昔から「走る楽しさ」なんて観念的なフレーズをよく聞いたりする。しかし「走る楽しさ」とは具体的に何なのか。それにはあまり触れられてきていないように思う。もちろん、楽しさなんてものは主観的なものだから、人それぞれ。1つに決められないのも確かだ。ただ「走る楽しさ」というフレーズをモヤッとしたイメージだけで理解したくないし、理解していないのに知った顔で使いたくない。楽しさは人それぞれであっても、最小公倍数的な要素はかならずあると思う。
シトロエンAXは1986年のパリ・サロンでデビュー。PSAとなって初めての量産車で、ベースはプジョー205と共通の設計である。エンジンは、プジョーがフィアットとのFIREエンジン共同開発計画から離脱したのち、独自で生み出したエンジン「TUシリーズ」を搭載している(AXに搭載されるエンジン形式はKD/KF型)。排気量はガソリンが1.0、1.1、1.4とディーゼルの1.4(のちに1.5へ)で、従来の生産ラインを流用できるようにXU型と同じ排気量設定にしたという(XU型はのちにもっと多くの排気量ラインナップを揃えることになるが)。
このTU型の登場によって、PSAではじめてジアコーザ式のレイアウトを採用できるようになったのも大きなトピックスだ。XU型はイシゴニス方式を採用しており、パワーユニットの全高を抑えるため、エンジンをバルクヘッド側へ寝かせるというかなり強引な方法で搭載していた。TU型のジアコーザ式になったことで、設計面でも製造面でもかなり効率化が図られたに違いない。ボディサイズは当時同じカテゴリーに属していたプジョー205やルノー5などと比べて各数値が少しずつ小さい。小さいということはその分軽いわけで、ライバル車に比べて30~40kg程度軽く仕上がっている。鋼板よりもずっと重いガラスをなるべく小さくしたり、複雑な形状を避け、シンプルな部分構造にしたりして、とにかく「小さく、シンプルに、軽く、安く」つくれるようにしているのだ。では、そのコンセプトはどこから出てきたのか。ここからはあくまでも想像の域を出ないが、AXの開発が本格化する少し前におきた「第二次オイルショック(1979年)」が背景にあるのではないかと思う。つまり現代とは違う意味での「燃費追求」を図った結果が、このコンセプトを生み出したのではないかと推測する。
日本導入の話をしよう。日本へは1989年から1.4リッターモデルが3ドア、5ドアとも輸入され、並行輸入も少しだけだがされていた。グレードは3ドアのGTと5ドアの14TRSで、GTはソレックス2基の85ps、14TRSがソレックス1基の65psだった。エンジンはともにアルミブロックが使用されていた。翌年の1990年にはキャブからインジェクションになり、パワーはともに75psになった。1991年の途中でマイナーチェンジ。それまで別体だったクーラーがインダッシュのエアコンになったり(左ハンドルのみ)、フロントのダブルシェブロンが中央に移動したり、インテリアの意匠が変わったりして、だんだんとモダナイズされていく。
ホットモデルであるGTiが登場したのもこのタイミング。エンジンブロックが鋳鉄になり、シリンダーごとに燃料噴射を制御できる「マルチポイントインジェクション」を採用することで、95psまでパワーアップした。
ちなみに日本導入はなかったが、AXスポールも同じ95psを発揮している。グループAのホモロゲーションモデルとして登場し、規定に則って排気量は1.3リッターに設定。ウェーバー2基で混合気を送り込んだ。車重はGTiの820kgに対し、715kg。スペックだけ見れば、AXスポールこそシリーズ最強のホットモデルと言える。日本にも並行輸入でごく少数入ってきているらしいが、現車はこれまで見たことがない。
現車はAXをこよなく愛するオーナーのご厚意でお借りすることができた。全塗装し、微に入り細にわたって妥協を最小限にして仕上げた本気のAX。ここまでこだわったクルマはまず他にないと言ってもいいくらい貴重だ。パッと見た感じでは14TRSなのだが、分かる人が見れば純粋な14TRSではないことに気づくだろう。細かい部分までいろいろと手が入っているので、詳細は省く。AXマニアの方はどこが14TRSと違うのか、間違い探し的な感覚で写真を見るのも楽しいと思う。
年式は1994年なので、モデル後期のクルマである。シートの滑り込み、ドアを閉めるとAXらしい安普請な音。キーをひねるとエンジンは即座に始動し、安定したアイドリングを奏でる。ノンパワーのステアリングを切って走り出す。パワーアシストはないが、155/70R13のタイヤサイズなのでそれほど重くはない。簡素なつくりだがふんわりと臀部を包み込むシートに身をゆだね、アクセルを踏む。するとスペックでは想像できないほど、パワフル……というか、元気のいいエンジンに驚かされる。アクセルを踏むと即座に反応するダイレクト感。室内はいろんなところから小さなガタピシ音がするが、エンジンはいたってスムーズに吹け上がる。ギア比はGTよりも高めだが、各ギアのつながりも良くシフトアップ/ダウンともに気持ちよくできる。
ちょっとしたワインディングに持ち込んでも、AXはそれなりに楽しめるクルマだ。大きくロールしながらボトムでしっかりと粘る足回りは独特な感触で、最初こそ少し不安になるが、慣れてくれば積極的にロール姿勢を保ったままアクセルを踏んでいける。ああ、楽しいな。人とクルマの一体感。これこそが「走る楽しさ」であり、AXはその楽しさを存分に味わわせてくれたのだった。
人が何かをしたいと考え、それを手や足などに伝える。そんな動作を繰り返して人間は日々生活をしているのだが、クルマを運転するとき(とくにスポーティーな走行をするとき)は、その動作が複雑にからんでくる。走行ラインを頭の中でイメージし、そのイメージ通りのラインを走らせるためにハンドルを操作する。ライン上にクルマを載せ、迫りくるコーナーの状態を把握しながら、少しだけハンドルを切ると同時にクラッチを踏んでシフトダウン。ブレーキを踏みながら目線をコーナーの先に向け、ハンドルをさらに回す。ブレーキから足を離し、すぐアクセルペダルに踏みかえ、じんわりと踏み込んでいくと同時にハンドルを中立へ戻していく……。
たとえばコーナーをひとつクリアするだけでも、これくらいの動作は誰もが普通に行っている。この各動作がクルマに入力されることで、クルマはその指示通りに動くのだが、運転者がイメージしていたものよりレスポンスが遅かったり、薄かったりすると、運転者は不快感を覚える。どこかで引っかかると、一連の動作がなめらかに進行していかないからだ。
となると、運転者がイメージしていたとおりのレスポンスとその度合いが得られるクルマこそが、運転していて気持ちのいいクルマ=「走る楽しさ」が得られるクルマということになる。
先にも書いたが、AXは「小さく、シンプルに、軽く、安く」つくられている。その目的が「燃費向上」だったとしても、これはつまり走る楽しさを味わうための必須条件と言える(安く、は除く)。メーカーによって、あるいはコンセプトによって多少は異なるが、おそらくこの80年代~90年代のコンパクトカーには共通して持っているエッセンスだろう。一方、2000年代に入ってくると、安全や環境などのテーマがどんどん重要視され、その実現のためにさまざまなデバイスが入り込むことで操作系や駆動系などの構造を複雑にしていく。「アクセル→ワイヤー→スロットル」というシンプルな構造は過去のものとして葬られつつあるのだ。入力から出力までが肥大して厚みを増すことで、運転者はますますダイレクト感や素早いレスポンスを感じにくくなる。「最近のクルマは楽しくない」と言われるのはもっともな話である。
「走る楽しさ」の最小公倍数は「運転者のイメージ通りに走らせることで得られる、人とクルマの一体感」であり、AXにはその楽しさが充分にある。だからこそいまだにAXを愛し、乗り継いでいく人がいるのだ。その人にとっての一体感はヴィザでもなく、サクソでもなく、AXがちょうどよく、心地よいからだろう。
走る楽しさ……。これまで漠然と使っていたこのフレーズは、AXに触れることでその何たるかを考えさせられたのだった。
PHOTO & TEXT/Morita Eiichi
1994y CITROEN AX 14TRS
全長×全幅×全高/3525mm×1555mm×1350mm
ホイールベース/2280mm
車両重量/810kg
エンジン/水冷直列4気筒SOHC
排気量/1360cc
最大出力/40kW(75PS)/6200pm
最大トルク/111Nm(11.3kgm)/4000rpm
Aピラーの細さがこの頃のクルマですね。
大学の同期が乗っていて、自分が後にフランス車を選ぶ様に
なったのに影響があるのかも知れません。
クリオ2RSの代車で借りたことがありますが、シートピッチが
狭くて、シートを直角に起こして体をシートにはめて何とか
運転できました(苦笑
何もかも皆懐かしい・・・
いま乗ると頼りないくらい軽いんですが、
それはもう現代のクルマでは味わえない新鮮さがあります。
でも、こういうクルマもなくなっていくんでしょうね……。