朝、5時。ふだんならこの時間に起きるのはつらいが、クルマで走りにいくとなると話は別。いい大人になってもイベントの前日はワクワクするし、事実、目覚まし時計のアラームが鳴る前にパッチリと目を開けている。
さすがにこの季節になると5時はまだ暗い。自転車に乗った新聞配達の青年とすれ違いながら駐車場まで歩く。空気がピリリと冷たい。
イベントと言っても大層なものではない。気の合う仲間とクルマで走るだけだ。途中、うまいものでも探しながら。ただ、走るだけといってもふつうのツーリングとは少し違う。広い国道を漫然と、退屈に、走るだけなら何もこんなクルマを所有していない。
キーをひねるとエンジンは目覚め、デビルのマフラーからバラバラと不規則な爆発音を響かせる。排気音だけでなく、メカノイズもふつうのクルマより大きい。しかし、この音が不快かどうかはその出自を知っているかどうかで変わってくる。
プジョー106ラリー(1.3L 通称・テンサンラリー)は、1994年にプライベーター用のラリーベース車両として発売。それまでこのカテゴリーを担っていた205ラリーの後継車で、当時のレギュレーションであった排気量1.3L以下に対応するためにこの排気量が引き継がれた(同様のボディを持つ106 XSiは1.6Lエンジンを搭載している)。当時はプジョーのワークスとして、あのジル・パニッツィもこのステアリングを握ったという。つまりテンサンラリーは、競技に出ることを前提にしてつくられたクルマなのだ。だから基本的に走りに直接関係のないものは付いていない。パワーステアリング、パワーウィンドウ、エアコン(このクルマはエアコンのみ後付けしてあるが)などの快適装備はもちろん、ABSも付いていない。いや、付いていない、ではない。あえて付けていないのだ。あえてのエンジン音、あえての1.3L、あえての軽装、そのすべてはラリー競技で勝つため。理由のあるクルマは美しい。
そんなラリースペックなクルマをふだん使いとして乗るのは、ナンセンスだということは充分にわかっている(といっても乗用車として販売されているクルマなので、そんな大層なものではないのだが)。このクルマにはエアコンが付いているとはいえ、国産車のように効くわけではないし、安全性も低い。クロスミッション&ローギアードでシフトチェンジは忙しいし、高速道路のロングドライブもつらい。でも、得意なフィールドに持ち込めば、それはもうすばらしいの一言だ。エンジンを高回転まで回し、810kgの軽量な車体を振り回す。ダイレクトなステアリングでコーナーのRと格闘しながら、クリッピングをめざしてアクセルを踏む……。それをサーキットではなく、幾多のコーナーが続く狭い山道で楽しむ。それこそがテンサンラリーの輝ける場であり、このクルマ本来の使い方なのだ。人車一体。走りも、安全性も、快適性も、積載性も、欲張りすぎて全部が中途半端になっているクルマでは、一生味わえない感覚だ。
山へ
高速道路を使って仲間の住む岐阜県御嵩町へ向かう。山の多いこの町は、つまりテンサンラリーで走りたい道も多い。夜明けの絶妙なグラデーションから太陽が顔を出す。朝日が眩しい。
待ち合わせ場所のコンビニに着くと、クルマから出て深呼吸。これから非日常の5時間がはじまる。
ほどなくしてコンビニの駐車場に入ってきたクルマ、N氏の愛車もテンサンラリーである。ワークスカラーがひときわ目立つ。
しばらく談笑してきょうのルート確認。時間はお昼までだ。旬である栗きんとんを買いに八百津まで行き、それをお茶請けにティータイム。次は土岐まで走り、N氏おすすめのピッツァを買って適当なところでランチ。チェックポイントの間は林道でつなぎ、走りを楽しむ。だいたいそんなざっくりとしたスケジュールだ。
八百津
御嵩町と八百津町を結ぶ県道を走る。この道は2車線道路で舗装もよく走りやすい。緩やかに上っていき、峠を境に下り始める。急なコーナーのない高速セクション。窓を全開にして走ると、まだ温められていない山の清涼な空気にキンモクセイの香りが混じる。N氏のテンサンラリーの後ろ姿を見ながら、そのブレーキングポイントを真似てみたりして。
木曽川に設えられた丸山ダムを超えると八百津町に入る。八百津のメインストリートには和菓子屋が数店立ち並び、この季節になるとこぞって栗きんとんを提供する。その中でも明治創業の「緑屋老舗」は、美濃地方ではじめて栗きんとんをつくった元祖と呼ばれている。この日もまだ8時だというのに客がどんどん入ってくる盛況ぶり。栗きんとんを数個買うと、僕らは足早に店を後にした。
フレンドパークおおひら
八百津の中心街から国道418号線を使って東へ。途中「人道の丘公園」を通って久田見という地区にある「フレンドパークおおひら」に向かった。そこまでの林道は下りが中心。まさにラリーのSS(スペシャルステージ)に使われるような1車線の道路で、ところどころ荒れている。ほぼ2速ホールドでアクセルを踏む足の指に全神経を集中させる。コーナーの先を凝視し、ヒラリヒラリと駆け抜けていく。やはり、軽さは正義だ。
フレンドパークおおひらは、木曽川の支流・旅底川のほとりにある水辺の公園。夏になると水遊びをする家族連れににぎわう場所だが、さすがに9月後半ともなると閑散としている。見上げると高いところに橋が架かっているのが分かる。国道418号線のバイパスで「新旅底橋」と呼ばれており、橋脚は約100m、川から橋までの高さは約200mにもなるという。そんな谷底の公園でさっそくティータイム。川のせせらぎと野鳥のさえずりを聞きながら、モーニングコーヒー&栗きんとん。なかなかオツなものである。
SS3 ――
陶史の森
しばらくの間、フレンドパークおおひらでくつろぎ、ふたたび走り出す。来た道を戻り、国道418号線を通り、木曽川を超えてまた御嵩町へ。いくつかの林道を乗り継ぎ、瑞浪市との境あたりにある松野湖の湖畔を走ろうと思ったが、ハイカー多く断念。いったん国道21号線に出てから国道19号線に合流した。
太陽は高度を上げ、雲ひとつない秋晴れの空からは、夏とは違う強い光線を浴びせかける。空気はカラッとしているが、日差しは強い。行楽日和だからか国道の交通量は多く、せわしない印象を受ける。あの朝の、そして山の中の静寂とは打って変わって、世俗に満ちた場所へ降りてきてしまったと感じたとき、この秘めたるクルマ遊びの時間が終ろうとしていることに気づく。しかし、あとひとつチェックポイントが待っている。そこへはN氏が単独で行き、ランチのピッツァを調達してくるという。僕らはランチタイムにふさわしいロケーションを探すため、国道19号線よりも南にある「陶史の森」へ向かった。
しかしここも人が多く、ゆっくりとくつろげる場所はない。N氏と連絡を取り合いながら、ようやく道沿いにある小さなスペースを確保した。
ピッツァランチ
限られた時間のクルマ遊びは、このランチタイムで終わりを告げる。N氏が買ってきてくれたピッツァは国道19号線沿いにある「AVANTI」のもの。定番の「マルゲリータ」に「テリヤキチキン」、「カレーピッツァ」の3品で、どれも650~750円というリーズナブルな価格。ピッツァは上に乗っている具よりもまず生地だろう。AVANTIのピッツァは、ナポリ風のモッチリとした食感。少し重めだが小麦の味が感じられてうまい。ちょっとオイリーなところも、健康志向ではない男性ならむしろ雰囲気があっていいだろう。N氏の粋な計らいでノンアルコールビールも登場し、この瞬間はナポリの片田舎でランチを楽しむ優雅な時間となった。食後はフレンチプレスで淹れたコーヒーを飲む。心地よいロケーションと気の合う仲間、おいしい食事とクルマに囲まれる時間はかけがえがない。
クルマはやはり走ってナンボのものだと思う。しかし、ハイグリップタイヤを買い、レーシングスーツやヘルメットなどを買い、サーキットでタイムを削る……ところまでいかなくても、日常的に走りを楽しめるシーンはある。とくにテンサンラリーのようなサイズのクルマは、日本の狭い林道を走るのに適している。大したパワーはいらない。道幅の狭い林道なんてせいぜい出したとしても50、60km/hだ。そんな低い速度域でもしっかりスポーツできるし、爽快感が味わえる。豊かな自然と四季の移り変わりを肌で感じ、ところどころで停まっては仲間とクルマ談義に華を咲かせる。ときには走り慣れた道を外れ、新規ルートの開拓に出かけてみるのもいいだろう。
身の丈にあったクルマとの付き合い方。走ることを大げさに考えず、気軽に山道を走ってみれば、これまで感じたことのない楽しさが待っているはず。そんな時間を重ねれば、クルマとの距離は縮まり、より愛着が増してくると思う。
Model/ N.N、Y.H
TEXT & PHOTO/Morita Eiichi
過ぎたるは猶及ばざるが如し、、、
テンサンは、全然過ぎてないですけど。
色々考える今日この頃です。
たしかにぜんぜん過ぎてませんね(笑)。
ますます貴重なクルマになりつつあります。
走る曲がる止まるが真っ当にこなせれれば、それ以外は飾りですよ。偉い人にはそれがわからんのです。
は、言いすぎですが、ひぇひぇくらいはホスィですが。
って車が、106RALLYEで、それが最後になっちゃったような気がする、今日この頃。
皆様如何お過ごしでしょうか?
今のブログの2ショットは、懐かし過ぎます。。。
ただいま、998Rで悶えております。
ホモロゲって、、な感じです。
もっと涼しくなったら、遊びに行きますねぇ。
998Rってことはドゥカティですか?
いいですね! でも、クルマより高いんじゃないですか!?
あーそういえば!
本気のスポーツはしんどいもんですよねぇ・・・