「知足」という言葉をご存知だろうか。これは『老子』の「足るを知る者は富む」からきた言葉で、簡単に言えば「満足することを知っている者は、たとえ貧しくても精神的に豊かである」という趣意だ。シェークスピアの『オセロ』にも「Poor and content is rich and rich enough.(貧しくても満足していれば充分に豊かだ)」というセリフが出てくる。人の欲望にはきりがない。それゆえに多くを求めず「これで充分だ」と思える人は賢く、慎ましやかだと思う。これだけモノがあふれた現代だからこそ。
今回、ディーラー車であるとトゥインゴと並行車であるクリオを試乗する機会に恵まれた。ともに1.2リッターの小さなエンジンを積んでおり、この2台を比較することで見えてきたことをお伝えしようというのが狙いだ。
とはいえ、小排気量化はこの環境時代において一種のトレンドだ。VWやBMWなどある車種では小排気量にしてCo2排出量を抑えつつ、燃費にも貢献し、足りないパワーはターボで補うという手法をすでに採っている。ただ、今回の2台は過給器のない“素”の1.2リッターである。「そんなアシストもない1.2リッターが本当に使えるのか?」。その真偽も狙いのひとつだったりする。
トゥインゴも大人になりました。
最初に登場してもらうのは、トゥインゴ。’93年にデビューした初代トゥインゴが、14年ぶりにフルモデルチェンジを果たした2代目となる。初代は累計240万台という販売台数を記録し、世界的にヒット。日本では’95年から導入され、左ハンドルのみの設定だったにもかかわらず、96年には年間1,550台を販売したから大したものだ。キュートなスタイリング、小さくも実用的なパッケージ、150万円を切る価格設定がヒットの理由だろう。当時、輸入車雑誌の編集をしていた私も初試乗のとき、あのかわいらしさにヤラれ、乗り込んでみればサイズ以上に広く、そして小ぶりながらもしっとりとしたシートの感触に驚いたクチだ。
さて、そんなトゥインゴが14年の歳月を経て、ちょっと大人になって帰ってきた。初代のかわいらしさは影を潜め、精悍な顔つきになった。初代の名残はドアハンドルくらいか。ボディもひと回り大きくなったが、まだまだ充分にコンパクト。ドアを開けてみると、あの雲柄のファンシーなシートではなく、ずいぶん普通になったグレー。しかし、シート中央に走る四角い模様やオレンジのステッチがさりげないオシャレ感を演出している。リアシートは初代よりも進化していて、左右が独立してスライド、リクライニングできる機能を持つ。いちばん後ろまでスライドさせれば、身長175cmの私でも充分にゆったりできる。
「クイックシフト5」を楽しめるか?
エンジンをかけてスタート。電動パワステのおそろしく軽いステアリングを切り、市街地に出ると、1.2リッターだけにトルクは薄い。しかし、3,000rpm以上の速度域になると、それなりに走るから1.2リッターであることを忘れるくらいだ。そうそう、試乗車は「クイックシフト5」という2ペダルのロボタイズドMTで、MTの構造でありながらクラッチ操作と変速が電子制御される。最初はオートマチックモードで運転していたのだが、やはり変速のタイミングには遅さを感じる。このエンジン、シングルカムながらよく回るので、余計にその遅さのギャップにイライラしてしまう。「ウォ~ン!」と元気よく回ってくれるのに、シフトアップのときだけ急に間があくので、思わず「オットット……」となってしまうのだ。しかし、それも慣れの範疇。アクセルを床まで踏みつけて加速しなければ、そんな感覚はなくなり、シフトアップ/ダウンのときにうまいことアクセルを抜いてやれば、けっこうスムーズに走ってくれる。先代ルーテシアのクイックシフト5は、アクセルを踏み続けて機械任せにしたほうがスムーズに変速してくれたが、何か変わったのだろうか……。どこでシフトアップするか、タコメーターとにらめっこしながら「ここかっ!!」とアクセルを緩めるのだが、これがうまくいくと小さな達成感を味わえる。ただ、この一連の流れを楽しめるかどうか。そんなことするのはメンドクサイから単純にMTにすればいいんじゃないの、という意見も、もちろん正しい。
ちょっと遠い。
しばらくしてから今度はマニュアルモードに切り換えてみた。回して乗りたい人は断然こちらがオススメ。軽快な吹け上がりを思い切り感じることができる。ただ、マニュアルモードでもレッドゾーンに入るちょっと手前(5,500rpmくらいか)になると、自動的にシフトアップしてしまう。言ってみれば「レッドゾーンまで回して走るオートマチックモード」。「よくもまぁ、ご丁寧に……」と思ったりもするが、仕方ないか。あと、マニュアルモードに関して不満がひとつだけ。レバーの位置、ビミョウに遠くないですか? オートマチックモードでは頻繁にレバーを触ることがないけど、マニュアルモードでは押したり引いたりする。そのとき、ほんの1、2cmレバーが遠い。私は一般的に腕が短くないと思っているし、シートの位置もけっこう前のほうにして運転するが、それでも遠く感じるから小柄な女性ではどうだろうか、といらぬ心配をしてしまう。改善は……されないと思うけど。
誰が買うの?
ビミョウに遠いシフトレバーのおかげでシフトチェンジする楽しさも削がれてしまったので、ふたたびオートマチックモードにし、トロトロと運転しながら考えた。「このクルマはいったいどんな人が買うんだろう?」。免許取立ての女子大生? 買い物グルマにしたい主婦? いずれも思い浮かんだのは女性だ。かわいいから、フランスのクルマでオシャレだから、そんな理由は出てきても、走りの面での理由は出てこない。当然だろう。そういう人はGTやRSを買えばいい。「別に速くなくたっていいわ。その辺をちょっと乗るだけだもん」。「小さいし、小回りも効くし、燃費もいい。それに友達乗せたときに、かわいいねって言われたいし」。うん、もっともな理由。レッドゾーンまで軽快に、とか、足回りがどうの、とか、そんなファクターには無縁な人たち。う~ん、“足るを知っている”のは、もしかしてそういう人たちなのかも。
新しくなってもクリオ。
さて、お次は3代目クリオ。約1万km走った中古車で、こちらは5MT。2005年にヨーロッパで発売が開始され、先代よりも全長で180mm、全幅で80mm、全高で65mm大きくなり、いまや3ナンバー扱いだ。このクルマはちょっと自由にできるので、高速道路に乗って少し遠くまで行ってみた。
まず乗り出して感じたのが、トゥインゴのときには感じられなかった“ルノーらしい”乗り心地。やっぱり1万kmくらい走っていると違うものだ。先代ほどではないが「これこれ! ああ、クリオ(ルーテシア)だ」と私の知っているあの乗り心地に思わずにやけてしまった。そしてエンジン。トゥインゴと同じエンジンなのにこっちのほうが軽快感とパンチがあるように思える。車重も増えているはずなのに? MTだからそう感じるのかもしれないが、ともあれトゥインゴよりもキビキビ走る印象。エンジンフィールはこちらのほうが断然気持ちよかった。
高速道路のゲートをくぐる。さすがに上りのランプは思いっきり引っ張らないと辛いが、いったん速度に乗ってしまえばこっちもの。エンジンもかなり辛そうだがうまい具合に音が遮断され、室内に入ってくるノイズは不快なものではない。100km/hで32,000rpmくらい。1.2リッターのパワーを存分に引き出すために、ワイドでもなく、クロスでもない、絶妙のギア比に感心する。そして何より目を見張るのは、ボディ剛性の高さだ。クリオ3のプラットフォームは、日産と共同開発したBプラットフォームでマーチやキューブに使われているものと同じ(といってもキャビンより前だけだが)。非常にどっしりとしていて安定感は抜群。「シャシーが速い」と言われる典型的なクルマだと思った。
メガーヌ的な。
ギアを5速に突っ込んだまま、床近くまでアクセルを踏みつける。タコメーターを見るとそれなりの数字を指している。エンジン音もそれなりにする。なのにすごく安定している。小さいエンジンで精いっぱい頑張ってるのに「このクルマ、大丈夫か?」という不安が一切ない。なんだろう、どっかで感じたような感覚……。あ、これは2号前の「ヴィヴルミノリテ」で掲載したメガーヌ2だ! 排気量は半分近くなのに、この感触はまぎれもなく、メガーヌ2のそれに近い。ホイールベースがメガーヌ2に近づいたからか。理由はよく分からないけど、速度を上げるほど安定していく感じはメガーヌ2であり、ルノーならではの味。最近はモデルチェンジを繰り返すたびにだんだんとそのメーカーの味が失われていく傾向にあるから、私はこの感触を味わえただけで何だかうれしくなってしまった。
やっぱ小排気量はMT!
高速道路を降りて、峠ほどは険しくない一般的な山道(国道)へ。緩やかにアップダウンを繰り返す道もときに引っ張り、ときに早めにシフトアップしながら、楽しく乗ることができた。やー、やっぱり小排気量はMTで乗るべきだ! 軽快、軽快! とドライブを楽しみながら、もしかしてトゥインゴも高速道路やこのような山道で乗ったらまた印象が違うかも、と頭の片隅で思った。でも、さすがにディーラーの試乗車でそこまでできない。もったいない。
多くを望まない幸せ。
2台の1.2リッターを試乗してみて、私なりの結論。「“素”の1.2リッターでも充分使える」。ついつい回して走ってしまう、という人ならむしろ小排気量+MTは楽しくて仕方ないはず。それに長い目で見れば、ランニングコストの面でも助けてくれる。燃費も、オイル代も。クリオの履いていたタイヤは165/65R15(純正は175のようだが)。いまや1本5,000円以下で買える。メインのクルマとしてはもちろん、セカンドカーとしてならその恩恵をより感じられるのではないだろうか。
「えー、1.2? 走らないじゃん」と短絡的に考えるのは早計だ。乗ってみれば「ん、あんがいイケるね。というか、これで充分なんじゃない?」と感じてもらえると思う。それこそが、現代における「知足」なんじゃないだろうか。
TEXT & PHOTO/Morita Eiichi
2010y RENAULT TWINGO
全長×全幅×全高/3600mm×1655mm×1470mm
ホイールベース/2365mm
車両重量/980kg
最大出力/56kW(75PS)/5500rpm
最大トルク/107Nm(10.9kgm)/4250rpm
2007y RENAULT CLIO 1.2 DYNAMIQUE
全長×全幅×全高/3990mm×1720mm×1485mm
ホイールベース/2575mm
車両重量/1100kg
最大出力/56kW(75PS)/5500rpm
最大トルク/107Nm(10.9kgm)/4250rpm
独り言……。僕は1.2リッターで充分って書いたけど、これって1.2リッターのクルマに乗る前に、どんなクルマに乗っていたのかでずいぶん印象が変わると思う。僕はいつも1.6に乗っているから不満なかったけど、これが2.0や3.0に乗ってる人だとその落差は大きい。きっと「ぜんぜん走らんがやー」ってことになる。大切なのは比較論じゃなくて、1.2リッターのクルマの成り立ちを考え、そのクルマなりの楽しみ方を見つけることじゃないかなぁ。
私感、1tくらいのクルマなら100馬力くらいで充分、それ以上あってもアクセル床まで踏めない分ストレスが溜まるヒト、なので、同じ土俵ではあるのですが・・・
でも、それは燃費や維持費を考えると、合理的なのですよ。
無駄を省いてくと、クルマはちっちゃく排気量もちっちゃく総じて軽くなっていく。
大排気量でドカーンと走るのも、いいんですけど、それって贅沢なのかもしれない。だって高級車やスポーツカーにしかないもん。