クルマにおける技術の進歩とは、より快適に、より安全に、より簡単に、に集約されると思う。車外がどんな環境であっても、車内は居心地がよく、あらゆる危険から乗員を守ることを目指し、クルマの技術は進歩してきた。しかし、最後の「より簡単に」は、技術が進歩するほど薄まっているような気がしてならない。それは従来、人が行なってきたことを機械に任せたことよって起こる弊害なのだろうか。「楽=楽しい」は本当なのだろうか。答えは出ない。
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。ということで、この「ヴィブル・ミノリテ」も2009年のスタートから数え、9年目を迎えました。個人的には「え、丸8年もやってるのか?」といささか驚いてはいますが、よくもまぁ、ここまでネタが続くもんだ、と感心したりもします。それもこれも、毎月クルマを用意してもらえるスズキさんのおかげであります。感謝。
ということで、今回はルーテシア4のR.S.。しかも2台。白い1台はフェーズ1のトロフィー(シャシーカップ)、黒い1台はフェーズ2のシャシースポールだ。
ルーテシア4と言えば、以前1台紹介した。1.2TCeの「ゼン」で、2014年の12月に掲載している。”非R.S.”については以前の記事を見てもらうとして、ここではR.S.についてざっとおさらいしようと思う。本国では2012年に1.6Lの直列4気筒16Vの直噴ターボエンジン(M5M)を積んだR.S.が発表されたが、そのときの喜びと失望をいまでも憶えている。喜びはR.S.のニューモデル誕生そのものである。失望はトランスミッションについてで、設定が6速のEDCのみだということ。
おそらくこの失望は、ルノーファンなら共通の感情だったはずだ。「え? R.S.なのにMTないの?」という素直な感想は、まったくもって自然であるとしか言いようがない。
本国でR.S.が発表された後、2013年に日本へ導入されたR.S.は大きく分けて2種類。ベースの「シャシースポール」とよりハードな「シャシーカップ」だ。機能面で特徴的なのは、シフトレバーの後ろに設置されている「R.S. DRIVE」ボタンで走行モードを「ノーマル/スポーツ/レース」の3つに切り替えることができる。ギアの変速タイミング、アクセルレスポンス、ステアリングの重さなど、電子制御されている部分が変わるようだ。スポーツ/レースのモードを選ぶと「ローンチコントロール」というのも使える。これは停車状態から最大の加速力で発進するための機能で、このクラスでは初採用。F1の技術をフィードバックしたものらしいが、公道では試さない方がいいと思う。
現在、フェーズ2に移行したR.S.。ラインナップはストックの「シャシースポール(受注生産)」、シャシースポールよりも3mmのローダウンと脚を固めた「シャシーカップ」、そしてシャシーカップよりもさらにローダウンされた「トロフィー」の3種類。全車右ハンドルのみである。
恐るべきEDC。
最初に乗ってみたのが白のR.S.。シャシーカップの「トロフィー」で、18インチホイール&タイヤを履き、サスペンションもよりハードにより低く、ステアリングもクイックになっている。エンジンの出力も20馬力、20Nmアップ。さらにEDCのレスポンスも速くプログラミングされているという。あと、これはカタログにも書かれていないことだが、4速でアクセルをべた踏みすると瞬間的にトルクが20Nm上乗せされるらしい。4速でアクセルを床まで踏むというのはどういうことなのか? それを考えるとカタログに明記されない理由が分かる気もする。
乗り出して最初に感じたのは、やはりシャシーの硬さ。ドイツの高級ブランド勢にあるようなガチガチな印象ではないが、以前乗ったトゥインゴR.S.のゴルディーニやクリオ3 R.S. RBと共通する硬さで、人によっては「これで街乗りはちょっとなぁ」と思うかもしれない。
シャシーの硬さ以上に感心したのが、各部の切れ味の良さ。ハンドリング、アクセルレスポンス、そしてEDCの変速スピードの速さ。人が動かす部分のすべてがクイックなので、ボサッと乗るのを許してくれない感じがする。こっちもそれなりの気持ちで運転しなければ、と思わず姿勢を正す。
いやぁ、それにしてもこのEDCはすごい。シフトアップ/ダウンともにほとんどタイムラグがない(レースモードでは0.15秒まで縮まる)。トロフィー用にプログラミングされているとはいえ、以前乗った1.2TCeはこんなに軽快だっただろうか。技術の進歩を肌で感じることができ、思わずニヤッとしてしまう。
ただ、同時に街乗りだけをする人にはもったいないスペックだとも思った。ちょくちょくサーキットに通い、0.1秒のタイムアップに喜々とできる人向け。そういう人のためのクイックなハンドリングであり、アクセルレスポンスであり、EDCの専用プログラムなのだ。トロフィーに乗ってネガな部分が目につくようなら、明らかにこのクルマはあなたに合っていない。「おー! おー!」と目を輝かせて「これいいわー」と悦に入る人にこそ、乗ってほしいモデルだと思う。
これぞルノー伝統の脚回り。
トロフィーの次に乗ったのがシャシースポールのR.S.フェーズ2。フェーズ1と2の違いは注意深く観察しないと気付かないが、ヘッドライト、テールランプの内部のデザインとコーナーリングランプの形状(ランプ類はフルLED)などが変更されている。
乗ってみると、瞬間的にシャシーの違いが分かり、自分の顔がパッと明るくなったのを自覚した。と同時に出た言葉が「あ、ルノーだ!」である。そう、シャシースポールはシャシーカップよりも明らかに脚のストローク感があり、ルノーの伝統的な乗心地を継承しているのだ。ドッシリとしたリアの安定感、適度なロール感、しっとりとした味わいは、ルーテシア2から続く”あの”乗り味で、どこか懐かしさすら感じる(極端かもしれないけど、ルーテシア3よりも2っぽい)。トロフィーからすぐに乗り換えると、別のクルマのような印象、と言いたくなるくらいシャシーのチューニングが違っておもしろい。街乗りや長距離なら、おそらくシャシースポールのほうが疲れないで移動できるはずだ。EDCの反応速度の違いもよく分かる。トロフィーのような「常に臨戦態勢!」という緊張感はないので、ドライバーの気分が乗らないときも許容してくれるようなルーズさがある。とはいっても「シフトチェンジ遅いなぁ」と不満が出るほどではない。充分速いのだが。
うーん、それにしてもこれが受注生産か。個人的にはシャシースポールこそ、ルノー伝統の脚回りを継承した正統派だと思う。シャシーカップのほうが特別仕様であり、受注生産でもいいような気がする。いや、でもR.S.に乗る人はよりハードな仕様を求める傾向があるだろうから、マーケティング的にはこれが正解か……。
シャシーカップのトロフィーとシャシースポールの両方を、遠出こそできなかったものの、ほぼ同時に乗ることができたのは、とても貴重な体験だった。どちらも「シャシーが変わると(シャシーだけじゃないけど)、こんなにもキャラクターが変わるものなのか!」とリアルに感じられたし、それぞれの方向性も分かりやすく、どんな人に乗ってもらいたいのかがよく分かった。ただ、やはり最後まで気になったのが「こんなにおもしろいクルマ、MTで運転できたらなぁ……」という想い。
おそらくルノーの主張としてはこうだろう。R.S.はルノーブランドの中でもスポーティかつ最新のテクノロジーを詰め込んだリーディングモデル。そのため、旧来然としたMTとは早いとこ決別したいのではないか。速く、気持ちよく走るためには、クラッチを足で操作し、シフトチェンジを手動で行うよりも、パドルを指先でチョイチョイっと操作してシフトアップ/ダウンをするほうがよっぽどイージーである。いまやシフトチェンジは人が行うよりも、機械に任せた方が速く、正確なのだ。たしかにトロフィーのあの速さと正確さを経験してしまった以上、もしこの主張が正解だとしたら、納得せざるを得ない。
ただ、ただである。2017年9月に発表された最新のメガーヌR.S.には、7速EDCのほかに6MTの設定があるではないか。これについてはどう説明するのだろうか。いずれEDCのクオリティが上がってきたら、MTを完全になくすのだろうか……(*1)。
個人的には、運転する楽しさとタイムを削る楽しさは同じではないと思っている。運転する楽しさよりも、タイムを削る(=速く走る)ことに喜びを感じる人は、もはや人よりも速く、正確になったEDCのほうが好ましいだろう。しかし、そうではない人にとって、EDCは何ともデジタルっぽく味気なく捉えられるに違いない。MTの楽しさはただ手元でシフトレバーをガチャガチャできればいいというわけではなく、クラッチ操作との総和によってもたらされるものだ。半クラッチの感覚、エンジンブレーキの感覚と音、どの回転数までブリッピングさせれば、ひとつ下のギアに入れやすいのか……。そういったことすべてを考え、自分の手で行い、それがうまくいったときに湧き起こる快感。それこそがMT車を運転することの喜びであると思う。だから、せめて受注生産でいいので、MTを消さないでほしい。時代遅れな願いかもしれないのだけど。
*1……無駄だと分かっていながらも、この件についてルノー・ジャポンの「ルノー・コール」に質問の電話をしている。すぐに回答はもらえなかったが、担当部署に詳細を聞いて、再度連絡をくれるとのこと。コールバックがあれば、またここで報告したい。
*追記
ルノー・ジャポンより返答の電話が来ました。ルノー・ジャポンによると、近年、本国でのBセグメント(クリオクラスの車格)における市場は、EDCを含めたデュアルクラッチトランスミッションのニーズが高く、そのニーズに応えるべくEDCモデルを投入したとのこと。ただ「メガーヌR.S.にはEDCと6MTの両方があるが?」と質問すると「メガーヌが属するセグメントには幅広いニーズのお客様がいらっしゃるため、両方を用意している」とのこと。「クリオにMTがないのなら仕方がないが、下位グレードには存在している。スポールモデルたるR.S.にMTモデルがあっても損はないのでは?」と続けて質問すると「お客様のご意見を真摯に受け止め、今後に活かしたいと思います」と。おそらく私の質問に答える材料を持っていないのだろうと判断し、ここで電話を終わらせることに。結局、MTのラインナップがないことに対しての明確な回答は得られませんでした。
PHOTO & TEXT/Morita Eiichi
2016y RENAULT Lutecia R.S. Trophy Ph.1
全長×全幅×全高/4105mm×1750mm×1435mm
ホイールベース/2600mm
車両重量/1290kg
エンジン/直列4気筒DOHC 16バルブ直噴ターボ
排気量/1618cc
最大出力/161.8kW(220PS)/6050rpm
最大トルク/260Nm(26.5kgm)/2000rpm
2017y RENAULT Lutecia R.S. Ph.2
全長×全幅×全高/4105mm×1750mm×1435mm
ホイールベース/2600mm
車両重量/1290kg
エンジン/直列4気筒DOHC 16バルブ直噴ターボ
排気量/1618cc
最大出力/147.1kW(200PS)/6050rpm
最大トルク/240Nm(24.4kgm)/2000rpm