クルマは確かに機械であり、道具である。しかし、クルマを愛する人にとって、それは単にモノではなく、精神性を帯びた何かであることに疑いはない。モノやヒトを快適に安全に運ぶ。その使命は昔から変わっていないが、乗ることによって得られる悦びはどうだろうか?
ダシアはルーマニアのカーメーカーである。その歴史は浅く、1966年に国営自動車メーカーとして設立され、ルノー8を「ダシア1100」という名前でノックダウン生産していた。その後もルノー12を「ダシア1300」として、ルノー20を「ダシア2000」として製造。1980年代に入って独自のクルマづくりをするようになったが、1989年に勃発したルーマニア革命によって経営が悪化し、1999年にはついにルノー社に買収されることになった。
そして2004年、中・東欧諸国向けに「ロガン」を発表したところ、約83万円(快適装備なしのベースグレード)という驚異的な安さにより、大ヒット。欧州向けはさすがにベースグレードでも百数十万円してただろうが、ルノー含め、他社が売る乗用車に近い装備とエンジンを備えると、それ相応の価格にならざるを得ないのが事実。それでも、ダシアの車は、ルノーより、約20%前後安価に設定されているから支持されるのもうなづける。安さだけでなく、ルノー社との人事交流や技術導入により、品質もしっかりと保たれていることでも話題となり「ローコストカ―」としての地位を確立したのだった(実際、このコーナーで紹介したロガンMCVには安っぽさを感じなかった)。2014年にはルノーグループ全体の世界販売数の45%をダシアブランドが占めていたというから驚きだ。おそらくその数値は、現代でもそれほど変わっていないだろう。特に欧州においては、合理性を尊ぶユーザー、ビジネスでクルマを使うユーザーへのダシアの普及率は凄まじいと聞く。街にはダシア・ロガンのタクシーをそこら中で見かけるそうだ。ドッケールも日本のハイエースやタウンエース、NV200のように、職人たちの仕事の相棒になっていることだろう。
その後も、小型ハッチバックの「サンデロ」、SUVの「ダスター」、ミニバンの「ロッジ―」を次々にデビューさせ、ダシアの快進撃は続いている。そんなダシアの中でも、今回紹介するのは2012年に登場した「ドッケール」。いわば”ダシア版カングー”といった風情のモデルで、商用モデルからスタートしたという生い立ちもまさにカングーである。ちなみにダシアが展開されていない南米では「ルノー・カングー」、ロシアでは「ルノー・ドッカー」と呼ばれている。
何はともあれ、まずデザインである。この時世でメッキパーツがほぼ使われておらず、押し出し感ゼロの地味顔。樹脂バンパーは未塗装だから余計に素っ気なさを感じる。どこか特徴的な部分を挙げろと言われても特にないし、国籍を判断できそうなデザイン的な傾向もない。そう考えると、むしろこの地味路線を貫いていることが、いかに稀有なことかと思えてくる。
こと日本においては、軽自動車すらメッキパーツを多用したドヤ顔のクルマがあふれているが、そんな中において「地味だからこそ目立つ」という逆説的な主張を、このクルマは持っているのかもしれない。
グレードは下からベーシック、アンビアンス、ローレート、ステップウェイの4種類。アンビアンスにプラス20万円でローレート、ローレートにプラス10万円でステップウェイになる感じだ。で、当該モデルはアンビアンス。ステップウェイとローレートはカラードバンパーになるので、現代のクルマっぽくはなるのだが、現代のクルマっぽくなるがゆえに個性を失ってしまうような気もする(しかも価格も高くなるしね)。ただ、素のアンビアンスだとスライドドアは右だけ。エアコンすらつかないので、両側スライドドアにエアコンをオプションでつけている。日本の環境で実用に耐えられる最低限の装備はつけ、最高のコストパフォーマンスを狙った仕様と言っていいだろう。
グレード的に見ると、日本で売られているカングーはドッケールのローレートに相当すると思う。それを選んだとしても235万円で若干お買い得感がある。ただ、それは並行で日本へ持ってきた場合なので、ダシアがメーカーとしての日本市場参入を画策するのであれば、少量で輸入する並行より遙かにコンペティティヴな価格設定も可能だろう。では、カングーにアンビアンス相当のものがあったらどうだろうか。私たちのような好事家はそれを歓迎するだろうが、一般的にカングーを求める人には、どう映るかは分からない。では、ダシアに私たちは、どの辺りを求めるのか。その結論がアンビアンスなのだ。最小限の装備が備われば、それでいいのである。それ以上を求めるのであれば、右ハンドルATのカングーが普通に売っているのだから。合理性を尊ぶ好事家には、アンビアンスの装備は必要最小限で充分、最大公約数な装備だと思う。
カングー1.5
ドッケールの特長をデザインに見出せないとしたら、何が特長なのか。それはサイズだと思う。
カングー1(フェーズ2)
全長/4035mm
全幅/1675mm
全高/1810mm
ドッケール
全長/4363mm
全幅/1751mm
全高/1814mm
カングー2(現行)
全長/4280mm
全幅/1830mm
全高/1810mm
3サイズを比べてみると、全高は3モデルがほぼ同じ。ドッケールの全長はカングー1より長く、カングー2よりもわずかに長い。全幅はカングー1よりも広いが、カングー2よりも狭い。実際に乗ってみると、長さは大して気にならないものの、全幅が狭いからか、カングー2よりもだいぶ小さく感じるのだ。あくまでも個人的な感想だが、クルマの大きさを印象付けるのは全幅によるところが大きく、その感覚的分岐点は1750mmあたりにありそうだ。サイズ的にみると、ドッケールは「カングー1.5」と言いたくなる。
エンジンは日産の「HR系」エンジンの「HR16DE」。ルノーグループでは「H4M」と呼ばれているもので、日産ティーダなどに搭載されている実用型のエンジンだ。乗ってみたが、こちらもデザイン同様、これといって特長のないエンジンだ。低速トルクがちょっと薄い気もするが、その分、軽快に回ってくれるのでクルマ自体も軽く感じる。5速のマニュアルミッションもギア比が丁度良く、つながりもいい(ちなみにトランスミッションが5MTしかない)。
エコモードにすると悲しいくらいクルマからの制御がかかるので、特に人や荷物を満載したときは使いたくなくなるだろう。あ、アイドリングストップも付いている。これもまったく問題ないのだが、こういうところにはコストを使うのね……。別になくてもいいけど。
シート。これはさすがにカングー1のテイストはなく、完全に現代のルノーのシートと同じ感触だ。パンと張った少し硬めのもので、あまり沈み込まない。それよりも感動したのが、リアシートだ。カングー2はシートバックを倒せばほぼフラットになるのだが、そうするがためにシートのウレタンが少し物足りない感があった。しかし、ドッケールのシートアレンジはカングー1のダブルフォールディングタイプ(シートバックを倒して座面をロールアップさせる)なので、カングー2のそれよりもしっかり感がある。まぁ、これはどっちを取るかだ。カングー2は助手席もあわせてフラットになるから、そのフラットさが欲しいのか。それともシートの質を取るのか。
足回りはどうか。これはちょっといいのか悪いのか、判断がつかなかった。基本的には現代のルノーのフィーリングなのだが、少し硬いというか、ストロークが浅いというか……。まさかバンの足回りをそのまま持ってきているわけではないだろうけど、ちょっと粗野な印象があった。まぁ、それがドッケールだよと言われればそうなのかもしれない。新車なので、しばらく乗れば足回り各部もこなれて違う印象になるかもしれない。もしこの先、中古車のドッケールを乗る機会があれば、足回りのことを真っ先に注目しようと思う。
ドッケールに教えられる
経済的に裕福ではない国に参入する場合、ルノーの車輌では、価格帯が高くなりすぎて普及しない。そんな環境でもより広く普及させるためには、旧プラットフォームの車輌を現地でノックダウン生産するなどの手法を取るのが一般的だ。ルノーはそれをダシア車として、輸入しやすく、販売しやすい価格で提供している。これにより、 ルノー車を持ち込むもその地域で早く普及させよう。それがきっとルノーの、世界全域をもれなくカバーするためのベストな政策なのだろう(おそらく今後はロシアにおいて、ラーダ社もこれに近い形態で普及活動をしていくと思われる)。
ただ普及しやすいように安い価格で販売するためには、コストダウンが必須である。コストを抑えるためには、新規に開発したものよりも既存のパーツなどを巧みに組み合わせてクルマをつくった方がいい。デザインに余計な工数はかけられないし、見栄えを良くするようなこともできない。そういった制約の中でクルマをつくれば、おのずとネガティブな部分が出てくるはずだが、実際目の前にあるドッケールに、そういったネガはほとんど見つけることはできない。「安いから」という免罪符がなくても、クルマとしての性能や品質はしっかりと担保されているのだ。
そうなると「これでいいや」ではなく「これがいい」という新たな価値を生む。つまりひと昔前のフランス車が持っていた、フランス車らしい味が「新車」で楽しめるということ。クルマはどんどんとグローバル化し、その国や、メーカーごとの個性が薄まってきていると言われる。だからたとえば初代カングーの味を知っている人にとって、現行カングーは「悪くはないけど、あのカングーじゃないんだよなぁ……」という気持ちをどこかに抱えているはずだ。でも、ドッケールに乗ると、そこはかとなく初代カングーの味がする。主にひと昔前のパーツで組み上げているから当然なのかもしれないけど、何となくそれがうれしく感じる。観音開きのバックドアのヒンジがむき出しだっていいじゃないか。ドアノブが他車からの流用でもいいじゃないか。俺たちが大事にしたいのは、そういうところじゃないんだ! あの頃のルノーの味を堪能したいんだ! と言いたくなる気持ちは、きっと読者の皆さんに分かっていただけると思う。
クルマは楽になりすぎた。豪華になりすぎた。そして大切なものを失いすぎた。そんなことを、まさか200万円そこそこの大衆実用車から教えられるとは思ってもみなかった。
PHOTO/Hiroki Yamazaki
TEXT/Morita Eiichi
2019y DACIA Dokker Ambiance 1.6 SCe 100
全長×全幅×全高/4363mm×1751mm×1814mm
ホイールベース/2810mm
車両重量/1200kg
エンジン/直列4気筒DOHC 16バルブ
排気量/1598cc
最大出力/75kW(100PS)/5500rpm
最大トルク/150Nm(15.2kgm)/4000rpm