「運転がうまい」とはどういうことなのだろう。サーキットで速いタイムを出すことだろうか。それとも無事故無違反を長年続けることだろうか。私は思う。運転がうまいということは、変化するさまざまな状況でも、クルマをコントロールできること。滑りやすい路面、アップダウンの激しい道、上り、下り……。そんな中でもクルマの挙動を把握し、瞬時に操作し、手の内に収める。そんなことができる人こそ、運転がうまい人だ。でも、最近はそんな”修行”をさせてもらえないクルマが多い。子どもが何かをしようとしたとき、先回りしてキケンを乗り除く親心か。その気持ちは、分からないでもないのだけど……。
1996年にデビューしたサクソは、先代AXの後継として登場した。シャシーと基本的なメカニカルコンポーネントは、プジョー106のそれと同一で設計されたことはよく知られる話だ。本国でのエンジンラインナップは、1.1、1.4、1.6(8Vと16V)、1.5ディーゼル。ボディタイプは3ドアと5ドアがあったが、1997年、日本に最初に入ってきたのはサクソではなく「シャンソン」だった。
きっと誰もがその名前にツッコミを入れただろう。「シャンソンって!!」。しかし、これは苦肉の策だったのだ。当時、商標登録の関係で本国名と同じ「サクソ」が使えなかったことから、仕方なくフランスをイメージさせる名詞「シャンソン」になったと言われている(なのでシャンソンは日本だけの名称)。導入されたグレードは3ドアの「SX」と5ドアの「V-SX」の2種類で、エンジンは直4の1.6リッターSOHC(90ps/14.0kgm)。トランスミッションは3ATだった。
そしてその翌年、どういう方法で商標問題をクリアしたのか具体的にはわからないが、ようやく「サクソ」という名称で導入が開始される。サクソは「サキソフォン」を意味すると聞いて「また音楽つながりかよ……」と微妙な空気が流れたが、シャンソンよりはずいぶんマシなネーミングだろう。エンジンも直4の1.6リッターDOHCになり「VTS」というもっともホットなグレードのみで勝負することになった(106もS16一本だからサクソが特別ではないのだが……)。ちなみに構造上、右ハンドルにするとエアコンが取り付けられないらしく、ハンドル位置は「左」のみとなっている。
基本的なメカニカルコンポーネントはプジョー106と同じ。しかも価格はプジョー106 S16が235万円だったのに対し、サクソVTSは198万円。サクソのほうが37万円も安いにも関わらず、販売面ではサクソの惨敗だった。プジョー106のほうが圧倒的に売れたのは、中古市場のタマ数を見ても一目瞭然。プジョーのブランドイメージと106のシャープなスタイリングがその勝因だろう。
日本でのシトロエンは、ハイドロサスペンションによる優雅な乗り心地のクルマ(=高級車)というイメージがあり、走りを重視するホットハッチのサクソとは正反対。本国ではワンメイクレースが開催されたり、WRCにおいてはS1600クラスで功績を残しているのだが、どうやらそのイメージは伝わらなかったようだ。そんなモータースポーツでの活躍をもっと押し出そうと思ったのか、2003年に最終生産分60台を「スーパー1600」という名称で発売。ただ、その内容は1インチアップした15インチの専用アルミホイールやひかえめなリアスポイラーなどこまごましたアクセサリーがプラスされた程度だったので、それほど大きな注目を集められず、最後の60台を売り切って販売を終了。後の「C2」にバトンを渡したのだった。
日本導入時にネーミングの問題でゴタゴタし、その後もプジョー106の兄弟車にもかかわらず一向に売れなかったりと、不遇なサクソなのだが、このクルマ、乗ってみるとかなり楽しいことに気づく。もちろん、プジョー106と基本的には同じだから、当たり前なのかもしれないけど、プジョー106と兄弟車なのにだいぶ違うなぁと気付かされることも多々ある。
その違いがもっともわかりやすいのはスペック。見るとエンジンのパワー&トルクが違う。サクソのほうが2ps/0.2kgm高い。この微妙な違いは、単に計測の違い(誤差)なのかもしれない。ボディサイズも全長が106よりも45mm長いし、全高も10mm低い。トレッドは106よりフロントで15mm広い1400mm、リアで10mm広い1365mmになっている。最小回転半径は106が5.3mに対し、サクソは5.5m。さらにギア比も若干違う。
外観デザインだが、S16のシャープな顔つきに対し、VTSはどこかほのぼの顔だ。フェイスリフト前のデザインのほうが直線的で鋭さを感じるのだが、フェイスリフト後は一変して柔和な顔つきになった。ボディ全体のボリューム感もサクソのほうが大きく見えるが、これはサイドに貼りつけられたプラスチックのパネルによるところが大きい。サイドに黒いモールがあるのだが、じつはこのモールから下は鉄板ではなく、プラスチック。鉄板の上にプラスチックのパネルが被せられているのだ。これによってサイドのボリューム感が増え、結果的に106より大柄に見えるのである。またサイドビューも特徴的だ。この時代のシトロエンはサイドビューに共通項がある。それは「ロングフロントオーバーハング&ショートリアオーバーハング」。たとえばエグザンティア、クサラ、ZXやXMなど皆この形式に準じている。サクソにもこの「シトロエンフォーマット」を適用したかったのだろう。わざわざフロントを伸ばし、少しフロントヘビーのようなシルエットにしている。
乗ってみた感触は両車の差は微妙だけど、明らかに違う。サクソのほうが106よりもテールハッピーな気がするし、回頭性も良いように思う(裏を返せばスピンしやすいってことだけども)。長距離はサクソのほうが楽なような気もする。
と、まぁ、細かいところを挙げだしたらキリがないのだが、単に「106とサクソは兄弟車」と言って終わらせるのはちょっと乱暴な気がするのである。それぞれを見ていくと106にはプジョーなりの、サクソにはシトロエンなりの設計思想やデザインエッセンスが盛り込まれていて、ベースは同じでもけっこう違うのだ。
じゃあ、他のオーナーはどう思っているのだろう。一人の感想じゃ偏りすぎているだろうから、私の友人関係でサクソのオーナー(もしくは元オーナー)にアンケートをしてみた。特にハンドリングについて「サクソのステアリング特性はオーバーステア気味だ言われますが、あなたはどう感じますか?」との質問を中心にコメントをもらったのが以下の通り。
「たしかにサクソはオーバーステアと言われますが、僕はそんなに極端な特性はないと感じました。ただ、僕の乗っていたサクソについていえば、フロントの足回りを硬めだけど、よく動くサスペンションに変更し、リアのトーションバーをひと回り太いものに替えていたので、リアが唐突に出る挙動も抑えられたせいでそう感じるのかもしれません。ハンドリングは106と比べてけっこう違いますね。106は切り始めがクイックですが、サクソは切り始めの反応は少し鈍いと感じます。だから106のほうがスポーティーに走れるけど、長距離は疲れる。サクソはその逆です」。(Kさん・元サクソオーナー)
「僕は基本的に弱アンダーだと思いますが、アクセルやブレーキを積極的に使ってリアを出し、オーバーステアに持っていくことがしやすいクルマだと思います。ハンドリングは106のほうがクイックに感じます。106とサクソではステアリングのギアボックスが違い、106のほうがギア比が速くセッティングされているという話は聞いたことがあります」。(Hさん・元サクソオーナー)
「106もサクソも両方所有しましたが、どちらもオーバーステア気味だと思いました。クルマ自体にオーバーステアの特性があるというより、ドライビングでオーバーに持っていきやすい特性があると言った方が正しいかもしれません。個人的には106のほうがステアリングを切ってからリアが追従してくるタイミングがわかりづらく感じました。反対にサクソはわかりやすいので積極的にリアを出して走ることができた。でも、106はそれができなかったので、グリップ走行を意識していましたね」(Eさん・元サクソ/106オーナー)
それぞれ感じ方は違うものの、共通する部分もあり、こういう意見を聞くのはとてもおもしろく感じた。ただ、ドライビングスキルが高い人になると、このような意見も聞かれた。
「FFって全部あんなふうじゃないんですか?」(Hさん・元サクソオーナー/現106オーナー)
↑ちょっとこの方は一般人のレベルを超えているので、あまり参考にならないな……。
オーバーステア、アンダーステアといったステアリング特性の話はけっこう奥が深い。サスペンションも関係するし、履くタイヤによっても違ってくる。ただステアリングのギア比についての印象は皆さん共通している。106はクイック、サクソは少しダルな感じがするというのは、単にギア比の速い遅いの話かもしれないし、他の要素が絡んでいるのかもしれない。私個人としては、皆さんと逆でサクソのほうがギア比が速いような気がしている。ただ、これは106よりサクソのほうがパワーステが軽い設定になっているので、そこでだまされているのかもしれないが……。
ともあれ、サクソと106は「似ているのだけど、微妙に違う」。テールが出やすいが、コントロールもしやすいのは、僅差でサクソのほうに軍配が上がる、と結論づけてしまおう。ハンドリングとクルマをコントロールすることを楽しみたい人にとって、サクソは”いい教材”だと思う。
ただ、誤解してもらっては困るので付け加えておくが、サクソはオーバーステア気味でテールハッピーで……と書くと、えらい危ないクルマと思われそうだが、決してそうではない。それは限界付近の話であって、普通に運転しているときは、典型的なライトウェイトFFホットハッチだ。恐る恐るアクセルを開けなければならないクルマではないことは断っておく。
もはやさんざん言われてることだが「安全・環境」という名目でクルマは大きく、重く、複雑化している。スポーツカーといえどもいまやその重さを打開するためにハイパワー化し、それを御するためにスタビリティコントロールなどの電子デバイスに頼る始末。軽い車体に元気なエンジンをなるべく電子デバイスに頼らず人力(テクニック)で駆る。サクソや106は、そんなシンプルでプリミティブな愉悦を味わえる最後のクルマなのかもしれない。
PHOTO & TEXT/Morita Eiichi
全長×全幅×全高/3735mm×1620mm×1360mm
ホイールベース/2385mm
車両重量/960kg
エンジン/水冷直列4気筒DOHC16V
排気量/1587cc
最大出力/88kW(120PS)/6600rpm
最大トルク/144.2Nm(14.7kgm)/5200rpm
昔、近所のケーキ屋さんで、サクソさんとお会いしました。
その時は、テンサンラリー。
本物?みたいな問いに、軽い方、と答えた記憶が。。。
当時は新西武だったっけ?が輸入してたわけだし、少ないかもだけど全く居ない訳じゃないので・・・
テンサンラリーの方が全然少ないんじゃないかなぁ?
本物? 軽い方? どういう意味でしょうか……。
確かですねぇ、速い?と聞かれて、速く無い、と答えたと思います。
16Vに比べたら、遅いですからねぇ。
で、あぁ、そうかエンジン強いさいし、みたいな、
テンサンなのねぇ、本物なのねぇ、な感じで、
ウンウンと言っていたような。。。
そのサクソさん、まだ健在かも。
局所的に、ラテン濃度が結構高いんです。
なるほどー。そういうことですか。
速い? という質問はほんと答え方に困りますよね。
SAXO、不人気車だけど末永く生き延びてほしいと
個人的に思います。
基本同じだけど、コンピューターのセッティングが
だいぶ違うと聞いたことがあります。
106の方がパーツが潤沢で維持しやすいとも。
それっかしの差じゃないと思うなぁ。。。
仕様も、流通量も、部品供給状況も。共通のトコは多いけども。