旧車はいい。現代のクルマにはない魅力を持っている。古いのに、いまとなってはその価値は新しい。エアコン、パワステ、パワーウィンドウなし。当然キャブ! メカの塊は電子制御なんていうバイアスを通さず、その質感をダイレクトに人へ伝えてくれる。しかし、現代おいてその魅力的な価値を味わうためには、当然それなりの“何か”が必要だ。それは心の余裕か、お金の余裕か、それとも惜しみない愛情か?
50年の歴史。
ルノー・キャトルは、あまりにも語ることが多すぎてその内容を考えているだけでちょっとしたパニックになる。さぁ、何から話そう……と言っているうちに時間は経ち、ついに4月を迎えてしまった……。キャトルは1961年から1992年までの32年間も生産されつづけ、約835万台も世に送り出されたクルマ。そりゃ語るべきことも多いわな。というわけで事細かに書いていたら読むのもつらくなるので、まずは簡単にキャトルの成り立ちと歩んできた道のりをご紹介しよう。
1958年、国民的実用車・シトロエン2CVをライバルに見据え「プロジェクト350」という名称で開発がスタートした。2CVを徹底的に研究しながら、すでに世界的なヒットを記録した4CVを継承する重大な任務を背負ったキャトル。失敗は許されない状況だったが、ルノーは初のFFハッチバックに挑戦した。4CVをはじめとした多くの車種は当時RR、さらにその前の時代はFRのレイアウトを取っていたから、これはルノーにとって大きな変化と言える。ただFF化はけっこう安易な方法で行われた。それは4CVのエンジンレイアウトのままフロントに持って行ったのだ。これならコストも安く、開発期間も短くて済む。
さまざまなテストを繰り返し、1961年8月から生産がスタート。4CVの生産ラインをキャトル用に修正して製造され、ついに10月、パリサロンでデビュー。そのデビューは大々的なもので、集団走行によるパブリシティも行われた。モンテリ・サーキットに集まったのは200台のキャトル! そこから行列をなしてパリをめざしたという。
初期のキャトルは747cc(同時に603ccの廉価版であるR3(トロワ)も1962年に発売されたが、わずか1年で生産中止になってしまう)。この小さく、経済的で実用性の高いクルマは庶民に受け入れられ、ルノーは大衆車市場の地盤を固めることになった。その後、ドーフィンに積まれる845ccのエンジンが採用され、さらに1108ccに拡大。1986年にフランス本国生産が終わった後も製造拠点をスペインに移し、世界100カ国以上に輸出された。種類もキャンバストップやカブリオレ(プレネールという名前だけど、おそらくルノー製ではない)、大きな荷室をつけたもの(フルゴネット)や4WDなどがあった。さらに細かく言えばサファリというアウトドアっぽいものやパリジャン、クランという限定車や特別仕様車など、枚挙に暇がない。また大衆車という枠組みを超えてモータースポーツの世界にも進出。デビューの翌年にはモンテカルロラリーに参戦し、1979年には「Sinpar」という4WDモデルでパリ・ダカールラリーにも出場している。さらに1990年代になるとグループAのホモロゲーションまで取得し、WRC(コルシカ)にもエントリーしていることは案外知られていないかもしれない。
日本ではどうか。850cc時代に左ハンドルで並行輸入されたが(一部、イギリス向けと思われる右ハンドルもあった)、詳細は不明。なんせ並行も正規もなかった時代だったので……。1108ccになってからは、GTLがキャピタル企業によって正規輸入された。しかしフランス本国生産が終了するとともに日本での販売も終了。その後、スペイン生産のものがベルギー仕様やドイツ仕様などとなって数百台が日本へ上陸している。そして最後はサバーニュという限定車が出て新車販売は終了した。サバーニュはモロッコ向けと思われる砂漠仕様。エアフィルターが二重になっていて、リアにスタビライザーを装着。内装が普通のGTLとちょっと違っていたようだ。そういうモデルに日本で専用のステッカーを貼ったと思われるものが、最終限定車として日本で販売されたのだ(「なんだ、それは」と思わずツッコミの声が聞こえてきそうだが、それくらいよくわからんモデルなのである。詳細をご存じの方は情報ください)。
とにかく32年間、約835万台も生産されたクルマなので、細かい内容はすべて追えない。でも、いまとなってはいろいろと違いはあれど、キャトルはキャトルである。
そんなこんなで、キャトルは大きなモデルチェンジなしの量産車として、T型フォード、VWビートルに次ぐ史上3位の生産台数なんだとか。ルノーはキャトルの成功とその優れた基本設計を基礎にして、その後のR6(シス)、R5(サンク・通称“縦サンク”)へ受け継がれていく。
今年2011年はキャトル誕生から50周年の年にあたる。いまのところ全国的なイベントなどは予定されていないが、地域によってはキャトルオーナーたちが小さなイベントを開いて祝福しているようだ。本国では限定車が出る!? という噂もあったりなかったり……。
キャトルは旧車といえば、たしかに旧車だが、それほど古くないといえば、古くない。基本設計は1960年代初期だから、旧車の域。しかし、今回試乗させてもらったキャトルは、1989年モデル。旧車と呼ぶにはまだ新しい何とも不思議な感覚だ。
チョークを引いてキーを捻ると、1108ccOHVエンジンは勢いよく目を覚ました。しばらく暖機してチョークを少しずつ戻し、完全に戻しきってもストールしないのを確認すると、私は早朝の街中を走りだした。スペック上は34ps/7.5kgmととても遅そうに見えるのだが、じっさいに乗ってみるとあんがい速く、乗りやすい。そもそも重量が720kgしかないし、パワー・トルクともに発生回転数が低いのもそう感じさせる理由かもしれない。それとキャブによるレスポンスの良さには驚かさせる。アクセルペダルにちょっと足を乗せただけで「グワンッ」と吹け上がるのはレーシーですらある。OHVはあまり回らない印象を持っていたが、そんなことはぜんぜんない。むしろ積極的によく回るエンジンだと思う。
ギアは4速なのでワイドレシオ。街中でゆっくり流す程度なら3速までで事足りる。シフトチェンジは2CVと同じくダッシュパネルからニョキッと生えているノブを操作するのだが、2CVのように変則パターンではなく、通常のHパターンなのでそれほど戸惑うことはない。むしろ慣れてくると独特の感触が楽しくなってくる。RRレイアウトのものを90度回転させ、縦置きにしたことでギアボックスはエンジンの前に来ている。そのため、シフトリンクはダッシュパネルからバルクヘッドを貫通し、エンジンの真上を通ってギアボックスにつながっている。この長いシフトリンクが独特の感触を伝えてくれるのかもしれない。
それにしてもこの振動と音は現代のクルマに乗り慣れている人だと耐えがたいかもしれない。アイドリングでは車体全体が震えるようにブルブルするし、エンジンは上まで引っ張ると相当うるさい。あと、倍力装置のついていないブレーキは当然、思い切り踏まないと効いてくれない。前のクルマが急ブレーキを踏んだときは、一瞬ひやっとする。車間距離をしっかり空けて運転したほうが良さそうだ。
足回りは2CVのような凝ったサスペンション形式を持たず、フロントはトーションバースプリングによるダブルウィッシュボーン、リアは同じくトーションバースプリングで支えられたフルトレーリングアーム。特にユニークなのはリア。トーションバーは2本使っているのだが、上下方向に配置すると室内空間が圧迫されるという理由で前後方向に配置。その結果、左右のホイールベースが50mmほどズレてしまっている。「まぁ、FFだし、実用車だし、50mmくらい違ってもいいんじゃね?」と割り切ったのだろうか。じっさいに左右どちらに曲がっても違和感はない。乗り心地は2CVはフワフワと軽い印象なのに対し、キャトルには軽い感触はない。やわらかいのだが、しっとりとした湿度を感じる。どこまでもロールしていきそうな感じがするのだけど、タウンスピードではタイヤが地面を放すことなく、しっかりの粘ってくれるから不安はない。ステアリングももちろんアシストはないが、軽い車体と細いタイヤで車庫入れもまったく苦にならない。
早朝の街中はクルマが少ないこともあって、キャトルをスイスイと走らせることができた。唯一、不安のあったブレーキの性能も、しばらくすれば速度にあった踏力をかけるようになる。1時間も乗ればすぐに慣れてしまうレベル。初期のキャトルは全輪ドラムだから、それに比べればまだいいほうだ。音とか振動とか、現代のクルマと比較して不満点を細かく挙げたらたくさん出てくる。でも基本設計は1960年代のものなのに、それがいまもこうやって街中を普通に走ることができることを考えれば、そういう不満もかわいく思えてくるではないか。キャトルに乗るのに必要なのは、ドライビングスキルでも運転経験でもない。要るのは、心の余裕だ。
いやいや「心の余裕が必要」というより、そもそもキャトルはキャトルを愛することができる人が選んで乗っているはずだ。試乗させてもらったキャトルも全塗装され(どうやら室内まで塗装されている様子!)、点火系もセミトラに変更されている。撮影用に用意してもらったターコイズブルーのキャトルに至っては、全塗装に加え、純正キャンバストップだけでなく、シートとドアトリムの張り替えまでされているという徹底ぶり(安いキャトルがもう一台買えそうなくらいお金かけてる)。ここまでしてもらえたキャトルは幸せモノだなぁ、と思う。
当たり前のことだけど、新しいクルマはやがて古くなり、古いクルマもさらに古くなる。古くなれば、供給されるパーツも徐々に少なくなり、経年による対応箇所も増えてくる。つまり古いクルマを長く乗りつづけるためには、それなりの「愛」が必要なのだ。やるべきことをやらず、放っておけば当然不具合を起し、最悪の場合は乗れなくなってしまう。オーナーの愛情不足でスクラップにされてしまったクルマはきっと数えきれないくらいあるだろう。当たり前を連発するけど、現代のクルマではもはや味わえない魅力を得るためには、それなりの愛情が必要なのだ。
50年前、いちばん最初にラインオフしたキャトルはまだこの世に現存するのだろうか。そして日本にいるキャトルは、これから何年生き永らえることができるだろうか。現オーナーの皆さん、そして次にオーナーになられる皆さんにはぜひとも大切に乗っていただきたいと思う。「言われなくてもそうするよ!」という抗議なら大歓迎だ。
TEXT&PHOTO/Morita Eiichi
1989y Renault 4 GTL
全長×全幅×全高/3668mm×1509mm×1550mm
ホイールベース/2443mm(右)、2395mm(左)
車両重量/720kg
エンジン/水冷直列4気筒OHV
排気量/1108cc
最大出力/25kW(34PS)/4000rpm
最大トルク/74Nm(7.5kgm)/2500rpm
こんにちわ。
ブログを拝見しました。
キャトルの生い立ちからソウルまで詳しく書かれている記事に感心しました。
そこでお願いがあるのですが、うちのWEBサイトで売りに出しているキャトルを紹介するのに、こちらのブログをリンクさせてもらえませんか?
売り出しているキャトルは、オーナーさんが毎日の通勤に耐えられないと判断されて手放されることになったのです。しかし可愛がってくれる人に乗り継いで欲しいとの希望で、委託販売としてお預かりするとこになりました。
ぜひキャトルの魅力を楽しんで貰える人に巡りあいたいのです。
ご承諾、よろしくお願いします。
欧州最強自動車
萩野 潔
お世話になります。
リンクいただくのはご自由にどうぞです。
キャトルなんか一通りやってあれば、足にガツガツ使えるんですけどね・・・
やってないならやればいいと思いますよ。
それか、相当宿題溜まってますかねぇ・・・ http://j.mp/KaLcXJ