「両立」という言葉を、昔からときどき思い出しては考えている。辞書では「2つの物事が同時に支障なく成り立つこと」と説明しているが、そんなことを本当に実現できるのか。必ずどちらかに偏るものではないのか。つねづねそんな風に疑いを持っていた。なぜなら「部活と勉強の両立」、「家庭と仕事の両立」、「動力性能と環境性能の両立」のような、両立させることが難しい場合に多く用いられるからだ。そう。両立させることは多くの場合、困難である。しかし、だからこそ両立は美しく、価値のあることなのかもしれない。そこには技術と知恵が結実している。
久々のメガーヌである。調べてみたら、この企画では2010年2月に登場して以来。そうそう、あのときは初めてメガーヌの1、2に乗ってその良さを実感したんだっけ。今回のメガーヌは、しかもオープンである。この記事を書いている春にはもってこいのセレクトとなった。
2002年にデビューしたメガーヌ2は、ご存知のとおりパトリック・ルケモンの代表作。直線的なデザインを基調にし、切り立ったリアウィンドウがルケモンらしさを発揮していた。ボディタイプは3・5ドアハッチバック、4ドアワゴン、カブリオレ、日本には導入されていないが、4ドアセダンもあった。エンジンのラインナップはガソリンでは1.4L、1.6L、1.8L、2.0L、2.0Lターボ、ディーゼルでは1.5L、1.9Lが用意されるが、日本には1.6Lと2.0Lモデルのみが導入された。もちろんすべて右ハンドルだ。
今回のモデル、本国では「クーペ・カブリオレ(CC)」と呼ばれるが、日本仕様はなぜか「グラスルーフ・カブリオレ(GC)」という名称になっている。「クーペ」を主張するよりも「グラスルーフ」と言ったほうがこの商品の特長を表現していると考えたのだろうか? 余談になるが、ルノーはオープンカーの屋根にガラスを採用したのは世界初と主張する。しかし、メルセデス・ベンツにはパノラミックバリオルーフというのがすでにあった。ただ、こちらはオプションでメガーヌCCのように標準装備ではない。
搭載されるエンジンは2.0L(133ps/19.5kg-m)にマニュアルモード付4ATが組み合わされる。万人が満足する仕様としては王道のセレクトだが、スペックだけで見るとごく平凡で特筆すべきものはない。
「なんだ、じゃあATのお気楽オープンモデルなのね」と思われてしまいそうだが、今回のはそうじゃない。パッと見た感じはディーラー車のGCだが、こいつはちょっと違う。いや、かなり違う。よく見ると左ハンドル。しかも、搭載されるのは165馬力を発揮する2.0Lターボエンジン。組み合わされるミッションは6速MTだ。このコーナーが好きな読者の皆さんなら、この仕様を見て急にワクワクしてきたはずである。見た目は平和なGC。でも中身は“プチRS(今風のルノー不文律でいえば「GT」か)”ともいえるホットモデルだ。なので、このクルマのことは「メガーヌGC」ではなく「メガーヌCC」と表記する。日本仕様の甘っちょろいのとは違うのである。
速い、簡単、おもしろい
メガーヌCCは、直接的なライバルであるプジョー307CCと同じ電動格納式のハードトップを持ち、ルーフ部分のほぼ全面がガラスになっているのが最大の特長である。ソフトトップのオープンカーに比べて耐候性、防犯性、静粛性が格段に上がり、日常の足としても立派に使える。しかもリアにも(何とか)座れるシートが用意されているのはうれしい。ただ、シートバックが立ち気味なので、背筋を伸ばした正しい姿勢を強要されるのが辛いし、大柄な人にはただの拷問部屋になると思う。あくまでもリアシートはエマージェンシー用か荷物用か、と思っておいたほうがいい。
構造面ではハッチバックよりもホイールベースが105mm短縮され、2520mmになっている。また、メガーヌの特長であるダブルフロア構造を止め、フロントシートの座面を24mm低くしている。見た目にはほとんど関係のない部分だが、けっこう基本的なところをイジっている。コストがかかるし、面倒くさいことをやってるなぁ、と思わず感心してしまう。
そして特筆すべきは屋根を開ける構造である。オープンルーフへの架装はドイツのカルマン社が行っている。カルマンはイタリアのギア社と合同でつくった「VWカルマン・ギア」が有名だが、元々は架装メーカー。メガーヌCCのほかにもゴルフカブリオやアウディA4カブリオレなどのオープンカー(特装車)をメインにつくっていたが、このオープンルーフが速い、簡単、おもしろいのだ。ルーフの開閉にかかる時間はわずか22秒(メーカー公表値)。これまでのオープンカーは電動・手動に関わらず、屋根を開ける前にサンバイザーのところにあるヒンジを外さなければならなかったが、メガーヌCCはその手間すらいらない。まさにボタンを押しっぱなしにして、22秒待つだけ。動画を見てもらえば分かるが、開閉時間を短縮するために複数の動きが同時に、しかも緻密に行われ、その作業を見ているだけでも楽しい。電動ソフトトップの開閉風景よりも、さらにロボットっぽく合体系の巨大ロボ世代は当時のアニメを思い出すだろう。それくらいのインパクトがあると思う。
ああ、あと、トランクも相当広い。ホイールベースが短くなっているので、後席のスペースは少々犠牲になっているものの、オーバーハングが長いことからラゲッジスペースの確保では有利に働く。屋根を閉じた状態で490リッターもあるので、たいていの人は見た瞬間「ひろっ!」と声を上げるはずだ。ただ、オープンの状態では190リッターと極端に小さくなってしまうのは難点だが……。
「知らない間にスピードメーターがいかんところを指してしまう」タイプ
当該車、目の前にするとめちゃくちゃきれいである。それもそのはず、走行距離約19,000km。まだ新車である(言い過ぎ)。コーティングがしてあったのかブラックメタリックのボディは艶々だし、内装の赤レザーシート&トリムも非常に状態がいい。何よりこの黒外装&赤内装という組み合わせのセンスがいい。どっちかというと地味なデザインのメガーヌでやるからいいのだ。これが某ドイツ車のような押し出しの強いデザインでやると、ケバいだけの悪趣味になっちゃうから。
メガーヌおなじみのカードキーによるハンズフリーシステムでスマートに乗り込み、エンジンスタートボタンを押して始動。シフトノブを1速のゲートに入れて走り出す。まだ夜明け前の堤防道路は誰も走っていない。少し多めにアクセルペダルを踏むと、車体はスルスルと加速していく。クロス気味の6MTを操作して6速のゲートに入れる。これ、速いわ。さすが当時のメガーヌRSに次ぐハイパワーエンジンである。ターボの味付けは今風で、その存在を知らなければ2.4Lの自然吸気エンジンのような感じで実にトルクフルだ。ルノー車でよくある「知らない間にスピードメーターがいかんところを指してしまう」タイプなので、公道では本当に気を付けないといけない。以前乗ったメガーヌ2は自然吸気の2.0Lで、あれでも充分速いと思ったが、今回のエンジンは何と言うか、底知れない余裕がある。その余裕が豊かなドライビングフィールにつながっているように思う。
足回りも言わずもがな。どっしりとしたルノーならではの感覚で、サスペンションは重い車重を考慮した専用設計になっているらしい。重量物であるガラスを多用した屋根、短くなったホイールベース、さらに50の高扁平タイヤ、堅く感じられるレザーシートと乗り心地に悪影響を及ぼしそうな要素が揃っているのにもかかわらず、よくこのしなやかなルノーの足回り品質を確保しているなぁと思う。ボディ剛性も必要にして充分で、普通に走っているかぎりでは「ボディは緩いぞ」なんて不満は出てこないはずだ。このエンジン、このシャシーなら1540kgでもその重さを感じない。
信号停止中にセンターコンソールにあるボタンを押し、屋根を開ける。春とはいえ、夜明け前はまだ肌寒い。シートヒーターを入れて再び走り出す。色とりどりのネオンが降り注ぐ夜の街もいいが、誰も走っていない、ヘッドライトの光に照らされた道を見つめながら走るのもいい。欲を言えば、これが東向きの道路だったら文句はない。朝焼けの紫でも青でも赤でもない、刻々と変化する空のイリュージョンを見ることができたからだ。
好対照の2台。
撮影を終えてRENOに戻ると、そこにはもう1台のメガーヌが待っていた。このクルマの後継となるメガーヌ3のCC。せっかくの機会なので、2、3揃って撮影しようとすずきさんがメガーヌ3 CCのオーナーさんにお願いして借りてきてくれたのだった。赤黒反転で2台並べたかったらしい。
撮影場所までメガーヌ3 CC(TCe 180 GT)を運転する。サイズは少し大きく、車重も増え、パワーも大きくなったCCは、日本に導入されていない並行車だが、パワートレインだけ見れば、スポーツツアラーである「エステートGT」のエンジン(M4R)、ミッションとほぼ同じだ(現行はエステートGT220となり、メガーヌRSに搭載されるF4Rをデチューンしたものが載っている)。最近のルノースポールは公道走行可能なモデルについて「GTライン」、「GT」、「RS」の3タイプを担当しているので、当該車もルノースポールのバッヂが与えられている。少し乗っただけなので詳しくは分からないが、メガーヌ2 CCの方向性を同じくしたまま、さらにグランツーリスモとしての性能を進化させているように思う。
それにしてもメガーヌCCの2と3を同時に乗ることができたのは、かなり贅沢な経験である。しかも2車種は2.0リッターターボ+6MT、エンジンも同じような位置づけにあり、外観は2はブラックメタリック、3はレッド、内装は2はレッド、3はブラック/レッドのコンビネーションという好対照。2台が並んでいるのを見ているだけで思わず笑みがこぼれてしまう。
かつてオープンカーは「屋根が開く」という強力な免罪符によって、クルマの基本性能に関係する「剛性が低い」とか「車重が重い」とか「風切音がうるさい」とかそういったネガな部分を飲み込んできた。つまり「いろいろ不満はあるけど屋根が開くから、ま、いっか」ってな感じに。しかし、メガーヌ2も3も「屋根が開くからその辺は勘弁してね!」的なものはほとんどない。屋根を閉めていれば完璧なクーペだし、屋根を開ければこれまた完璧なオープンだ。オープンだから、という言い訳をつくらず、クルマとしての基本性能をきっちり出しながら「まぁ、いちおうオープンにもなるけどね」みたいに、屋根が開くことがあくまでもそのクルマを特徴付ける「一部」になっているように思う。
オープンカーのありかたは、すでに次のステージに移行しているのだろう。高い次元で両立させた、クーペとオープン。昔みたいに、オープンカーに乗るための我慢は必要ない。
RENAULT Megane2 Coupe Cabriolet Open&Close Sequence(動画)
RENAULT Megane3 Coupe Cabriolet Open&Close Sequence(動画)
PHOTO & TEXT/Morita Eiichi
2006y RENAULT Megane Coupe Cabriolet 2.0T
全長×全幅×全高/4360mm×1770mm×1400mm
ホイールベース/2520mm
車両重量/1540kg
エンジン/水冷直列4気筒DOHCターボ
排気量/1998cc
最大出力/121kW(165PS)/5000pm
最大トルク/270Nm(27.5kgm)/3250rpm
2012y RENAULT Megane Coupe Cabriolet TCe 180 GT
全長×全幅×全高/4480mm×1810mm×1420mm
ホイールベース/2609mm
車両重量/1630kg
エンジン/水冷直列4気筒DOHCターボ
排気量/1998cc
最大出力/132kW(180PS)/5500pm
最大トルク/300Nm(30.6kgm)/2250rpm