ブランドとして成立するために必要な要素とは何かを考えてみる。まずはデザイン、そして品質。歴史も必要かもしれない。しかしデザインと品質が優れ、歴史のあるメーカーは世界中にいくらでもある。では、その要素の他にブランドとして成り立つためには何が必要だろうか? おそらくその答えはいまでも出ていない。その証拠に「ブランディング」という言葉がもてはやされ、広告代理店などがブランド力をつけるためのノウハウを必死で提案している。ただ個人的に思うのは、ブランドとして成り立つためには、ブランドとして成り立つことを意識しないことではないかと思う。ブランドは作り上げるものではなく、自然に、結果的に、そうなっていたものが正義ではないか。つまりブランドは、いつの世も受け手(消費者)が作っていくものだとも言える。
パッと外観を見て、このトゥインゴがなぜこのコーナーでまた取り上げられることになったのか、分かる人は少ないだろう。見た感じ、何の変哲もないトゥインゴ1。しかし、このクルマ、並行輸入車であり、初代中の初代なのである。
トゥインゴは1992年のパリモーターショーで発表され、1993年に本国で販売された。デザイナーはもちろん、パトリック・ルケマン。エスパスを縮小し、曲線を強調したデザインは、前から見るとカエルのような顔にも見え、とてもかわいらしい。ちなみにシャシーはトゥインゴ専用に設計されたものだ。
エンジンはC3G型の古典的なOHVユニットを載せた。1238ccでそのスペックは最大出力/40kW(55PS)/5300rpm、最大トルク/91Nm(9.3kgm)/2800rpmと、現行の1000cc~1200ccあたりのクルマと比べると恐ろしく非力だ。装備もとにかくシンプル。5MTのみで、エアコンなし、パワーステアリングなし、パワーウィンドウなし、ミラーの角度調整も手動だし、エアバッグなんかも当然ない。オプションはあることはあるが、たったの3種類しかない。クロス張りのキャンバストップ、エアコン(これも当初なくって、後から追加になったとか)、そしてメタリック塗装だけだ。80年代前半のクルマなら納得できるものの、90年代のクルマでこの仕様である。「ベーシックカー、かくあるべき」と言っているかのようでむしろ潔い。
その後、日本では1994年にフランス・モーターズが発足し、1995年から正規輸入が開始された。そこでおなじみのパック(5MT)、イージー(RMT)の2本立てで販売。2001年にはイージーが進化してクイックシフト5になり、販売が継続されていった。エンジンもOHV(C3G)からSOHC(D7F)、DOHC(D4F)へ正常進化していったが、注目すべきはOHVからSOHCへ変わったときだ。通常、モデル進化が進むと、その多くは排気量アップ&パワーアップ傾向にあるが、トゥインゴの場合、OHVの1239ccからSOHCに移行した際、なんと排気量をわざわざ下げ、1148ccとし、パワーアップ(55→58ps)を最低限に抑え込んでいる。「ベーシックカーたるもの、いたずらなパワーアップは必要ない」とのルケマン哲学によるものだろうか。もしそうであるなら、その思考を現実のものとする実行力にシビれる。
題名にある「1st.コレクション」というのは、1993年~1994年のものを差し、1995年から正規輸入されたモデルを2nd.コレクションと呼ぶそうだ。トゥインゴ1は2007年まで生産されたが、その間、6度のマイナーチェンジが行われたと言われている。特に1998年に行われた4th.コレクションへの変更は、カラードバンパー、ヘッドライト/テールライトの意匠変更、ダッシュボードの形状変更、助手席エアバッグの追加など、大きな変更が行われたことから、これを境に前期/後期と呼んでいるようだ。
その後、インポーターはフランス・モーターズからルノー・ジャポンとなり、2003年の前半に正規輸入は終了した。最後期のモデルとなる7th.コレクションは、先述したD4F型のDOHC 16Vエンジンを搭載していたのだが、正規輸入はかなわなかった。個人的にはどんなフィーリングなのか非常に興味があるのだが……。
当該車をあらためて見てみると、外観は確かに普通のトゥインゴだ。しかし、近寄って見てみると明らかにディーラー車と違う点に気づく。それは窓を通して見えるインテリアだ。日本人の発想ではなかなか生まれてこない、紫色をベースとしたシートクッションはド派手だし、スイッチ、レバー類などが同色になっている。しかもその色がペパーミントグリーン。なぜこの色をチョイスしたのか理由を聞いてみたいが、これもやはり日本人の美的センスからはほど遠い。しかし、これらの一見、めちゃくちゃな配色はそれでいて妙にまとまっているから不思議だ。
乗り込んでみると、例の吸い付くようにしっとりとしたシートが迎えてくれる。座面は相変わらず小さいが、この掛け心地は現行のルノー車にはない感触で、あらためて「このシートの感じがいいんだよな」と思ってしまう。そして非常にルーミーであること。トゥインゴは小さなコンパクトカーだが、運転席に座ってみると閉塞感は微塵もなく、大きな窓のおかげで室内がとても明るく、開放的なのだ。
エンジンをかけ、発進してみると1.2リッターとは思えないほど低速域でのトルクを感じた。このエンジン、1300rpm~4500rpmという幅広い回転域で最大トルクの90%を維持できる特性を持っている。そのせいか、最大トルクが10kgmにも満たないエンジンとは思えないくらい運転が楽である。OHVエンジンは高回転域が苦手なので、上まで回してもドラマチックな展開にはならない。苦しそうに雑音を上げるばかりでパンチ力もないから、早め早めのシフトアップで乗るのがトゥインゴの流儀と言えよう。
ポンポンと軽快にシフトアップして交通の流れに乗る。そしてスピードを上げれば上げるほどフラットな乗り心地になってくるのもルノーらしい。その個性はこんな小さなクルマにまで受け継がれていると思うと、ルノーという企業の懐の深さに感心せざるを得ない。
ハンドリングも一般的なFFとそん色ない。ノンパワーのステアリングだが、145/70R13というサイズのせいか、重さは微塵も感じない。限界付近でアンダーが出るが、アクセルオフでスッとノーズを戻すのもセオリー通り。ただロールが大きいので、サポート感のないシートでは自分の体を維持するほうに気を遣う。
トゥインゴは本当にいいクルマだ。ディーラー車のOHVトゥインゴも、SOHCのイージーも、5MTもQS5も、もちろんいいクルマなのだが、1stコレクションの持つ何にもない潔さと軽さは他のモデルにはない個性であり、その個性が私の心に刺さった。「これで充分じゃないか」とベーシックカーの何たるかを囁かれているような気がするのだ。
好きなクルマには末永く生き残ってほしいと思うのが、好きになった人が共通して思うことだ。たとえば、ミニ、ビートル、パンダ、キャトル……。ベーシックカーであってもいわゆる名車と呼ばれているこれらのクルマたちは、2000年になっても生き残りつづけている。メーカーのパーツ供給が終わったとしても、何かしらどこかからモノが手に入ったりして、乗り続けることができる。それはこれらの名車を下支えする環境があるからだ。
トゥインゴは名車である。他の誰が何と言おうと(個人的に)名車だと思っている。しかし、
先に挙げた“Aクラス”の仲間になれるかどうかは微妙なところだ。いや、希望的観測を排除すると、たぶん入れないだろう。
かわいらしいルックス、基本的な動力性能の高さ、さらにオシャレなインテリア、自由度の高いシートアレンジなど、トゥインゴの魅力は“Aクラス”のクルマたち以上にあると思う。でも“Aクラス”に入れないのはなぜだろう。彼らとトゥインゴの間にある一線は何だろうか?
PHOTO & TEXT/Morita Eiichi
1994y RENAULT Twingo
全長×全幅×全高/3433mm×1630mm×1423mm
ホイールベース/2347mm
車両重量/790kg
エンジン/水冷直列4気筒OHV
排気量/1239cc
最大出力/40kW(55PS)/5300rpm
最大トルク/91Nm(9.3kgm)/2800rpm