4500rpm